第15話 いざ、王都へ
ルーカディア王国。
大陸の4割を占める大国であり、今存在している国の中で最も栄え平和をもたらした国として世に知られている。
そんな大国の首都:ゲラードは街の中央に王族が住まう王城が設けられており、そこを中心として円状に街が拡がっている。
街を囲うように建てられた大きな外壁には3英雄の1人『ゲラード・ルーカディア』が永続的に機能する結界のスキルが施されているらしい。
「陛下のところ謁見に行かないとな」
「そうね、礼儀作法は覚えてる?」
「大丈夫……たぶん」
「たぶんってなによ!」
俺とヒリスは宿屋に荷物を置き、先に見える王城を目指して城下町を歩いていた。
「そういえば、検問所前で暴れてた冒険者いただろ?」
「スドルだっけ?」
「あいつ、上級ライセンス剥奪だってよ」
「いい気味よ」
上級冒険者ともなれば冒険者として食うに困らないほどの富を得られる階級だ。
「まぁ、王都を拠点にしてる時点で上級とはいえたかが知れてる」
「どういうこと?」
「王都周辺のモンスターは基本的に中級以下だ。上級冒険者やさらに高みを目指そうとする冒険者が拠点にするには王都じゃ実績は積めないだよ」
「そうなんだ。確かにここらへんのモンスターは弱いものね」
「あいつはドヤ顔で『この街に3人しかいない!』って言ってたが、そりゃ上位の冒険者ほど王都からは離れるから誇れることではない」
臆病なのかはたまたなにかトラウマを抱えているのか。
どちらにせよ、王都を拠点にした上級冒険者にろくな奴はいないってことだ。
「着いたわね」
ヒリスと他愛もない話をしていると、いつの間にか王城の門まで来ていた。
「相も変わらずバカでかい城だ」
「5年ぶりだっけ?」
「ああ」
最後にこの城に来たのは5年前の王様の一人息子の成人祝いの宴だったっけ。
いつもなら周りの目を気にして参加はしないのだが、王様直々の招待だった為参加せざるを得なかった。
「酷い宴だったよ」
「そうね。あのデリカシーのない馬鹿王子には呆れたものよ」
っと、王族の悪口を言うのはこれくらいにしておこう。
門番が俺達に近付いてきた。
「そこの者達、ここは観光地では無い。早々に立ち……こ、これはヒリス様!!失礼致しました!今回はどのようなご要件で?」
門番はヒリスに気付くなり態度をコロッと変えた。
ヒリスの顔も広くなったもんだ。
今じゃ英雄扱いだからな。
最近は王城に出入りすることも多かったから、門番達には顔も知れているのだろう。
「アカデミーに入学しに来たの。しばらく王都でお世話になるから、陛下に挨拶にね」
「そういうことでしたか!陛下がお喜びになります!では、お付の方は客間にご案内しますね」
「ん?」
お付の方って、俺の事か?
