第19話 神刀
◇
【王都ゲラード:宿屋】
「あ、おかえりなさい」
「たっだいまー!!」
「ただいま……」
アルフィに首根っこを掴まれたまま俺はヒリスの待つ宿屋へと戻ってきた。
「結局5分も持たなかったのね」
「うるせぇ、アル姉のマナ感知が異常なんだよ」
王都全体って反則だろ。
しかも、個人を特定できてしまうからアルフィの前では逃げも隠れもできない。
「今までなら1分もかからなかったのに、成長したわね、エド」
「まだまだですよ」
アルフィはポンポンと俺の頭を叩くが、どう足掻いてもアルフィから逃げ切れるビジョンが湧かない。
常軌を逸したマナ感知、神剣によるステータス強化に加え、生まれ持った類まれなる身体能力。人はアルフィを三英雄の再来だと称えているのも頷ける。
「でも、アル姉が王都にいるなんて珍しいですね」
「ん?王様から招集がかかったからよ。魔族関連でね……」
そう言い表情を暗くするアルフィ。
皆まで言うまい。ザドラが襲われたこと、その場に居合わせることができなかったこと、弟を失ったこと、全てを悔やんでいるのだろう。
「魔族も逃がしちゃったし、ダメダメね」
「アル姉でも倒せなかった魔族……もしかして、公爵級ですか?」
「あら、詳しいわね。勉強してて偉いわ」
この歳になって頭を撫でられるのは気恥しさがあるんだが……やめて頂きたい。
「そう。公爵級魔族……名前は確か……『夢幻のアルディーナ』」
へぇ、あいつ生きてたんだな。
ていうか、復活したってことか。
アルディーナは俺が直々に息の根を止めたから確実に命は絶っていたはずだ。
魔神の力か?
厄介だ。
アルディーナが復活してるってことは800年前世界を恐怖に陥れた魔族たちも復活している確率が高い。
「これは、本当にうかうかしてられない」
「その通りよエド。脅威は常に私たちの首を狙ってる。強くなる必要があるわ、ヒリス、あなたもよ」
「は、はい!」
◇◇◇
という訳でやってきました、王城の一角にある修練場。
「あの……アル姉、俺達明日再試合なんですけど……」
もう夜更けだぞ。
勘弁してくれ。
「睡眠なんて1時間あれば余裕よ。それよりもほら!戦うわよ!」
キラキラ瞳を輝かせながらアルフィは拳を構える。
「ただ自分が戦いたいだけじゃ……」
「何か言った?」
「なんでもないです……」
圧が凄い。
「それで?エドはその神剣どのくらい扱えるの?」
「そうですね、5%ほどでしょうか」
「ふーん、5%……」
「あ、あの、アル姉様。素手で戦われるのですか?」
「ん?んー、そうね。必要とあらば使おうかなって……そうね!よし、2人まとめてかかって来なさい!」
2人まとめて……ね。
チラッとヒリスを見ると若干不服そうな顔をして剣を構える。
"舐められてる"
そう思ったのだろう。
だが、その考えは数秒後には覆されることになるはずだ。
「「いきます!!」」
【雷王:エンチャント】
【雷元素:エンチャント】
俺とヒリスは瞬時にアルフィへ肉薄する。
「初動は問題ないわね!」
〔ガガンッ!!!〕
「まず1つ、戦闘の基本ね。博識なエドとアルノシアのヒリスならわかってると思うけど、ステータスに大きな差がある場合、強力なマナの攻撃を使用しない限り相手にダメージを与えることはできないわ……こんな風にね」
「っ!!嘘だろ……」
「私達の攻撃を……」
左腕だけで防ぎやがった……!!
「ヒリスのエンチャント技術は中々だけど、まだ私には届かないみたいね。エド、あんたは要特訓ね」
くそっ。
攻撃が通らないんじゃどうしようも無いな。
おそらく現状の最大火力でやっとかすり傷を与えられる程度だ。
なら、まだアルフィと渡り合える可能性のあるヒリスのサポートに徹するか。
「ヒリス、俺がアル姉の注意を引く。隙を見て高火力の技を叩き込んでくれ」
「わかったわ」
ヒリスの返事を確認し、アルフィに肉薄する。
「あら、1人で戦うの?」
対するアルフィは素手だ。
ダメージは通らなくとも、俺の剣術ならまだ戦える。
大太刀と拳の応酬。
その様子を鋭い眼光で観察するヒリス。だが、肝心の隙が生まれない。
このままじゃダメだ。もっと、もっと感覚を研ぎ澄ませ。
鋭い真紅の瞳が鈍く光る。
「良い眼ね」
(この子……一体どこでこんな剣術を)
驚愕するアルフィを他所に俺達の戦闘は更にスピードが増す。
対するアルフィはまだ余裕の表情。
こんなんじゃ隙なんか作れないな。
仕方ない。
奥の手を使うか。
できれば使いたくなかった……。
だが、アルフィに一矢報いる為だ。
許してくれ。
グッと脚に力を入れ踏み込む。
迫る拳を大太刀で受け流し、俺の口元はアルフィの耳元へ。
懐に潜り込めた。
喰らえ、必殺の一撃。
『アル姉、大好きです』
「ふぇ……?」
アルフィは赤面し、脱力したように肩を落とした。
「ヒリス!!今だ!!」
「エド……あんたプライドってないの!?」
苦肉の策だよ!!
