第24話 義母開催の恐怖のお茶会のてんまつ
三人が食堂から完全に姿を消し、声が聞こえなくなったことを確認してから、ウチの使用人たちが現れた。
「解説しましょう」
セバスがおもむろに口を開いた。
「今日は実は大変なことが起きたのでございます」
私は顔をしかめた。
義母と義姉たちが来て以来、毎日が大変なのだ。これ以上、何をしでかせると言うのだ。
「実は本日、午後からお茶会が開かれたのでございます」
「お茶会……」
私はつぶやいた。
義母も義姉たちも、交際範囲は狭い。早い話が、友達がいない。したがって、招待されたり自邸でもてなしたりと言ったことがほとんどない。
まあ、私も母が亡くなって以来、お茶会は催したことがない。
母は社交的な人で、お茶会の回数も多かったと思う。だが、知っている限りでは、母のお客様は、とても楽しそうにお越しになり、子ども連れが多かった。子どはかくれんぼをしたり、庭で走ったり、自由に遊ばせてもらえて、母のお茶会は大人気だった。
母の死後は、しばらくは喪中で社交は自粛していたが、そのうちに義母たちが来てしまった。
彼女たちが私のお茶会に乱入してくる気満々なのが透けて見えたので、私はお茶会はやらなかった。それにほとんどのお友達には学園で会えたしね。
「お友達がいないだなんて」
それはあなた方のことでしょう。
事情を理解していない義母には、よくなじられたが、家でお茶会をしないだけで、実はアーネススティン様にはたびたびお屋敷に呼んでいただいている。他の二人も一緒にだ。
アーネスティン様ほどのご身分ともなると、伯爵程度では招いていただく分には差し支えないが、こちらからご招待することなどかなわない。もちろんお友達になっていれば別だ。ただ、私の家の状況はお呼びするのにふさわしいとは思えなかった。
そんなこんなで、年頃の令嬢三人と、いかにも社交に熱心そうな年回りのご婦人が住まう邸宅だと言うのに、ずっとお茶会が催されたことがない。
それなのに、突然どうしたと言うのかしら?
「一体、どなたが来られたのですか?」
義母のお友達かしら? これまで、お友達や親戚の話なんか出たことなかったのに、いきなりどうしたのかしら?
セバスの声は葬式のようだった。
「ルテイン伯爵家のルイス様、ロス男爵家のロビン様、レシチン家のレオナルド様でございます」
私は戸惑った。
意味が分からない。
噂によると、その三人は私に交際を求めて手紙をよこしたことになっている。
噂と言っても家の中の噂だけど。
「あの後、どうなったのかしら?」
今さらながら、私はセバスに尋ねてみた。
セバスは全身に汗をかきながら返事した。
「あの後は……奥様が、エレクトラ様には縁談が決まっているので、無理だと断りを入れられまして」
しまった。どうして私、その三人を候補に入れなかったのかしら? ちょっと考えてみればよかったかも。
でも、モートン様は良い方だった。
私の方が二歳も年上なので、いつか捨てられるかもしれない点を除けば、むしろ結婚したいくらいだ。
「それはそう答えるしかなかったのでは?」
妥当な回答だ。セバスが大汗をかいている理由がわからない。
「それで、代わりにご自分の娘様たちをお薦めされました」
「まあ。それはやるかも」
結婚相手が全く決まってないしね。
「しかし、三人とも意に沿わないと断ってこられました」
「別に仕方ないのでは?」
なんの変哲もない話の流れだが?
モヤモヤするのは、私が主人公のはずなのに、義母が勝手に取り仕切っているからだ。
「すると、奥様はエレクトラ様がお茶会を開くからと、その三人を招待されました」
「え?」
「エレクトラ様の婚約が破棄されたので、新しく婚約者を考えたいので、お茶会を行うと手紙でお誘いされました!」
私は息の根が止まるかと思った。
知らない間に婚約破棄! その上、新たに婚約を考えたいと呼び出すだなんて。
それから、ものすごく気になるのはどうして三人一緒に呼ぶのかしら。すごく失礼じゃないかしら? このやり方。
「ちょっと! ひどいわ。婚約も決定してないし、破棄されるようなこともやってないのに!」
「その通りでございます」
「しかも、なぜ、私宛ての封書を勝手に開けて、勝手に読んで、勝手なことを返事しているの?」
「いやもう、誠にごもっともでございます。私どもも、怒り心頭でしたが、途中までは静観しておりました。先に婚約が決まっているなら、お断りするしかございません。誰が書いても同じ内容になります。奥様が代わりに返事なさっても、もういっそ手間が省けたくらいでございました」
ううむ。確かに返事書くのもめんどくさい。
「でもね、そのあとが!」
その後がひどい。社交夫人がやることじゃないわ!
「婚約破棄だなんて、ひどい嘘よ! しかも、新たな婚約のお誘いだなんて、ひどすぎない? 私との婚約話なのよね?」
「奥様は、そう書いておられました。手紙の写しを取ってあります!」
ん?
「お嬢様の手紙を奥様が勝手に読んでしまうなら、奥様の手紙を我々が読んだっていいのではないでしょうか!」
そうなんだろうか?
「色々と障害があって、手紙の写しを取るのはなかなか大変でございました。全文を把握できていないかもしれません。とにかく、そのお茶会が本日だったのです」
セバスは畳み掛けてきた。
「私はそのお茶会に出てませんよ?」
学園に行っていた。なんなら証人もいる。
「もちろん存じております。この家での開催ですから」
セバスが深くうなずいた。
「今の話の流れでいくと、男性三人の方々は、私の婚約がなくなったので、代わりのお相手候補として呼ばれたようですが?」
「左様でございます。奥様も手紙でそう匂わせていました」
ひどい。酷すぎる。
私は呆然とした。社交界でそんな嘘は通用しない。
「その上、一度に全員呼ぶってどうなの? 失礼の極みよ? あからさまに比べているし、求婚状態なのって、個人情報じゃないの?」
一体、どう収拾をつけるつもりかしら。
「最悪な顛末でございました」
セバスが述懐した。遠い目をしている。
「三人ともお怒りはさまざまでしたが……声を荒げる方、嫌味を言う方、スッと帰ってしまわれた方」
最後の人が一番怖そう。
「奥様が、エレクトラよりずっと美しく、魅力的な娘たちをご紹介しますわ、侯爵令嬢と身分も遥かに上でございますと、声高らかに紹介されて、アン様とステラ様が入室された時の空気と言ったら!」
恐怖の一瞬だ。




