第11話 関わらない方が幸せ
私はその後、義母に叱られた。
「使用人をそそのかして、デイジーを困らせたのですって? なんて悪い子だろう!」
侯爵家から一緒に来た侍女はデイジーと言う名前だったらしい。
見た目いかついのに、名前はかわいいんだ。
「それもこれも、すべてお前の為を思ってわざわざ取り計らってやったのに、なんてわからない子なんだろう」
義母は鞭でも振るいそうな勢いだったが、この家では多勢に無勢だった。義母の背後では、用事のなさそうな使用人たちがなんとなく歩き回っていた。義母にはとんでもなく目障りだろう。その証拠に、義母の目が泳ぎ出した。
私は使用人たちに感謝した。
お父様に、どんなに義母に言われても、絶対に使用人をクビにしないよう頼まなくては。義母はやりかねない。
「あなた方はクビです!」
義母が叫んだ。
「雇っているのは父ですわ!」
私は怒鳴った。こうなったら、黙っていられない。すると義母は言い返した。
「お父様は遠方です。それにあなたは未成年ですから、私が代わりにこの家をあずかっています」
「兄に頼みますわ」
私は低い声で言った。
「兄は王都にいます。誰か使いの者に今すぐ行ってもらいます。兄に聞きますわ」
兄は六歳上で、しかも王宮に勤める文官だ。年が離れているので一緒に遊ぶことはあまりなかったが、こういう時は頼もしい。
義母は黙った。
兄に出てこられるのは困るらしい。
義母は執事のセバスに文句を言ったらしいが、セバスは困った様子をしながらのらりくらりと言い抜けていた。
「みな、長くこの家に使える忠義者です。旦那様のお眼鏡にかなった者ばかりですので、だんなさまの不在の折に、わたくしが勝手に解雇したらお怒りになるかもしれません。それに権限外でございます。奥様が解雇なさるのでしたら、だんなさまがお帰りになった時に、違約金等ご相談なさってからにした方が穏便で安く済むかもしれません」
義母は圧倒的なまでにお金の計算に疎い。さすがセバス。義母の痛いところ……ではなくてわからないところを突いてきた。
結局、義母は使用人の不遜な態度について、セバスに散々文句を言ったが、本人たちには言わなかった。
侍女のデイジーも、それ以降は大人しくなった。それまでは、結構大きな顔をしていたのに、大きな声で命令することもなくなってしまった。
私には優しい使用人たちだったが、ある日、デイジーが何か命令した時、洗濯女が聞こえなかったフリをしているのを見てしまった。
無理な要求や、上から目線の居丈高な命令は、そっと聞こえないふりをしているらしい。
侍女と義母と義姉たちは、使用人たちによって生活を支えられている。
クビにすることはできない。給料を支払っているのは義母ではない。父であり、直接には執事だ。
いわばイジメである。
だけど、いいんじゃないかな。
ウチの使用人たちはみんな良心的に仕事をこなしてくれる。
もっと早く持って来いとか、言われる前にやれとか、気づかないなんて使えないなどと怒られても、内容をちゃんと伝えなければ、使用人は困るだけだと思う。
侍女のデイジーも、上から目線の高圧的な態度さえ改めれば、困ることはないはずだ。実際、衣食住で必要なことはすべて、何不自由なくやってもらっていた。
だが、使用人たちの一度冷たくなってしまった視線だけは、変えられないようだった。
唯一、現在のこういう空気を読めなかったのは、二人だけだった。唯二と言うべきか。例のどーんと構えたアンとステラである。
この二人は相変わらず使用人を使えない連中と罵り、気に入らないとはっきり口に出してはばかるところがなかった。
どうなのるのかなと思ってみていたが、ウチの使用人たちはなかなか賢かった。
正面切って戦うような労力のかかることはせず、奥様や侍女のデイジー様を通して指示をするよううまく誘導していた。
その分、義母や侍女のデイジーは取り次ぐと言う用事が増えたのだが、面倒くさくなって幾分かは仕事が減った。
「そんなどうでもいいことは、やめておきなさい」
私はふんふんうなずいた。人間が四人も増えたのだから、使用人も大変だったのだろう。私は初めて気が付いた。それに侍女のデイジーときたら、侍女なのに仕事を増やす傾向があった。
「よし。放っておこう」
私はつぶやいた。モートン様から教わった大事な処世術だ。関わらない方が幸せなことってあるわよね。




