第18話 義姉たちの理屈
私たちはしばらく見物していたが、早めに帰ることにした。
「あら」
学園の敷地外に出たところで、マチルダ様が小さく叫んだ。
一人の背の高い男性が、急いで近づいて来るところだった。
「マチルダ嬢!」
暗くてよくわからなかったが、なかなかすてきな男性に見えた。
「待っていたんだ。学園のダンスパーティにパートナーとして出られなくて残念だったから」
目は口ほども、ものを言う。
マチルダ様を見つめる目は、言葉には出来ない何かがあった。
嬉しそうに微笑み、マチルダ様を見つめている。
「馬車を用意した。送らせて欲しい。それくらいならいいだろう」
「アンドリュー様。私の家の馬車は?」
「後からついてくればいい。婚約が正式に決まらなかったせいで、パートナーに名乗りをあげられなかった。悔しかったよ」
そこでアンドリュー様と言う名前の婚約者の方は、やっと私に気づいた。
「これは失礼した。お友達ですね?」
ああ、近づいても、やっぱり背が高くて大きな男性って、なんかいい。
「ハワード家のエレクトラと申します」
アンドリュー様はハッとした顔をされた。
驚くことはないと思うけど。
父が外交官として名を知られているらしいことは、モートン様とのお手紙交換で理解したけど、私自身に驚かれるような点はないと思う。マチルダ様が割りこんだ。
「私の婚約者のアンドリュー様です。後日、正式に紹介するわ。後ろに、あなたのところの御者が心配そうに来ているわよ」
振り向くとウチの御者が小さくなっていた。待っていたらしい。
「申し訳ありません、お嬢様。お迎えに上がりました」
マチルダ様と婚約者は会釈すると離れていった。
いいなあ……帰宅のために馬車に乗って私はため息をついた。
私なんか、いくら先々が有望だとしても、二歳年下の子どもが婚約者候補。
しかも、候補がいるからって、今夜のダンスパーティーに出られなかった。
楽しそうだったのに、ドレスもなく制服のまま見ているだけだった。
マチルダ様も制服のままだったけど、最後に婚約者が迎えにきてくれた。
「これは大違いだわ」
しかし諦めるしかなかった。
婚約者問題の前に、ドレス問題があった。
私は今、ドレスを作れなくて悩んでる。
家にドレスメーカーを呼ぶと義母と義姉たちが三人がかりで妨害するのだ。
平民のようにドレスメーカーへ直接行って、頼めばいいのだが、出来上がって家に届けられた時、どうなるのだろう。取り上げられたり、隠されたりしないかな。
義母より義姉たちの方が怖かった。
ドレスや宝石は大好物らしく、義母の目を盗んで、私の宝石箱をかき回したりする。
さすがにこれには義母が怒り、そんなことをしてはならないと叱っていたが、その後もたびたび同じことが起きた。
彼女たちの宝石箱を探すと、伯爵家の宝石が出てくる。
仕方がないので、宝石類は全部銀行に預けてしまった。
「あの方たちに良識はないのでしょうか」
セバスも手を焼いていた。
私が返せと交渉すると、自分のものだと言い出すのだ。家で発見したのだと。
何回か口論になったが、話が通じない。
「私たちは侯爵家なのよ! あなたなんか伯爵家の娘でしょう! 何を言い出すことやら」
と、アンが高笑いすると、唇をゆがめてステラが続けた。
「そうよ。身分が違うのですから、献上して当たり前でしょう。私たちに使ってもらえる方が格が上がって宝石も喜ぶわ」
「……どう言う理屈か全然わからない」
試しにアーネスティン様を引き合いに出してみた。貴族の格に準じて何をしてもいいのなら、最高位の貴族のアーネスティン様の命令は聞くのかしら?
「王弟殿下のご令嬢、アーネスティン様が、古い細工のその指輪を見てみたいとおっしゃっているのだけど」
「なんですって!」
二人は絶叫した。
「これは私のものよ! 身分をかさに来て、なんてことを言うのかしら。きっと取り上げる気ね。図々しい」
私は頭を抱えた。
その宝石はアンとステラのものじゃないし、見せるくらい光栄ですわ、で済む話じゃないかな。
まあ、見せる相手によるだろうけど。
私はことの顛末をモートン様に書いて送った。
愚痴をこぼせる相手が少なかったからである。
父に継子たちの言動を伝えても、喜ばないだろうし、父に何か出来るとは思えない。
アーネスティン様たちは、話しても気になさらないと思うけど、おもしろい話題なのかと言えばそんなはずがない。
最近、義姉たちはモートン様のことを忘れたか、固すぎてつまらない男と烙印を押したかで、手紙を読む気をなくしていた。
『他人のことを悪く言ってはならないと言うけど、同じ家に住むと大変ですね。いつかあなたのために家を用意出来るくらいになりたいです』
家かあ。モートン様、なんだか可愛いなあ。




