【第七十話】リア・フローレスの献身
私たちが結婚してから1ヶ月経った夜。
ウィリアム様に誘い出されて、私は月の光が降り注ぐ海岸を歩いていた。
よせてはかえす波の音が静かな海岸に響く。
私たちは立ち止まり、海にうつる月の道を見つめる。
その時、徐にウィリアム様が口を開いた。
「…今度選出されるソフィア王女殿下の護衛騎士は、女性も候補に上がっているみたいだ」
その言葉に、私は目を瞬かせる。
各所から女性騎士の導入を考えてはどうかという声が上がり始めたのは、つい最近のことだ。
今まで男性しかなれなかった騎士という職業。
当然、王族や貴族の女性の護衛も男性が担当していたが、男性騎士では護衛対象の女性のプライベートルームへ立ち入る事が出来ないという問題を抱えていた。
しかし女性の私が騎士団長として認められるという前例が出来てから、女性騎士を求める声が大きくなっていっている。
「世界は変わってきている。勿論、この僕も」
ウィリアム様は海を眺める。
月明かりが彼の艶やかな髪を照らし出した。
「君と出会ってから僕は変わった。愛する喜びを知り、そして愛される嬉しさを知った」
彼は私の方を向く。
彼の瞳に光がさざめいた。
「君を失いそうになって、君のいない生涯はなんて空虚なのだろうかと戦慄したよ。僕はもう、君のいない人生なんて考えられない。君の生きる理由が僕だと言うのなら、僕にとっての君は人生における幸いそのものだ」
彼は私の顎をその手でゆっくりと持ち上げ、私の顔を彼の方へと向ける。
「リア」
ウィリアム様のその声が、その仕草が、その眼差しが…あまりに優しくて。
私は彼への愛おしさが込み上げるのを感じながら彼の頬に手を添えた。
ウィリアム様はもう片方の手で私の腰を抱き寄せる。
「愛している」
彼はそう囁くと、私の瞳を見つめる。
「私も貴方のことを愛しています。ずっと」
私も彼を見つめ返す。
まるでそうある事が自然かのように、私たちの唇は重なった。
空に浮かぶ月だけが私たちを見ている。
海へうつる月の光が、私たちを祝福するように煌めいた。
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「と、まぁ。騎士リア・フローレスの話はこれでおしまいだ。
…え?その後の2人の話を知りたいって?
おれは、しがない旅語り。
あちこちの国へ渡り歩いているからそれ以降の2人の事は知らない。でも、そうさなぁ…。
公爵のウィリアム・ムーアはその後、貧困問題を解決するために教育に力を入れる政策を展開した。金銭のかからない教育機関を開設することで民たちの将来の選択肢を増やし、貧困問題改善の一歩としたそうだ。
そしてそんな彼の配下には、彼へ献身を捧げる1人の騎士の姿があった。そう、騎士のリアだよ。彼女は時に数多の武勲を挙げる武人として、そして時に公爵ウィリアム・ムーアの最愛として、幸せに暮らしているそうだ。きっとこれからも…彼らは幸せであり続けるのだろうよ」
【おわり】
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重ねまして、この物語にお付き合い頂き誠にありがとうございました。




