第22話 将来の夢
大喜びで、使用人一同は散会した。
レイノルズ夫人まで満面の笑顔だったのは解せない。
喜ぶような話じゃないと思うんですけど。
最後に私は念を押した。
「いいですか! みなさん、知らなかったし聞かなかったし、しゃべらない! いいですね? 何事もなかったんですよ!」
「は~い、お嬢様ぁ」
ものすごくやる気のない返事が返ってきた。
しゃべって笑って、快哉を叫びたいらしい。
「他人の不幸を喜んではいけません」
「不幸って言っちゃってる。ダメなんじゃないかなあ」
途中参加の女中が生意気を言った。
「みなさん、使用人の分を守るように。主人の噂話は、厨房などでひっそりこっそり楽しみなさい!」
「仕方ないなあ。じゃあ続きは厨房で」
全員がブツブツ文句を言いながら、でも、楽しそうに出て行った。私の言ったこと、全然守る気ないな。
しかし、残った者がいた。セバスである。
「しかし、お嬢様、このままですと、奥様が黙っていますまい」
それが困るのよね。
「アンとステラが学園のパーティでどうなろうと、私は関係ないはずだったのに」
「完全に巻き込まれ事故ですね。でも、その三人の方々はお知り合いですか?」
私は首をひねった。
「知らないわ?」
「執事の私が申し上げることではないとわかっていますが、客観的に言って、お嬢様は大変な美人です。学園内に大勢ファンがいるのでは?」
私は思わず憐れみの目でセバスを見つめた。
アーネスティン様の王族特有の凛とした美しさ、高雅で気品あふれるマチルダ様の美しさ、優雅でしとやかなローズマリー様の美しさ、三種とりどりの、うっとりするような様子を知らんからだ。
その間で、地味な私はドレスの一部のような感じに紛れ込んでいるのだ。
我が家のお嬢様が、貴族学園のような華やかな舞台では全く目立たない存在だと教えて、セバスをがっかりさせるのは気の毒な気もするが、事実は事実だ。
「私はちっとも目立つ存在じゃないのよ。だから、お父様の活躍を知ってのお申し込みじゃないかしらね」
モートン様を通じて、初めて私は父の偉大さを知った。
父は家で仕事の話をしないので、よく知らずに過ごしていた。
「お使いの者に言わせるとそうではなかったようですが」
「どう言う意味?」
私は問いただした。
「ご主人様が、ダンスパーティでお嬢様を見て、たいそう期待しているようなのでと」
「それは社交辞令というものじゃないの? 偉い外交官と結びつくことを期待してるとか?」
父は、次は外務大臣らしいけど。
「違うと思いますね。ええと、そう言う感じではありませんでした」
「後で名前を確認してくれると助かるわ」
「どうなさるおつもりで?」
「モートン様がいるでしょう? あまり接触しない方がいいと思うの」
セバスは執事のくせに何言ってるんだろう。婚約したら、相手を尊重する義務がある。
「婚約が決まったわけでもないのに、婚約者扱いなのよ? おかげでパーティに出られなかったし、お誘いが来ても全部断らなければならないのです。このままだと、私は婚期を逃してしまいます」
私は言いながら泣きそうになった。
パーティ、出たかったのに。
ドレスも着たかった。
たとえ、アーネスティン様の横で、ものすごく見劣りするとしても、自分の部屋ではきれいに見えたかもしれない。
「お、お嬢様……でも、それなら、モートン様とのご婚約を進めれば良いではありませんか。先方はたいそう乗り気だそうでございます。お嬢様が渋ってらっしゃると聞きました」
「セバス、相手は二つも年下なのよ。今はよくても、いざ結婚となったら、やっぱり若い娘の方が良いと言い出すかもしれません」
「そんなことは……」
「わからないでしょう。モートン様の卒業を待っていたら私は二十歳です。すぐには結婚できない少し待ってくれと言われて、五年も待ったら、私は二十五歳を回ってしまいます。その間、私はどなたとも一緒に出歩けません。あげくに二十五歳では少し歳を取り過ぎていると言われたら、もっともな話です。約束があるからと無理に結婚して、一生相手に嫌われたら、それは辛いことでしょう」
「あの、お嬢様、どうしてそんなにマイナス思考なのか……」
「マイナス思考ではありません。私は、実は、アーネスティン様の侍女になることが決まっています」
「えっ?」
セバスは心の底からびっくりした声を出した。
「そうなんです。助かったと思ったでしょう?」
私は涙の中から、微笑んだ。アーネスティン様の侍女になるのは、一条の光だった。
「そんなこと、微塵も思ってません!」
なんだか知らないがセバスの顔色が悪い。
「私はこれで救われたと思いました」
天を、いやアーネスティン様を仰ぎ見る思いで、私は天ではなくて天井を見上げた。
「家はこんな状態で、私が居られる余地はありません。まだ、学園があるので家には居ないといけませんが、結婚はモートン様の婚約予定のせいで可能性はゼロ……」
「婚約予定のせいで結婚の可能性は高まるんじゃないですか?」
「モートン様は結婚のご意志がないんじゃないかと思うのです」
「なぜっ?」
「見た目もまだまだお子様ですし、お手紙の中身もお会いした感じも、単なるビジネスと捉えてらっしゃる気がしました。好きな女性が出来たら、きっとそちらに夢中になるのではないでしょうか」
セバスは黙った。そりゃ知らないんだから仕方ない。
そのうち、階下は静かになった。
私はセバスに黙ってこの場を離れるよう、合図した。
「お嬢様、わたくしたち使用人一同は、絶対にあなたの味方です。それだけはお忘れなきよう」
セバスは最後に言って離れて行った。




