【第六十話】戦闘
敵の剣戟を槍の柄で受け止め、後ろから迫ってきた相手を振り向きざまに切り捨てる。
上体を前に倒しながら踏み込み、迫ってきた輩の刃をかわして石突を思い切り輩の腹に叩き込んだ。
(…ッ、数が多い。しかし…)
新たに斬りかかってきた敵に対し槍の鎬で斬りつけながら後ろへ飛び退る。
(我が騎士団が勝てない敵ではない…‼︎)
「リア、上だ‼︎」
ウィリアム様の声に重心を右へずらす。
私の頭蓋を狙って上から一直線に降ってきた敵を避け横から蹴り飛ばすと、吹っ飛んでいった敵を見届ける事もなく跳躍しウィリアム様の側に着地した。
「ウィリアム様、お怪我は」
「お陰様で無傷だよ。…総員、陣形を崩すな‼︎見たところ敵もさして森での戦闘に慣れているわけではない。陣から逸れて袋叩きに遭わないよう注意するんだ‼︎」
ウィリアム様からの指示にムーア公爵家の騎士たちが呼応する。
「我らが公爵閣下より直々に指示を頂いているからには負ける事は許されぬぞ‼︎皆の者、気を引き締めろ‼︎」
そんな怒号と共に筋骨隆々とした男、治安維持部隊のモーリス騎士団長が最前線へ躍り出た。
「さて…この老骨、レオ・モーリスの相手をする者はあるか‼︎」
そう吼えながら次々と敵を切り倒していく。震え上がった敵の刃が鈍った。
その様子を見て敵方の首魁が叫び声を上げる。
「ええい、怖気付くな‼︎大将の首さえ取ればよいのだ‼︎ムーア公爵の首を狙え‼︎」
首魁の指示を聞いた敵の軍勢は方向を変えると、どっとウィリアム様に向かってきた。
(舐められたものだ。ウィリアム様に触れ、あまつさえ刃で切りつける事が出来る気でいるなんて)
私は身の程知らずにもこちらへ向かってきた輩の身体を袈裟がけに斬りつける。そして続け様に槍の柄で2人程張り飛ばした。
片脚を軸に回転し、ウィリアム様の近くに迫ってきた者たちに斬撃を浴びせる。
「ひゃー…フローレス騎士団長、目がおっかねぇや…。公爵サマを標的にされた事がよっぽど腹に据えかねたんすねぇ…くわばら、くわばら」
「何か言ったかな、ジョンソン」
「ひえっ⁉︎何でもないっすよフローレス騎士団長‼︎」
ジョンソンがぴゃっと背筋を伸ばし私に向かって敬礼する。
それを見た敵方の兵がジョンソンに剣を向けた。
「おい、あいつ弱そうだぞ‼︎」
「そうだな、各個撃破だ‼︎まずはこいつから血祭りにあげてやる‼︎」
そう言いながら襲いかかってくる敵を見て、ジョンソンは溜息をついた。
「はぁ〜、『あいつ』だの『こいつ』だのって…」
ジョンソンの目が光る。
「おれには、ダニエル・ジョンソンって名前があるんすよ‼︎」
彼が斬撃と共に駆け抜けるや否や、ジョンソンに襲いかかっていた敵は一同に倒れ込んだ。
私は辺りを見渡す。
騎士たちの団結は凄まじく、全方位においてムーア公爵家騎士団は敵を圧倒していた。
「ひぃぃ⁉︎こいつら、強すぎる‼︎」
「勝てるわけねぇ‼︎」
そう叫びながら逃げていく敵兵が出始めると、それを皮切りにして次々に逃走していく。
もはや敵は陣形を保っていられず森の間を三々五々に駆け出していった。
「何をしておる、貴様ら戦え‼︎向かっていくのだ‼︎」
指示も無視して森の奥へ消えていく兵たちを見て、首魁は苦々しげに舌打ちをする。
「チッ…。まぁ、よい」
首魁が意味深な笑みを浮かべる。
「最後には我らが勝つのだ」
そう言い残して、自らも撤退していった。
「公爵閣下、追いますかな?」
モーリス騎士団長がウィリアム様にそう尋ねるとウィリアム様は首を横に振る。
「深追いはしない。追っていって万が一この森で遭難してしまったら命が危ない。それに僕たちの目的はフィンを敵方から防衛する事だ。もうその目的は十分果たした。…深追いするよりも、怪我をした騎士たちの手当を優先したい」
ウィリアム様はそう言うと、騎士たちに治療の指示を出し始めた。
敵は撤退し、目の前には生きてその足で地に立つウィリアム様の姿がある。
(やったのか…?)
ふと身体の力が抜けた。
(私はウィリアム様を守り抜いたのか…?)
現実味がなく、ふわふわとした感覚。
そんな私の元へウィリアム様が走り寄ってくる。
「リア、君も怪我の手当をしなくては」
彼にそう言われて、私は自分の身体の各所から出血している事に気が付いた。
「こんなもの、擦り傷です」
「駄目だよリア、擦り傷だって化膿することがあるんだから軽く見てはいけない」
ウィリアム様が手巾で私の頬の傷を拭う。
ぼんやりとウィリアム様を見つめていた私の視界の端に、きらりと光るものが映った。
咄嗟にウィリアム様を押し退け身体を滑り込ませる。
鋭く風を切る音と共に腹部に熱が走り、それは瞬間的に痛みへと変わった。
「…ッ‼︎」
矢が飛んできたのだと理解するや否や、私は即座に槍を矢が飛んできた方向へ投擲する。
「ぐあッ⁉︎」
確かな手応え。
それと同時に叫び声を上げながら、私の槍が突き刺さった状態の男が木の上より落ちてきた。
それを見届けて、刺さった矢を処置しようと私が腹部を見下ろした刹那。
頭に靄を流し込まれたような混濁感が突如私を襲った。
(毒、か…)
身体から力が抜けていく。
自身の重みを支えきれず後ろへ倒れていくと、背中に柔らかいものが触れた。そのままそれに沿ってずるずると下へさがっていく。
自らの身体が地面へ横倒しになったのを最後に、私の意識は闇へ呑まれていった。




