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【第六十三話】夕陽(ウィリアム視点)



「公爵閣下、王太子殿下と学園時代の御学友がいらしております」


リアが眠る寝台の横に座っていた僕は、部屋の入り口から掛けられた使用人の声を聞きそちらへと顔を向けた。


「通してくれ」


僕の指示を聞いた使用人は一礼して踵を返す。

程なくして部屋の外の廊下から足音が聞こえてきた。


「ウィル‼︎」


部屋に飛び込んできた僕の友人はその勢いのまま僕に抱きつく。


「あんな戦いの中、自分だけ残りやがって‼︎お前は…‼︎」


フィンの湿った声を聞きながら、僕は彼の頭を撫でた。


「フィン、おかえり。フィンが見事『魔獣の核』を破壊した事を早馬で聞いたよ。よくやり遂げたね」


僕の背中を掴んでいるフィンの手に力がこもる。

その時、先程のフィンのものよりも幾分か軽い足音が部屋に近づいてきた。


「もうフィンレー、あたしを置いていかないでちょうだい。フィンレーと違ってあたしはこの屋敷の構造を理解していないんだから…」


そう言いながら姿を現した女性は、僕の姿を視界に収めるとその灰色の瞳を柔らかく緩ませる。


「ウィリアム、久しぶりね。改めてその姿を見てほっとしたわ」


僕はフィンの背中をさすりながらシャーロット嬢の言葉に頷いた。


















ずびずびと鼻を啜りながらもフィンが落ち着き、彼らが椅子に腰掛けた後。

シャーロット嬢が口火を切った。


「…分かってはいたけれど、大丈夫じゃなさそうね」


シャーロット嬢の気遣わしげな視線を受けて、僕は曖昧に笑う。

心配そうにこちらを見つめるフィンが口を開いた。


「なぁ、ちゃんと栄養は摂っているか?身体がもたないぞ」


「ちゃんと食事は摂っているよ、大丈夫。それより、フィンはここに居ていいの?君には凱旋パレードをする責務があるだろう?」


そう問い掛ければ、フィンは姿勢を正すように僕へ向き直った。


「ああ、確かに民たちは凱旋パレードを望んでいる。しかしそれより先に俺たちはやらなければならない事がある」


その物言いに僕はピンとくる。


「太古の森で襲撃してきた軍勢の所属を明らかにし、対処しなければならない…そういう事かな?」


僕がそう言うと、フィンとシャーロット嬢は首肯した。


「今、国はお祭り騒ぎよ。災害とも言える魔獣たちを王太子であるフィンレーが消し去ったと聞いて、喜びに満ち溢れているわ。でも、この国には今回フィンレーやウィリアムを襲撃した犯人…反王族派が潜んでいる」


シャーロット嬢が声を潜める。


「フィンレーは国の暗部を使って、あたしは動物たちと協力しながら、反王族派の特定を進めているわ。しかし、それでも情報が足りない。ウィリアムは太古の森で反王族派の軍と直接相見えている。その時の情報をあたしたちに教えて欲しいの」


その言葉に僕は頷いた。


「分かった。僕が知っている限りのことを話そう」


















僕が概要を話し終える頃には、部屋の窓から夕陽が差し込む時刻になっていた。


「大体の事が分かった。ありがとう、ウィル」


「役に立ちそうな情報はあった?」


僕が尋ねるとフィンは唸る。


「ああ。調査した事柄とウィルの証言を繋ぎ合わせると、だいぶ外殻が鮮明になってきているような感覚がある。しかし、あと一押し何か…」


その時、シャーロット嬢がフィンの肩を軽く叩いた。


「フィンレー。あたしたち、そろそろお暇した方が良さそうよ」


その言葉にフィンは目を瞬かせる。

シャーロット嬢はそんなフィンを尻目に僕を見遣った。


「ウィリアム、顔色が悪いわ。ごめんなさい、話をする過程でつらい事をたくさん思い出させてしまったわね」


シャーロット嬢がそう言うと、フィンは目を見開いた。


「すまない、気付かなかった。俺たちはもう帰るよ」


フィンとシャーロット嬢が立ち上がる。


「ウィル、今日はもう休んだらどうだ?本当に酷い顔色だぞ」


フィンの言葉に僕は微笑みを返した。

そして首を横に振る。


「ありがとう。でも、リアの横にいないと気が休まらないんだ。僕が離れている間に何かあったらと思うと、怖くて」


「そうか…」


フィンは唇を噛み締める。

そして彼らは別れの言葉を告げ、部屋から出て行った。


















夕陽が差す部屋で僕はリアと2人きりになる。


リアの友人だと名乗ったライリーという青年が隣国へ向かいキヌ草を探しているが、僕は彼の事をよく知らない。

僕が一緒に行った所で薬草調達の足手まといにしかならない事は分かっていた。

だから同行する事なくライリーという青年を見送ったが、見ず知らずの人間に頼りリアの為に何も出来ない自分が歯痒かった。


「リア、夕陽が赤いよ。まるで君が騎士の誓いを立ててくれた時のようだね」


僕がそう呟いても、寝台に横たわったリアは微動だにしない。その森の湖畔のような深緑色をした瞳は、瞼に覆い隠されたままだ。

僕はリアの頬に手を添える。


「君に聞きたい事がたくさんある。何故君は性別を偽っていたの?一体いつから?その理由は?それに、僕の身体がまだ弱い時分にどうしてあんなに強く僕の護衛騎士になる事を君が望んだのか、僕はまだ分からないでいるんだ」


その頬を掌で伝う。


「ねぇ目を開けてよ、リア」


僕のその囁きは誰も応える者がいないまま、夕陽に照らされた部屋の空気に消えていった。




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