ヒリスの顔がムッとしている。
こりゃあとでご機嫌取りだな……。
「俺も陛下に挨拶があるんだ。謁見の取次を頼む」
「従者が謁見?すまないが、身分を確認させてもらいたい」
「あなたね!」
「ヒ、ヒリス様?」
俺はヒリスを手で制す。
「ほら、俺のステータスだ。これでいいだろ」
「確認させてもらう」
俺のステータス画面を門番に見せる。
すると、みるみるうちに顔が青くなっていくではないか。
「ル、ルビウス……?」
「エドラス・ルビウスだ。能無しの恥晒しだよ」
「え、あ、いやしかし、私の知るエドラス様はスキルを持っていないのですが……」
「少し前まではな。詳しい話は陛下か国の上層に聞いてくれ。それに、俺が本物かどうかなんてヒリスの顔を見ればわかるだろ」
門番はチラッとヒリスの顔を見て更に顔を青くする。
(た、確かヒリス様はエドラス様の専属護衛であり、非常に親しい仲だと聞いたことがある……)
「し、失礼しました!!どうか無礼をお許しください……!!」
門番はその場で土下座した。
本来であれば公爵家の人間に対する侮辱は役職解任、酷ければ投獄もありえる。
だが、俺は別に怒っちゃいない。
「気にしないでくれ。事前に連絡入れてない俺達にも非はある」
「あ、ありがとうございます……」
どうやらこの人はルビウス領にいた馬鹿どもとは違い、立場をしっかり弁えているようだ。
王の指導の賜物だな。
「今回だけだからね!」
「は、はいぃ!!」
ヒリスは門番をシャーッと猫のように威嚇し、俺達は王城へと足を踏み入れた。
◇
煌びやかな装飾、よく分からないが高そうな展示品、ここに置いてある物はどれも一級品で売れば平民の半年分の給料にもなるほどだ。
俺達は謁見の間の大きな扉の前に立つ。
『なぜですか!陛下!!』
謁見の間からは誰かの怒鳴り声が聞こえた。
謁見の間で怒鳴り声とは、穏やかじゃないな。
「はぁ……何度も言っているだろう、ダーラン卿。貴殿の領地にこれ以上予算は割けないと」
玉座に肘を着き座り、ため息混じりにそう返答する男の名前はシルヴァ・ルーカディア。
シルヴァは水色の髪を弄りならが茶色の瞳で玉座から貴族の男を見る。
「し、しかし!軍の増強が急務だと、仰られたではないですか!」
「まぁ魔族の襲来に対応する為にそうは言ったが……」
「であれば!」
「無理だ。言っただろ"これ以上"はと。ダーラン領の予算は十分に引き上げただろう」
アルマス・ダーラン。ルーカディア王国南西に位置するダーラン領の領主だ。
シルヴァがアルマスからの要望に頭を抱えていると、傍に控えていた男がシルヴァにそっと耳打ちした。
「陛下、次の謁見が……」
「えぇ……まだあんの?……エルド、また明日にしてくれ」
エルドと呼ばれた男は困ったように話す。
「それが、次の方々は……」
エルドから次の謁見の人物を聞き、表情が一気に明るくなった。
「ダーラン卿、はっきり言うが予算の増額はできない」
「な、なぜ!?」
「なぜ?理由は貴殿が1番わかっているだろう?」
「何をおっしゃいますか……」
「私が気付いてないと思うか?」
シルヴァ王は空気を一変させ、ダーラン卿を睨みつける。
そして、1枚の紙を渡す。
それを見たダーラン卿の顔はみるみるうちに青くなっていく。そこには数々の予算の不正使用の証拠が載っていた。
「二度はないぞ」
「は、はひぃ!!!」
ダーラン卿は冷や汗をかきながら走るように去っていった。
そして、緊迫した態度は一変し上機嫌となる。
「エルド!早く呼べ!」
「は、はい……」
その姿はまるで甥っ子姪っ子を待つ親戚のおじちゃんのようだった。
◇
「エドラス様、ヒリス様、どうぞ中へ」
やっと呼ばれたか。
今しがた半泣きの貴族が走って出ていったが一体何があったのだろうか。
「まぁ、いいか」
「エド?」
「なんでもない」
俺達は謁見の間へ足を踏み入れた。
◇
「よく来たな!エドラス!5年ぶりか?ヒリスもしばらくぶりだな!」
シルヴァ・ルーカディア。
賢王なんて呼ばれちゃいるが、俺からしたら"退屈嫌いの娯楽主義者"だ。
俺達は玉座の前で膝を着き、頭を下げる。
「陛下もお元気そうでなによりです」
