第23話 モートン様の留学
その後は静かな日々が続いた。
義母と義姉たちは、私に何も言わなかった。
たまにあの手紙はどうなったんだろうと思うこともあったけど、封筒さえ見ていないのだ。うやむやになってしまい、そのうち私は送り主の名前も忘れてしまった。
モートン様との手紙のやり取りは増えて、私は日常のいろいろなことを書き送っていた。モートン様の手紙はユーモアがあって、それに辛辣なところもあって、読んで楽しい。
ただ、最近はとても忙しいらしかった。王立高等学院はそもそも授業が厳しいことで有名だ。
それに剣術や砲術などと言った実践的な講義もあるらしく、体力的にも大変らしい。
モートン様は愚痴や弱音は吐かない方だが、体が小さいので苦労しているのではと私は心配していた。
弟を持った気分だった。
その上、最近は留学の話が持ち上がっているらしかった。
隣国の、同じような王立のエリート校との交換学生に選ばれる可能性があるらしかった。
『会うだけの時間が取れなくて、心苦しいです』
『留学する前に、一度お会いしたい』
そうよね。
しかし、相当多忙らしく結局この願いはかなわなかった。
それにお父様が全然心配していなかったのだ。
『モートン君が近くに来れば、私が直々に面倒を見てやれる。浮気をしないか、お前も心配だろう』
そう言う心配は全くしていないのですが。
『早めにこちらの国に呼び寄せよう。毎日でも看視できる』
看視なんかしなくていいから。そんな暇あったら、勉強に専念させてあげて。
十ページにも及ぶ長い長い手紙をモートン様は送ってくれた。彼は文筆家になった方がいいんじゃないだろうか。
書簡文に才能があると思うわ。だって、十ページが全部面白いのですもの。
『あなたの日常をもっと知りたいです。いろいろ書いてくださるとうれしい。お手紙を楽しみにしています』
モートン様、やさしいわ。私の日常なんか面白くないと思うけど、そう言ってくださると気楽に書ける。
『あなたを愛するマーク・モートンより』
最後だけはびっくりしたが、これは婚約予定者として書かなくてはいけない締めの言葉なのね。
私も負けじと、最近、『婚約者への手紙を書くための文例と応用』と言う堅苦しい本を、図書館で見つけて借りてきたのだ。そしたら、手紙の末尾には愛を語れと書いてあった。
そういう訳なのね。もしかするとモートン様も同じ本を読んだのかもしれない。
「愛を語れって、むずかしいな」
『かわいいモートン様へ。勉強、頑張ってくださいね』
これは怒るかも。
『大切なモートン様、お身体を大事に頑張ってください』
しばらく黙って考えたが、それ以上、何も思いつかなかったので、そのまま封をしてセバスに渡した。
最後に会ったのって、いつだったっけ。
手紙の上ではモートン様はとても残念がっていたけど、学園のダンスパーティも一緒に出られなかった。
隣国の学校側の都合で、あわただしく彼の留学は決まり、王立高等学院では盛大な送別会が開催されて、モートン様はその中心人物として華やかな扱いを受けたそうだった。
もちろん私は参加しなかったし、貴族学園界隈ではあまり話題にならなかった。
住む世界が違うみたいな受け止め方だった。
王立高等学院は、ほぼ男子校である。したがって、貴族学園のダンスパーティには王立高等学院の生徒は喜んで参加したし、名門校の男子生徒の参加を貴族学園側(の令嬢たち)も喜んで受け入れる。
しかし、普段の交流はなくて、それこそダンスパーティくらいしか会うことはない。
そのダンスパーティすら待たず、モートン様は出かけて行った。
私は、よほどダンスパーティとはご縁がないらしい。モートン様は来年も戻る予定がなかったので、婚約予定者と言うあいまいな立場のまま、このまま二年くらい過ぎてしまいそう。
お父様はモートン様を見張っておくからと妙なことを書いてよこしたけれど、人の気持ちなんか見張っていたところでどうしようもないでしょうよ。
私はなんとなくしょんぼりした気分になって、学園の図書館に残って、勉強に精を出すことにした。
家に帰っても面白くないのだもの。
最近は、義母も義姉たちも、私をあざ笑ったりせず、恨みがましくにらみつけてくるのだ。
一体、何を考えているのかしら。
あざ笑う理由はよくわからなかったけど、その時は得意そうだった。義母と義姉たちの機嫌はよかった。今はとっても不機嫌だ。嫌だわ。私が何をしたって言うの?
しかし、ある日、家に帰ると様子が明らかに違った。
暗い。ものすごく暗い。
なにかしら、これ。
さっぱりわからなかったが、夕食の時、義母が地獄の底の釜が開いたような声音で言い出した。
「エレクトラ。あなたと言う人は、アンやステラに何の恨みがあって、あんな陰湿な仕打ちをしたのですか?」
私は同席するのもためらわれるくらい陰気臭い三人の様子に、出来るだけ早く食べ終わって、自分の部屋に引っ込もうと考えていたところだった。
「何の話ですか?」
突然、アンが顔をゆがめるとすすり泣きを始めた。
ステラも顔を引きつらせて、私を渾身の恨みを込めて見つめていた。
「とぼけて」
義母が唇をわななかせながら言い、娘たち二人を連れて席を立ってしまった。
「アン、ステラ。もうこの女と関わるのはやめましょう。性悪にもほどがある」
私は呆然として三人を見送った。
最後に、関係がないと言うか、発言権がないのではないかと思われるデイジーが、椅子に掛けている私のドレスの裾をぐりぐり踏みつけて去って行った。
「一体何があったのですか?」
私が聞くと、義母が答えた。
「ご自分の胸にお聞きなさい」
何があったの?
いや、何をしでかしたの?




