【第六十八話】3つの報告
「あー…何というか、その…すまない…」
フィンレー王太子が決まり悪げに佇む中、王太子の隣にいたシャーロットは溜息をついた。
「フィンレー、だから扉の前で声をかけてから入ろうって言ったじゃない」
「いや俺だって中でこんなイチャイチャ…ごほん、熱烈な感じになっているなんて思わなかったんだよ‼︎」
王太子とシャーロットは小声で囁き合う。
こちらには聞こえていないと思っているようだが、丸聞こえだ。
私は自分の顔が羞恥で熱くなっていくのが分かった。
「んっ、んん。…フィン、シャーロット嬢」
ウィリアム様が咳払いをして2人に呼びかけると、王太子とシャーロットはピャッと飛び上がる。
「な、何だウィル‼︎」
「ウィリアム、何かしら⁉︎」
仲良く同時に振り返った2人にウィリアム様は苦笑した。
「何、というか…用があるのは君たちの方じゃないの?」
ウィリアム様がそう言えば、フィンレー王太子はハッとしたような顔をする。
「そうだ、俺はウィルとそこの護衛騎士に伝えたいことがあるんだった。…今でも大丈夫か?」
上目遣いでこちらを伺うフィンレー王太子。
『今でも大丈夫か』というその言葉に、私は先程の状況が思い出され更なる羞恥心に一層顔が熱くなる。
ウィリアム様はそんな私を一瞥し、こちらへ向かって微笑む。
そして私のこめかみに口付けを落とすと、シャーロットとフィンレー王太子へ向き直った。
「うん、聞かせてもらおうかな」
それを見たシャーロットは
「わぉ、すっかりアツアツね…」
と呟くと、私たちへと口を開いた。
「まず報告1つ目。反王族派の処遇が決定したわ」
シャーロットの言葉にウィリアム様は表情を張り詰めさせる。
「…それで、処遇は?」
「叛逆を企てマルティネス王家に取って代わろうとした貴族たちは一門取り潰しの後に無期限の投獄、それに加担してフィンレーとウィリアムを襲った武人たちは更生を願って懲役刑よ。全員捕まえるのは本当に骨が折れたわ」
シャーロットが肩を竦める。
そんなシャーロットをフィンレー王太子が讃えた。
「今回の反王族派の叛逆は、シャーロットの力が無ければ解決しなかった。本当に感謝している」
「よしてよフィンレー、あたしが決定打を打てたのもフィンレーの根回しがあったからだわ」
そう言って彼らは照れたように顔を見合わせる。
暫く2人は見つめあっていたが、やがて王太子が我に返ったようにウィリアム様の方を向いた。
「まぁ、それはさておき…報告2つ目だ‼︎国の学者たちより、今後数百年は魔獣の大量発生は無いだろうという見解が発表された‼︎」
フィンレー王太子が嬉しげに告げる。
それを聞いてウィリアム様は喜びの声を上げた。
「それは素晴らしいね‼︎国の民たちも喜ぶ」
フィンレー王太子は胸を張る。
「ふふん、ウィルと俺があんな目に合ってまで役目をやり遂げたんだ。それくらいは平和を保ってもらわないとな」
得意げにしていたフィンレー王太子だったが、不意に顔を引き締めた。
「まぁ、裏を返せば数百年後また魔獣が大量発生する可能性が示唆されたという事でもある。国としては今回の事例の詳細を書物に記し、代々伝えていく所存だ」
それを聞いてウィリアム様は頷く。
「次世代に繋いでいく事は大切だね。次なる厄災が大きな事態にならないよう祈ろう」
神妙な空気が部屋を包む。
その空気をシャーロットの明るい声が破った。
「最後に報告3つ目‼︎これはフィンレーが言った方がいいわね」
シャーロットがフィンレー王太子に目配せする。
王太子はシャーロットと目を見合わせてにやりと笑う。
そして王太子は1枚の紙を取り出した。
「ああ、これは朗報だぞ‼︎…と、その前にお前たちへ聞いておきたいんだが」
フィンレー王太子はこそこそ話をするかの様に声を潜める。
「お前たち、デキているんだよな?」
「デキてっ…⁉︎」
そのあけすけな言葉に私は従者として気配を消すのも忘れて声を上げてしまう。
「ああ、僕とリアは通じ合っているよ」
しかしウィリアム様は堂々たる様子でそれを肯定した。
「実は先日リアが女性だという事が分かったんだ。僕はリアが男性でも女性でも愛しているけれど、これで大腕を振って結婚出来るよ」
ウィリアム様の答えにフィンレー王太子は何度も頷く。
「うんうん、そうだよな。同性同士で結婚するのは今の法律では出来ない。だからこそ、この…って、えええええ⁉︎女ぁ⁉︎」
王太子殿下は目を極限まで見開き口をあんぐりと開けた。
隣に立っているシャーロットも驚いたように瞠目している。
唖然としていた王太子はハッとしたかと思うと、その手に持っていた紙を背中に隠した。
「は、ははは…良かったなぁ⁉︎めでたい‼︎めでたい‼︎結婚式には呼んでくれよウィル、はっはっはっ‼︎」
どこか白々しいその笑顔にウィリアム様が怪訝な顔をする。
ウィリアム様は私から離れフィンレー王太子に近づいていった。
「フィン、その背中に隠したものは何?」
そう尋ねられた王太子は顔を引き攣らせる。
「はっはっはっ、何のことだ⁉︎全くもって言っている意味が分からんぞ‼︎」
少しずつ近寄るウィリアム様、じりじりと後退る王太子。
彼らは暫く攻防を繰り返していたが、最終的にはウィリアム様がフィンレー王太子が持っている書類を奪還した。
ウィリアム様はその書類に目を通す。
「同性同士における婚姻を認める法律の制定について…?」
そう呟いたウィリアム様は勢いよくフィンレー王太子を見遣る。
王太子は黙り込んでいたが、やがて降参とでもいうように頭の脇に両手を上げた。
「…以前から度々王宮の議題には上がっていたんだ。何もお前たちのためって訳じゃない」
そう言って彼はそっぽを向く。
「そんなこと言って、『頭のかたい連中を相手取るのは苦労した』ってこぼしていたくせに」
シャーロットがぼそりと呟くと、フィンレー王太子はあわあわと慌て出す。
「シャーロット‼︎そんな事、今言わなくて良いだろ‼︎」
「だって本当のことじゃない。あたしも意見書作成に一枚噛んだ訳だし、言う権利はあるわ」
「それにしたって、この状況でバラしたら格好がつかないじゃないか‼︎」
がやがやと騒がしく言い合いを始めたシャーロットと王太子だったが、ウィリアム様が2人の肩を掴んだ事で彼らは驚いたようにウィリアム様を見つめた。
「君たちは…本当に…」
ウィリアム様は彼らの肩を掴んだまま顔を俯かせる。
そして徐に顔を上げると、その顔を感極まったように歪ませた。
「フィン、シャーロット嬢…ありがとう。僕は、君たちのその気持ちが嬉しい」
ウィリアム様のその言葉に彼らは沈黙する。
やがてフィンレー王太子がウィリアム様の頭を抱き寄せた。
「ウィル…幸せになれよ」
囁くように紡がれたフィンレー王太子の言葉。
「絶対によ」
シャーロットの静かな声が祈りのように空間へ溶ける。
「ああ」
ウィリアム様はその言葉に強く頷いた。
「大丈夫。僕はもうこれ以上ない程に幸せだ」
そう言って彼らの肩を引き寄せると、ウィリアム様は私へ振り向き微笑んだ。