「硬っ苦しいのはやめろ!2人とも頭を上げて顔を見せてくれ!」
俺とヒリスは顔を上げる。
満面の笑みを浮かべるシルヴァ王は満足気に座っている。
「大きくなったなぁ……あのいじめられっ子が今じゃザドラを救った英雄だもんなぁ」
「英雄はヒリスですよ陛下。俺は何もしてません」
「ははっ!バカを言うなエド!この国の王に隠し事はできんぞ?」
陛下は真実を知ってたんだったな。
まぁ、流石に国王にまで黙っておく訳にもいかないもんな。
「エドラス……様から頂いたスキルの賜物です」
「模倣系統のスキルか……。俺達の祖先、3英雄以来約800年ぶりか」
うっ……。その話をされる度に心を抉られる……。800年もサボってすみませんでした……。
「模倣系統のスキルが発現したと思ったら、神剣の召喚にも成功させて、ザドラを救う……。はっはっ!とんだ成り上がり英雄譚だ!俺と一戦交えてみるか!?」
この人は何を言ってるんだ……。
「へ、陛下……流石に1秒も持ちませんよ」
シルヴァ・ルーカディアは世界屈指の実力者だ。
それこそ伯爵級の魔族程度遊び感覚で倒せてしまうほどに。つまり俺なんか1秒も待たずしてのされてしまうわけだ。
武王であり賢王、正に完璧な王様だ。
戦闘狂な所を除けばだが……。
そんなキラキラした目で見ないでくれシルヴァ王よ……。俺はボコられる趣味は無いんだ。
「まぁ、確かに今のエドと戦うのは少し物足りないな!だが、多種多様なスキルを駆使する剣士と戦う機会なんてないからなぁ。しかも、世にも珍しい大太刀使い……」
にやりと笑いながら俺を見る。
勘弁してくれ……。
「はっはっ!冗談だ!さて、暫く王都に滞在するんだったな。必要なことがあったら頼ってくれ!」
「はい、ありがとうございます」
「ルーピンから聞いているが、貴族推薦は断ったみたいだな。なら、2人とも特待生試験を受験するということだな」
アカデミーでは『武官クラス』『文官クラス』『特待クラス』の3つに別れてクラス分けされている。
スキルやステータスに自信がある者は『武官クラス』を。
頭脳や知識に自信がある者は『文官クラス』を。
そして、その両方に秀でた者は『特待クラス』を受験するのだ。
「ふむ……。ヒリスはともかく、エド、お前は大丈夫なのか?筆記でお前に勝る人間はいないだろうが、実技が問題だろう」
「落ちたら大人しく貴族推薦を受けます」
「それがいい。アカデミーの卒業は今や貴族の嗜みのようになってるからな」
シルヴァ王の心配は最もだ。
今の俺のステータスは一般的な騎士に毛が生えた程度。つまり、スキルでカバーするしかない。
とはいえ、現状のスキルでどこまでいけるかが問題なのだ。多彩なスキルがあろうとも個を極めようとするやつにどこまで通用するかわからない。
「今年の受験生で特待生合格確実と言われている者はヒリスを除いて2人いる。実質7枠を取り合うことになるが……精進するように」
「え?2人……ですか?」
ヒリスの他にあと1人なら凄いやつを知ってるが……同い年だとその2人が合格確実立だと思っていた……。考えが甘かったか。
同世代の有力者もしっかり調べとくべきだったな。
「特待生か……。という事はお前達は冒険者登録もするのか」
「はい、特待生だと自由出席になりますから」
「ふむ。アルフィと同じ道を歩むか。確かにお前たちならそれがあってそうだ」
卒業してから冒険者になるって手もあるが、魔族が台頭し始めた今、あまり悠長にはしてられない。
「……3英雄の末裔である我らは、魔神とは切っても切れぬ関係だ。お前達の運命は戦いに溢れ、辛く険しいものとなるだろう。辛くなれば、俺達を頼れ。その為に俺達がいるのだから」
「「はい!」」
「ふっ……良い返事だ!久々にお前達の顔を見れてよかった!またいつでも顔を見せに来てくれ」
「はい、では失礼します」
「失礼します」
俺とヒリスは頭を下げて謁見の間を後にした。
「戦いに溢れた運命……辛く険しい道か……。それは俺達も同じか……なぁ、ルーピン、リック」
まだ幼く感じる2人の背中を見送り、シルヴァ・ルーカディアは静かに目を閉じるのだった。
◇◇◇