ヒリスは猛々しい雷電を纏った剣を振り上げ、アルフィへ肉薄する。
アルフィはまだ惚けている状態だ。
これならいける。
そして、俺も追撃せんと雷電を纏わした大太刀を振り上げた。
【【轟雷】】
まるで雷が落ちたかのような轟音が修練場に響き渡る。
「……くっ」
「まじかよ……」
完全に隙を突いたはずだったのに……。
「今のは危なかったわね。それに、ヒリスの渾身の一撃、確かに私に届いたわ。かすり傷だけど」
アルフィは左腕で俺の大太刀を、右腕でヒリスの剣を止めていた。
どんな反応速度だよ。
「ふぅ、今日はここまでにしましょう。2人のレベルもわかったわ。成長したわね」
そう言いアルフィはポーションを飲み、左腕の傷を治した。
「ヒリス、あなたはスキルに頼らず剣術でも敵と渡り合えるようになりなさい。同世代の中じゃ剣術の腕が良くても、あなた達が戦うのはそんなレベルじゃないわ」
「はい!」
そして、アルフィは俺の方へ向く。
「エド、素晴らしい剣術だわ。3割の力とはいえ、私と互角に近接戦を渡り合ったことは胸を張れることよ」
3割……。
「スキルの熟練度に関しては人より遅れてるのは仕方ないことだけど、人一倍の努力を惜しまないようにね」
「はい」
踵を返すアルフィだが、なにかを思い出したかのようにこちらを振り向く。
「エド、後で私の部屋にきなさい」
「……え?
嫌な予感しかしないんだが……?
◇
【ルーカディア王城:客室】アルフィの部屋
修練場を後にし、俺はヒリスと別れアルフィの部屋へ来た。
正直に言うとアルフィの部屋には入りたくない。
なぜなら、アルフィは超が付くほどの『ブラコン』なのだ。
部屋で2人きりになろうものなら俺は愛玩動物へと変わり果ててしまう。
「はぁ……」
〔コンコン〕
扉をノックする。
「どーぞー」
「失礼しま……っ!?」
扉を開け部屋の中に入ると、白く美しい柔肌に、程よく実った2つの果実が眼前に広がる。
「アル姉!?服を着てください!!」
「なによ、湯浴み上がりなの。家族なんだから別にいいじゃない」
「良くないです!!」
そう言うとアルフィは渋々服を着始めた。
なんで残念そうなんだよ……。
アルフィが服を着たのを確認し部屋へ入り、ソファに腰をかける。
「それで、なんの用でしょう……って、なんで俺の横に座るんですか」
「ここが空いてたからよ」
目の前も空いてるだろ……。
「最後のあの作戦は効いたわ」
ギクッと体を震わせる。
やばい、さすがに卑怯だったか。
「相手の弱点を正確に突く。理にかなったいい作戦よ」
「あ、ありがとうございます……」
怒ってはないみたいだ。
よかった。
「それは置いといて、聞きたいことは沢山あるわ。数年振りに会ったのだもの」
それはアルフィが放浪してろくにルビウス領へ帰ってこないから……言いたいが、野暮なことは言わないでおこう。
「まずは……ごめんなさい。ザドラが襲撃にあった全貌は父様から聞いたわ。父様は瀕死の重症を負い、エドは生死の境を彷徨い、ギドーは……」
アルフィは瞳に涙を浮かべ俯く。
「謝らないでください。結果的に俺も父様も生きてますし」
「うん……。ギドーがなんであんな暴挙に出たのかも聞いた。これからは次期当主としての自覚を持つことにするわ」
ギドーが暴走した要因は俺の存在とアルフィの身の振る舞い方だった。
アルフィがこんなにも責任を感じているのは、それが原因だろう。
「ゼリオス様からも話を聞いたわ。自分の命と引き換えにその『神剣』を召喚したそうね。神剣召喚は相性の良い神剣が無ければ召喚できないはず、賭けに出たの?」
「いえ、自覚はありました。根拠は……ありませんが」
俺の魂の半分を使った神剣だから召喚できるなんて言えないもんな。
「神剣召喚はそんなもんよ。根拠はないけど、何かが私を待ってる感じがするの。それで神剣については教えてくれる?」
