【第六十七話】誤解の解消
「ウィリアム様…」
今言われたばかりの言葉が信じられない。
「私は醜く利己的な心を持った人間なのです。そんな私でも良いと仰るのですか…?」
私がそう問いかければ、ウィリアム様は一層柔らかく微笑んだ。
「僕は君の事をそんな醜く利己的な人間だとは思えないけれど、仮に君が利己主義ゆえに僕を求めるというなら、僕にとってそれは願ったり叶ったりだよ」
それを聞いて私は涙で言葉を詰まらせる。
もう彼に全てを委ねてしまいたいとそう思ったが、私にはどうしても引っかかっている事があった。
「それに、私は男性ではないのに…?」
「…うん?」
私が更なる疑問をぶつけるとウィリアム様は怪訝そうな顔をする。
「ウィリアム様が恋情を抱いたのは、"男性"のリア・フローレスでしょう?」
ウィリアム様は目を見張る。
彼は考え込むような表情をした後、再び私の方へ顔を向けた。
「確かに、今まで僕の前にいたのは男性のリア・フローレスだ」
その言葉を聞いて私の心は凍りつく。
しかし、ウィリアム様は尚もまっすぐに私を見つめて言葉を重ねた。
「しかし、僕にとって君の性別はさしたる問題じゃないんだ。男性でも女性でも、君は君なのだから」
そう言って、ウィリアム様は真剣な眼差しで私を見詰める。
「君の事を愛している。どうか肯定の返事をして欲しい」
昔、考えた事があった。『もし女であると告白した瞬間にウィリアム様のその瞳から恋情が消えてしまったら?』
優しいウィリアム様の事だ。
よく言ってくれたね、と私の事を労り変わらぬ態度で接してくれるだろう。
でも、その瞳に愛はない。今まで向けてくれていた焦がれんばかりの愛おしさは消え去り、ただ義務感だけで私の相手をする。
私はきっとそれに耐えられない。
…そう、考えていた。
しかし、私の性別を知った筈のウィリアム様の瞳には、私に対する変わらぬ愛が揺らめいている。
「私は…」
ウィリアム様に望まれているのは、男性である"ボク"なのだと思っていた。
私は、自分の利己のためにウィリアム様の幸せを願い、挙句に性別を偽ったどうしようもない人間だ。
それでも、許されるなら。
ウィリアム様の側にいる事を許されるのであれば。
「私はッ…貴方と一緒にいたい…‼︎」
そう言った途端、私の目からは新たな涙が零れ落ちた。
「リア…‼︎」
彼は私の名を呼び私を抱きしめる。
ウィリアム様の腕の中で、私は彼の身体に額を寄せた。ウィリアム様の温かさが私に伝わってくる。
ウィリアム様が私の頬に口付ける。
私の耳に、頸に、額に。
優しい口付けが私に降り注ぐ。
「リア…」
ウィリアム様の声に顔を上げる。
彼の熱っぽい眼差しが私の唇を捉えるのを見て、私は戸惑いながら彼を受け入れるべく瞼を閉じた。
その時、勢いよく扉を開ける音が響いた。
私はウィリアム様から咄嗟に距離を取る。
「ウィルー‼︎医師から聞いたぞ、護衛騎士の意識が回復したんだってな‼︎……おお?」
私とウィリアム様は扉の方を向く。
「もしかして、お邪魔だったか…?」
私たちの視線を受けて、フィンレー王太子は気まずげに頭を掻いた。




