【第六十六話】醜い心
「私は…未来を知っていました」
何と言ってよいのか分からず迷った末に、私はそう語り始めた。
「全てを知っていた訳ではありません。それでも、私は未来の一部を知っていました。しかしそれは私にとって到底受け入れられる未来ではありませんでした」
一人称が"ボク"から"私"に移り変わっている事すら気付かないまま、私は話し続ける。
「未来を変える為に私は性別を偽り、騎士団に入団しました。それ以外に方法が思いつかなかったのです。そして私はウィリアム様の護衛騎士になりました」
そこまで話して黙り込む。
(なんてお粗末な説明なんだ)
そう思ったが、これ以上重ねる言葉が思いつかなかった。
(ウィリアム様本人に『貴方は死ぬ運命だったのだ』なんて言える訳がない)
私の話に対して静かに耳を傾けていたウィリアム様は、私が沈黙したのを見て口を開く。
「その未来は…例えば、僕が害されるような未来?」
その言葉に私は驚いて彼を見遣る。
「どうして…」
どうして、分かったのか。
そう言わんばかりに瞠目した私へ視線を向けながら、ウィリアム様は目を細めた。
「未来を変える為に僕の護衛騎士になったと聞いて、1番に考えられる可能性はそれかなと思ったんだ。それに初めて会った時から君は僕を守る事しか考えていなかった」
ウィリアム様のその言葉に、私はおそるおそる問い掛ける。
「未来が分かっていただなんて荒唐無稽な話を信じて下さるのですか?」
私がそう言うとウィリアム様は首を傾げた。
「君が嘘を言う理由が思いつかない。シャーロットのように動物と会話できる人間がいるのだから、未来の一部が分かる人間がいるのも何らおかしくないだろう」
それを聞いて私は目を瞬かせる。
こんなに呆気なく話を信じてもらえるなんて考えていなかった。
あまりにとんとん拍子に進む状況に、ウィリアム様が生きて目の前にいるという事も今のこの状況も自分の都合の良い夢なのではないかと思えてくる。
ウィリアム様はそんな私の両手を取って、彼の胸部へ当てた。
「自分の人生をかけて誰かを救おうとする。そんなひたむきな人を僕は君以外に知らない」
私の指先に一定の律動が伝わってくる。
彼の心臓は確かに鼓動していた。
(生きている)
その躍動が、彼が生きていることは現実なのだと私に伝えている。
(ウィリアム様は生きている)
それが夢ではない事が実感されるにつれ、私の胸の内には様々な思いが込み上げてきた。
「君は、ずっと頑張ってくれていたんだね」
獣の唸り声のような嗚咽が私の口の端から漏れ出る。
喜びの涙が込み上げる一方で、自身の心の醜さが私の眼前にさらけ出されるようだった。
涙が次から次へと溢れて止まらない。
(違う…そんな綺麗な形容をされるような感情で私は動いていた訳じゃない…私は…)
子どものように泣きじゃくる私の手を、ウィリアム様が優しく包んだ。
「ありがとう、リア」
(違う…‼︎)
ウィリアム様からの感謝の言葉を聞いた途端、私の醜い心にその言葉が突き刺さった。
「ッ、私は‼︎」
激情に駆られた私の叫び声が喉から飛び出し、部屋に響き渡る。
「そんな風に貴方から感謝されていいような美しい人間ではありません‼︎私を形作っているのは醜い利己主義で…‼︎」
(だって、貴方が生きていると実感した時に込み上げてきたのは、貴方の死を回避した事によって私の心は守られたのだという安堵だった。いつだって私の行動はエゴに塗れていた。私がウィリアム様を守ろうとしているのはウィリアム様の為ではない。私自身の心の為だ)
「私は私自身の為に…私の生きる理由である貴方を失わないでいたいが為に、貴方に生きてほしかっただけなのです‼︎」
悲鳴のような吐露。
私の吐露を聞いてウィリアム様の手の力が強まった。
「…それを聞いて、安心した」
ウィリアム様が私に向かって微笑む。
「君の生きる理由が僕で良かった。僕が生きる限り君が生き続ける理由になれるなんて、どんなに嬉しい事だろう」
私の目からは、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。
そんな私の涙を彼は掬った。
「僕の幸せは君がいないと成り立たないんだ。君のその思いが醜いと言うのなら、僕のこの想いはきっと世界で一番醜いよ」
ウィリアム様の視線はまっすぐに私の瞳を捉える。
「君とずっと一緒にいたい。リア、僕と生涯を共にしてくれないか」
彼の言葉に私は息を呑んだ。