「はい、アル姉ならかまいませんよ」
本来神剣の詳細については伏せるべきだ。自分の手札をひけらかすのと一緒だから。
だが、最も信頼できる味方の1人であるアルフィには話しても問題ない。
「この神剣……いや、神刀の名前は【紅神】、【神刀紅神】です」
「神"刀"?刀って異世界人達が好んで使うすぐ壊れるヒラヒラの剣の事よね。確かに、形は似てるけど……」
「これは大太刀と言って通常の刀よりリーチが長い得物なんです。俺……エドラス様独自の改良も加えているので本来の大太刀より若干形は違うらしいですが」
「ふーん。背丈ほどの得物だなんて、私の神剣以外見たことないわ」
不思議そうに紅神を眺めるアルフィに鞘から少しだけ抜き取り、刀身を見せる。
「へぇ、見事なものね」
「この大太刀は全能の神エドラス様自らが手掛けた至高の一振……だそうです。使用した金属は"アダマンタイト"と"ヒヒイロカネ"を合成したエドラス神のみが生み出せる特別な金属らしいですよ」
「他の神剣と比べても異質なマナを感じるわ。エドラス様の色んな想いが詰まってるのね」
色んな想い……か。
確かに、この大太刀を作った時は色んな感情が溢れてたっけな。
自分の魂の半分を材料に使うほどだったし。
俺の脳裏には800年前の魔神との戦いの情景がフラッシュバックする。
「エド?どうしたの?」
「……いえ、なんでもありません。俺が使っている剣術もエドラス様より指南を受けた大太刀用の特殊剣術なんです。名前は"武神流大太刀術"」
その名前を聞き、ピクっと眉を動かす。
「武神流……なるほどね。神から直接指南を受けたのならあの剣術の技量にも納得がいくわ」
そう言い顎に手を当てアルフィは深く考え込む。そして、決心したかのように羊皮紙に何かを書き込んだ。
「エド、あなたが本当に武神流剣術の使い手なら、ここを訪ねるといいわ。私の紹介と言えば通してくれるはずよ」
「ここは?」
「行けばわかるわ」
「【麓の街:ドーラ】……ここから結構離れてますね」
「特待生になって冒険者登録すれば自由に行動できるでしょ」
それはそうか。
その為に特待生試験を受けるんだもんな。
その後は今後についてや、俺がザドラで過ごした日々をアルフィに話した。
俺の話を聞くアルフィは嬉しそうで、そして、どこか寂しそうな表情だった。
……
…………
………………
「さて、明日は再試合でしょ?早く寝なさい」
「は、はい」
どの口が言ってんだか。
「エド」
立ち上がる俺にアルフィは優しくハグをする。
「ア、アル姉……?」
「私の大好きな弟。どうか無事でいて……」
抱きしめるアルフィの腕は心無しか震えている。
俺が魔族に狙われている状況を理解しているのだろう。
「大丈夫ですよ、俺はもっと強くなります。アル姉の弟なんですから」
そう言うとアルフィは嬉しそうに笑う。
「頑張りなさい。私は明日の朝にはここを発つから。そうだ、これをあげるわ」
黄緑色の宝石が着いた指輪?
趣味じゃないが……。
「エドがもし本当にダメだ、死ぬって思った時にこの指輪の宝石を砕きなさい。私が必ず助けにいくから」
まさか強制転移の魔法具?
一部のダンジョンでしか見つかったことの無い貴重な魔道具だ。
こんな貴重な物を。
「ありがとうございます。アル姉はこれからどうするのですか?」
「王様からの指令は『魔族の追跡及び調査』よ。この世界に魔族の驚異が無くなるまで、調査を続けるわ」
「そうですか、アル姉もお気を付けて」
「ええ、それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
心配そうに見送るアルフィを背に、俺は自室へと戻った。
アルフィ「ねぇ、エド」
エド「はい?」
アルフィは赤面しながらくねくねする。
アルフィ「もう1回"大好き"って言って……?」
エド「嫌です」




