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第13話 武神流剣術

 俺が目覚めてから1ヶ月の月日が経った。


 俺がもう一度眠ってしまったことで心配をかけてしまったらしいが、2、3時間後には起きたので大騒ぎにはならなかった。


 ヒリスだが、帰ってくるなり質問攻めに合うと思ったが意外と大人しかった。俺からの説明を聞き、ムッとした顔をしたまま頷き帰っていった。

 大人しいのは良いがずっと不機嫌だ。


 なんであんな不機嫌なんだろうか。


 そして今日。ついにその日がやってくる。


「んーーーーー!!!!かんっぜんっ復活だぁぁぁあ!!!!」


 身体中からマナが溢れる!

 雷も元気たっぷりに迸っている!


「さて、何をしようか」


 やることはいっぱいだ。

 とりあえず、この神剣をしっかり扱えるようにならないとな。


「……」


 徐に柄を握る。


 懐かしい。

 こいつとは苦楽を共にしてきた仲だ。

 まさかこんなに早く再開できるとは思わなかった。


「よし!」


 大手を振ってスキルが使えるようになったんだ。練習効率はいつも以上になるはず。


 すると、俺の背後で1人の気配を感じた。


「エド」


「おー、ヒリスか。どうした?」


 ムッとした不機嫌なヒリスがそこにいた。


「ちょっと付き合いなさいよ」


 そう言うヒリスの手には木剣が握られている。

 つまり、戦えと?


「病み上がりにいきなりキツくないか?」


「マナが枯渇してただけでしょ。身体はもう健康そのものじゃない」


「そりゃそうか」


 まぁ、リハビリに模擬戦も悪くはないか。

 俺はヒリスに言われるがまま修練場に移動した。


 ◇


【ルビウス邸:修練場】


 冬を越え、穏やかな日差しと心地よいそよ風が吹く季節になった。

 だが、この修練場にはチリチリと熱雷の気配が漂っていた。


 理由はただ1つ。ヒリスから殺気とも言えるマナの圧を感じるからだ。


「なぁ、何をそんなに怒ってんだよ」


「うるさいわね。構えなさいよ」


 話にならないな。


「はいは……い!?」


 ゆっくりと構えると俺の目の前には既にヒリスが肉薄していた。


 〔ガンッ!!!〕


「っぶねぇ……」


「ねぇ、今まで騙してたの?」


 何を言い出すかと思えば……。


「スキルのことは説明しただろ」


「そうね、でも納得できない。ディルナーデを圧倒した剣術、私には1度も使ったこと無かったじゃない」


「それは……」


 俺とヒリスは剣戟を繰り広げながら会話する。


 確かに、ヒリスとの模擬戦では1度も【武神流剣術】を使ったことは無い。

 理由としてはまだ俺が完全に会得していなかったのと、武神流剣術は一般には広まっていない武神から許可された人間のみが使える秘剣術だからだ。


「あれは大太刀専用の剣術だ。片手用直剣じゃ使えないだろう」


「なら、大太刀を最初から使えば良かったじゃない」


「それはそうだが……」


 しっかり身体が出来上がるまでは使わないようにしてただけなんだが……。


 〔カンッ!!!!〕

「痛っ……」


 俺の手から木剣が弾き飛ばされる。

 容赦ないなぁ……。


「俺の負けだ」


「待ちなさいよ」


 踵を返し去ろうとする俺の背後からカランと何かを投げ落としたような音が聞こえた。


「これは……大太刀型の木刀?」


「ええ、流石に真剣同士での立ち合いはまずいから、うちの道場で埃被ってたものを引っ張り出してきたの」


 はぁ……。

 用意周到だこと。

 逃げ場がないな。


「スキルの使用は?」


「なしよ。単純な剣術だけの試合」


「わかった」


 修練場には静寂が訪れる。


 汗が滴り、地面に落ちた瞬間、2人の姿が消えた。


 修練場の中央で激しい衝突が起こる。

 ギリギリと音を立てる鍔迫り合い。

 不機嫌だったヒリスの顔が若干綻んでいる。


 ヒリスは積極的に間合いを詰めてくる。

 良い判断だ。

 大太刀はリーチが長い。

 その不利を無くすためにはひたすら接近して戦うしかない。


「やるわね」


「そりゃどうも」


 俺は大きく木刀を振り上げる。

 ディルナーデにもやったことだ。

 釣られたら容赦なく振り下ろしてやる。


「それなら見たわ」


「ぐっ……」


 ヒリスの蹴りが俺の腹部に直撃する。


「足癖が悪いな」


「お褒めに預かり光栄よ」


 俺達は再び距離を取り、再度肉薄する。

 中々距離を取らせてくれないな。

 どうしたものか。


「あの時みたいなキレがないわよ!」


「病み上がりだって言ってんだろ」


 頭上を狙ったヒリスの剣を受け止め、弾く。


「うわっ」


 少しだけよろめいたか?