「陛下は相変わらずだったわね」
「そうだな。お気楽そうに見えて色々考えてる人だ」
それに、魔族の侵入を許していた事を今も悔いているのだろう。
「さて……次は」
「冒険者登録!?」
ヒリスは目をキラキラ輝かせながら食い入るように言ってきた。
冒険者になるのが余程楽しみなようだ。
「いや、入試の手続きに行かないとな」
「えー!早くモンスター倒したい!」
「手続きの期限は今日までだぞ?」
「えー……」
そんな落ち込まれてもどうしようも無い。
ルーピンやリックからは『アカデミーは絶対に卒業しろ』と懇々と言われているのだ。
「でも、アカデミーに通う時間あるの?ゼリオス様も言っていたわ。私達は魔族に狙われるって」
「……」
「自信を無くした訳じゃないけど……私はまだディルナーデほどの魔族に勝てる気はしないわ……」
ヒリスの不安はご最もだ。
「そうだな。だが、アカデミーの卒業はお父様やリックさんとの約束だ」
「そうよね……」
ルーピンやリックも今が世界的な危機であることは理解している。
それでもアカデミーに通わせるってことはそれ相応の意味があるのだろう。
ただまぁ、特待生に受からなければアカデミー卒業は諦めて冒険者一筋でやるしかないよな。
ルーピンには申し訳ないが、魔神は俺達の卒業を待ってくれる訳じゃないし。
「ん?締切日なのに意外と賑わってるな」
「人多いわね」
入学試験の受付先である王立闘技場の入口エントランスにはまだ大勢の人が集まっていた。
なんで試験の受付が闘技場なんだよ。
「受付を済ませた方はお引き取りくださーい!!」
カウンターに座ってるあの人が受付か。
入口エントランスへと足を踏み入れる。
すると、視線は1人に集中し、その場がざわつき始める。
「む、むず痒いわね……」
「ははっ、大人気だな」
流石はルビウス領を救った若き英雄様だ。
羨望の眼差しを向ける人もいれば、頬を赤らめている人も、中にはライバル視している人もいるな。
同世代でヒリスをライバル視するとは、余程に自信があるんだな。
「こういうのは苦手よ……」
「嫌でも慣れるさ」
俺達は受付のカウンターの前に立つ。
受付のプレートには【特待生試験受付】と書かれている。
「ヒリス・アルノシアです。特待生試験の受付をお願いします」
「あ!ヒリス様!お待ちしておりました!ステータスを記した証明書をお持ちですか?」
「え?あ、エ、エド……」
はぁ、かっこよく先頭切ったと思ったら……。
「鞄のサイドポケット」
「あ、ありがと!」
締まらねぇな……。
「こ、これは……」
受付のお姉さんはヒリスのステータスを見てゴクリと喉を鳴らす。
(平均ステータスB+!?まだ15歳なのにこのステータスは頭1つ……いや、頭3つは飛び抜けてるわ!流石と言うべきね……)
「は、はい!受理しました!ヒリス・アルノシア様の受付番号は39番です!」
次は俺の番か。
「次の方どうぞ!」
「エドラス・ルビウス。特待生試験の受付お願いします」
ステータスが記された紙を受付嬢に渡す。
ちなみに、模倣のスキルの場合だと
【スキル】雷元素Lv3 気配遮断Lv1 神剣召喚Lv-
と表記されるのだ。
俺のステータスを見た受付嬢は少し驚いた様子を見せ、難しい顔をした。
彼女が考えていることはなんとなくわかる。
(模倣系統のスキル!?初めて見た……ってことはこの子がルビウス公爵家の末の子ね……。風の噂で聞いていたけどまさか本当に……。でも、このステータスじゃとてもじゃないけど……)
「はい!受理しました!エドラス・ルビウス様の受付番号は40番です!」
「ありがとうございます」
とりあえず、門前払いくらわなくてよかった。
明らかにステータスが低いと受験することすらできないからな。
俺の場合はステータスは低いけど『模倣系統のスキル』っていう未知数のスキルがプラスに働いたようだ。
「あぁ!?なんっか雑魚クセェ臭いがすると思ったら……エドラスじゃねぇか?」
受付を終え、会場を出ようとすると取り巻きを2人連れた1人の青年がそう言ってきた。
はぁ……こいつには会いたくなかったから態々受付の日をギリギリにしたってのに……。
最悪だ。




