第17話 ダンスパーティには出ない
婚約?
『学園ではダンスパーティがあるだろう。婚約者の居る方は一緒に参加する。婚約披露だ。私も昔、お前のお母さまと……』
そこは読み飛ばすことにした。
猛烈に腹が立つ。なんで再婚なんかしたのよ。しかも、なぜあの義母なのかしら。
「モートン様と婚約披露?」
婚約披露は困る気がする。モートン様はとてもかわいい男の子で、最近は前より大きくなっている気はするけど、やっぱり年下に見えると思う。
学園のダンスパーティでお披露目したら、義姉たちが何か言いだすのではないかしら。それに……
私は父に返事を書いた。
『せめて来年のダンスパーティでお披露目したいです。誠に申し上げにくいのですが、モートン様はまだかわいらしいお年頃。婚約など、本当はよくわかっていらっしゃらないかもしれません。もっと大きくなられたら、もっと年下の方をお好みになるかもしれません』
隣国の父から最速で返事が来た。
『大変にいい縁談なので、取り逃すのは惜しい。ダンスパーティの件は承知したので、先方に伝えておこう。確かに、十五歳で婚約は少ないから、モートン殿も気が引けるかもしれないな。話だけでも進めておこう』
うーむ。
父の返事が速過ぎる。やる気が伝わってくる。今度は不安になってきた。あの父が乗り気……ちょっと不安になってきた。
モートン様は本気で有能なのかもしれない。でも、そんなに有望なら、逆に私ではダメなんじゃないかしら。改めて自分を振り返って見ると、飛び抜けていいところなんかないし。
父は、モートン様が目指す外交官をしている。最重要国の隣国の大使は、大使の中でも最も偉いそうだが、父は隣国の全権大使。大変偉いらしい。
セバスに教えてもらった。
「本来なら奥様を伴うのが筋なのでございますが、亡くなられておられ……」
セバスは涙ぐんだ。
あの義母に務まるわけがない……と言うところは省略された。
義母と結婚した件で、五十パーセントくらいマイナス評価したくなるが、とにかく父は世間的には有能らしい。
モートン様が外交官を目指すなら、父はいわば目標で、その娘との結婚は出世街道上で有利なのかもしれない。それで私との結婚を了承したのかもしれないわ。
結婚するなら性格のいい方を、とか言うのは完全な社交辞令だ。本音では、誰だって若くて美人の方がいいと言うじゃない。
アーネスティン様やマチルダ様、ローズマリー様は揃いも揃って、大変な美人だ。間に挟まると、自分はそもそも美人じゃないし、取り柄が全然ない。
それに、二歳年上はいくつになっても二歳上のまま。つまり、いつまで経っても私は若くないのだ。
しかし、婚約は公表さえしなければ、あまり拘束力はない。
たとえ学園のダンスパーティだったとしても、公共の場で発表してしまうと、婚約解消した場合、うわさになって大変なことになる。
誰にも何も知られていなければ、黙って婚約を白紙に戻せばいいだけよ。
私は、ダンスパーティには出ないとアーネスティン様、マチルダ様、ローズマリー様には話した。
すると、マチルダ様も出ないとおっしゃった。
「婚約が本決まりではないのです。内々では決まっているのだけれど、細かいところがまだ決まっていなくて」
あとでマチルダ様が、正式なお話になると、条件や持参金の話し合いに時間がかかるのよと教えてくださった。
「アーネスティン様や私の場合は、生まれた頃からちょうどいい相手だと両家ともが考えていたので、もう何年もかけて条件を詰めてきたし親戚同士の結婚なので、お互いをよく知っているのだけど、ローズマリー様のところは最近のお話なのと全く知らない家同士の結婚なので時間がかかってしまうの」
貴族、すごい。
いや、財産と知名度のある高位貴族はすごい。
うちなんて、平凡伯爵家だからスイスイ決まってしまって逆に困っているのに。
するとマチルダ様が真顔で言った。
「あなたのところも大変ね。貴族は作法やしきたりにこだわるので遅いとよく揶揄されるけど、それだけではない。結婚なんて見えと体裁の最たるものよ。プライドで大きな家同士がけんかになったら困りますもの。慎重にならざるを得ないわ」
「私のところは、そんなことにはなりませんわ」
義母ならやりかねないけど。
「そんなことないと思うわ」
マチルダ様が言い切るので、私は首を傾げた。それを見た彼女は笑った。
「まあ、それより、見学組が増えてよかったわ。一人より二人の方がいいわ。ドレスもどんなものを着てらっしゃるか参考になるしね」
昨年、入学したときは、一年生は見学のみだった。
だから、本当は今年は参加してみたかった。だけど、思わぬ婚約騒動でダメになってしまった。
学園主催のパーティは、いわゆる正式なものでないのだけれど、十分華やかだった。
ダンスホールに使われている学園の大広間はきれいに飾り付けられ、明かりがたくさん灯されて、大勢の人々でにぎやかだった。
少し離れた場所からマチルダ様とおしゃべりしながら、観察するのは面白かったが、ちょっぴり悲しかった。
本当は、私も新しいドレスを着て、あの中に加わりたい。こうやってぼうっと見ているだけではなくて。
叶わぬ夢だけれど。