 ある程度の間合いができた。


 木刀を構える。


 俺が扱う武神流剣術は武神ギレウスと共に開発した俺の大好きな"日本"の"剣術"を取り入れた大太刀術だ。


 この構えは日本で言う"平正眼の構え"と言われるものだ。


 俺の様子を見たヒリスは危険を察し、大きく飛び退き後退する。

 確かにこの距離じゃ大太刀は届かないだろう。

 だが……。


 グッと足に力を入れ、勢いよく飛び出す。

 俺のAGIはC。

 全力で踏み込んだところでたかが知れてるが、重要なのはそこじゃない。


(今のエドの動きなら目で追える……!)


 ヒリスは俺の間合いを脱したと思い、迎撃の構えを取ろうとする。


 考えが甘かったな。


「なっ……剣が伸び……」


【嵐牙】


 武神流大太刀術の牙突技だ。

 ヒリスが伸びたように感じたのは俺が柄の頭に持ち替えた事で数cm伸びたように感じたのだろう。


 木刀の剣先がヒリスの鳩尾に炸裂する。


「ぐっ……!!」


 相当なダメージなはずだ。

 片膝を付き鳩尾を抑えるヒリスにトドメを指すべく肉薄し、木刀を振り下ろした。


 悪いなヒリス。

 これでも俺は800年剣術の修行を……。


「かかったわね」


「え」


 〔カーン!!!〕


 振り下ろした木刀は弾き落とされ、俺は完全に体制を崩した。


 あ……終わったはこれ。


 足払いされ、そのまま転倒。

 立て直すために起き上がろうとするが、そのまま組み伏せられ馬乗り状態に。

 そして、木剣を首筋に突きつけられチェックメイトだ。


「ま、参ったよ」


「……」


「?」


 無言のまま固まってしまった。

 いつもならドヤ顔しながら喜ぶのに。


「……はぁ、私の負けね」


「何言ってんだ。どう見てもお前の勝ちだろ」


「これが木剣じゃなくて、本物の武器だったら、私は今の突きで死んでたわ」


 何を言い出すかと思えば、本物の武器での戦いならもっと緊張感もあったし、戦い方も変わっていただろうに。


 ヒリスは立ち上がり、俺に手を差し伸べる。

 俺はその手を取り立ち上がった。


「私、もっと強くなるから。あなたの隣で、あなたを支えられるように」


 俺の瞳をじっと見つめるヒリスは、何か吹っ切れたように見える。


 "隣で支えられるように"……か。

 どうやらヒリスの中で俺はもう庇護対象では無くなったようだ。


「で、でも!私がルビウスの剣であることに変わりはないから!困ったことがあったら言うのよ!」


 全く、お母さんみたいな事を言うやつだな。


「はいはい、わかったよお母さん」


「お母さんってなによ!」


「ほら、行くぞ」


「ちょっと!待ちなさいよ!」


 顔を赤くしたヒリスをからかいながら、俺達は修練場を後にするのだった。


 ◇


 あれから数日後、俺は父様に呼び出され、ルビウス邸のとある場所にある宝物庫に来ている。


 ルビウス邸の宝物庫。ここにはルビウスの所有する武具、宝物、金銀財宝が保管されている。

 故に、これまで数知れずの泥棒が侵入しようとしてきたが、邸宅の庭にすら入ることができずに諦めて帰るのだ。


「確か、敷地一帯に幻を見せるスキルアイテムを発動させてるんだっけ」


 入れるのは神とルーピンに許可された人間のみ。

 流石は3英雄の末裔と言ったところか。


「父様」


「おう!来たか!」


 大きな金庫の扉の前にルーピンが立っていた。


「どうしたんですか?金庫に呼び出すなんて」


「まあまあ、黙って着いてこい!」


 そう言うと大きな扉を開け、俺を手招きする。


「おお……」


 壮観な景色だ。

 棚には所狭しとスキルアイテムが丁寧に飾られていて、ズラっと武器や防具が整頓されている。

 銀貨や金貨は樽に敷き詰められ、入り切らない分は床に溢れている。


「あ、そうだ。先にこれを渡しておこう」


 ルーピンはポケットから2枚の黒い硬貨を取り出し、俺に投げてきた。


「これは……黒金貨ですか?」


「ああ、ヒリスがザドラ防衛の功績で貰った報酬の半分だ」


 てことは報酬は黒金貨4枚ってことか。

 簡単に説明すると。この国の貨幣は下から銅貨、銀貨、金貨が一般的な貨幣だ。

 銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚といった感じだ。

 黒金貨は特別な貨幣で1枚あたり金貨200枚の価値がある。

 一部の貴族や伝説的な冒険者など

 しか持てないこの国の憧れの貨幣である。

 まぁ、実際に使うってよりか記念品に近いな。


 ちなみに、一般的な成人男性の平均月収は約銀貨200枚。つまり、金貨2枚ってとこだ。


「黒金貨2枚か……この屋敷買えちゃうな」


 まぁ、屋敷を買ったとしても維持費を考えたら黒金貨2枚じゃ心細いけど。


「ヒリスは報酬全てお前に渡そうとしてたけど、さすがに断ったよ。ヒリスも頑張ったからな」


「当然です。倒したのは俺でも、ヒリスが居てこそだったので」


 ちなみに、世間にはヒリスがディルナーデを討伐しザドラを防衛したということになっている。

 これはルーピンの発案だが、スキル無しで知れ渡っている俺が討伐したと言っても誰も信じないし、余計な混乱を招くという判断だ。

 これには俺も承諾している。というか寧ろありがたい。あまり目立ちたくないし。


「ヒリスのご機嫌取りも大変ですよ」


「ははっ、そうだろうな。ヒリスは自分だけの手柄になってしまったことに1番怒っていたからな」


 これが俺の為になるって説明したところ、不平不満をぶつくさ言いながらも承諾してくれた。


「お前をここに呼んだのは、これを渡したかったからだ」


 ルーピンは一際目立つショーケースの中から紺色の巾着と黒色の外套を取り出した。


「これは?」


「この紺色の巾着は【マナ巾着】と呼ばれていてな"所持者のマナの総量に応じて収納空間が拡張される"代物だ。マナの総量が多いエドにうってつけだ」


 マナの総量がSの俺が使えば、大体の物は入っちゃうな……。すごい代物だ。


「この外套は?」


「これは"装着者が快適な体感温度に調整してくれる"スキルアイテムだ。防御性能も高い上に"防汚"のスキルが付与されているから汚れることもない」


 これまたすごい代物だ。


「ほら」


「え?」


「え?じゃないだろ。まさか俺が見せびらかす為にお前をここに呼んだとでも思ったのか?」


 ルーピンならやりかねないが……。


「改めて……。エド、この街を、領民を守ってくれて本当に感謝している。これはお前の父親ではなく、『ルビウス領の領主』としての言葉だ」


 そう言ってルーピンは片膝を付き、頭を下げた。


「そんな、やめてくださいよ父様。俺は運が良かっただけですから」


「謙遜するな。運も実力のうちだ」


 押し付けるように2つのスキルアイテムを俺に渡した。


「受け取ってくれるな?」


「はい。ありがとうございます」


 ルーピンはニコッと笑い踵を返す。


「進路は決めたか?」


「はい。ルーカディアアカデミーに入学します」


「そうか、わかった。手続きをしておこう。貴族推薦は……」


「いえ、一般と同じく入学試験から全て受けます」


「なんでだ?」


「貴族推薦だと冒険者になれないので」


 俺の言葉にルーピンは驚いたように笑う。


「そうかそうか!まぁ、力をつけたいならそれがいいだろう!アルフィも同じ道を辿っているから困ったことがあればアルフィに相談するといい」


「アル姉さんは今どこに?」


「……わからん」


「え?」


「あいつ一年に一回しか連絡よこさないからどこにいるのかわからないんだよなぁ。まぁ、俺より強いし死んでは無いと思うが」


「そうですか」


 俺とルーピンは金庫を歩く。


「アカデミーの入学式は1ヶ月後だ。やる事はやっておけよ」


「はい」


 俺は長年世話になった折れてしまったミスリルの剣を金庫の武具棚に立て掛けた。

 捨てても良いとルーピンに言われたが、この剣だけは捨てられないな。


「エドー、閉めるぞー、早く出ろー」


「はい!!」


 ルーピンに急かされ金庫を出るが、金貨を少しばかりくすねたことは黙っておこう。


 そして、あっという間に1ヶ月の月日が経った。


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