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【第五十九話】太古の森



これからの任務の厳しさを象徴するような鈍色の空の下、フィンレー王太子殿下率いる国軍とウィリアム様が率いるムーア公爵家騎士団は太古の森へ向けて出発した。


神聖視される太古の森には明確な地図が殆ど存在せず、古文書に記された朧げな地図と羅針盤のみが旅の頼り。

茂みを掻き分けながら進み、私たちが太古の森に踏み入ってから3日目の夜が訪れようとしていた。















「おっ…?」


焚火の横に座りながら暗い木々の奥を見つめていたフィンレー王太子は突如声を上げた。

そんな王太子にウィリアム様が怪訝な表情を浮かべる。


「どうしたのフィン」


ウィリアム様がそう尋ねるとフィンレー王太子は焚き火の方を振り返った。


「いや、見たことのない生き物がいて驚いただけだ」


そう言ったきり特に言葉もなく沈黙する。焚火のはぜる音がぱちぱちと耳に届いた。

少しの後、フィンレー王太子がまた口を開く。


「何というか…この森に入ってから不気味なくらい何も起きないよな?いや、何も起きないのはいい事なんだが、奇妙な感じがして…」


それを聞いてウィリアム様は首を捻る。


「確かにそうだね。森の外では魔獣が異常発生しているのに、原因の筈のこの森はいやに静かだ。嵐の前の静けさのように、これから何か起こる予兆なのかもしれない」


「はは…何事もなくこの任務が終わればいいけどな…」


フィンレー王太子は苦笑する。

ウィリアム様は考え込むように焚火を見つめていたが、やがて立ち上がった。


「フィン、明日も早いしもう寝よう。何か起きるにしても起きないにしても睡眠はよく取っておいた方がいい」


その言葉に王太子は頷く。


「そうだな。少しでも早く『魔獣の核』に辿り着けるように体調管理には気をつけよう。おやすみウィル」


「おやすみ。…リア、僕もそろそろ寝るよ。また明日」


ウィリアム様とフィンレー王太子が天幕に消えていく。

それを見届けて私は口を開いた。


「ジョンソン」


「はっ」


私がその名を呼ぶと、ジョンソンが音もなく隣に現れる。


「明日、特に注意して警戒体制に入れと騎士団内に伝えてほしい」


「承ったっす」


些か円滑過ぎるその受け答えに私は目を瞬かせる。


「…理由は聞かないのか?」


私がそう問い掛ければジョンソンはニパッと笑った。


「フローレス騎士団長のお人柄と公爵サマへの忠誠心は騎士団全員が分かってるっす。団長の言葉というだけで信用に足るんすよ」


ジョンソンはそれだけ言うと、私の言葉を伝達するために踵を返す。

私はその背中が見えなくなるまで眺めた後、雲で覆われている黒々とした夜空を見上げた。

(明日…森に足を踏み入れてから4日目の昼に、反王族派による襲撃がある事を私だけが知っている)

どんよりとした黒い雲は月を覆い隠し、一片の光も見えない。

(しかしそれを大っぴらに皆に伝える訳にはいかない。何故そんな事を知っているのかと、内通者である疑いをかけられる恐れがあるからだ。疑いをかけられれば通る指示も通らなくなる。私に出来るのは私が鍛えた騎士たちとの信頼関係と自らの鍛錬の成果を信じる事のみ)

空を見つめながら歯を食いしばる。


(ウィリアム様を死なせはしない、絶対に)


私は暫く空を見上げていたが、焚火を消すとその場を後にした。






















4日目、昼。


行軍する騎士たちの中程の位置でウィリアム様の隣を警護していた私は、突然向けられた殺意に槍を構えた。

ぐわり、と殺意が膨れ上がる。


「ウィリアム様、来ます」


私がそう言った途端、


「王太子覚悟‼︎」


そんな掛け声と共に森の木々の後ろから一斉に鬨の声が上がる。

木々の間から次々に軍勢が湧き出てきて、こちらへ襲い掛かってきた。


「動ずるな‼︎総員、訓練の通りに迎え撃て‼︎」


動揺していた騎士たちが私のその言葉を受けて剣を解き放ち敵へ向かっていく。

ウィリアム様は瞠目していたものの、果敢に戦う騎士たちの様子を見て我に返り冷静に指示を出し始めた。


ウィリアム様はフィンレー王太子に向かって叫ぶ。


「フィン、彼らの狙いは君だ‼︎ここは僕に任せて先に行くんだ‼︎」


ウィリアム様がそう言うと、敵の出現に唖然としていたフィンレー王太子は顔を歪め、絶叫するように声を張り上げる。


「こんな…こんな戦いの最中に、お前をおいて行ける訳ないだろう‼︎」


王太子を真っ直ぐに見つめながら、ウィリアム様は彼を諭すように口を開いた。


「君は生きるべきだ。国のためにも、シャーロット嬢の為にも。君は皆んなの希望なんだ、頼む行ってくれ‼︎」


そしてウィリアム様はフィンレー王太子を守るように立ち塞がった。


「行ってくれ、フィン‼︎」


フィンレー王太子は暫く微動だにしなかったが、やがてその顔を歪めると国軍に号令を飛ばす。


「国軍よ、森の奥に進軍‼︎」


フィンレー王太子はウィリアム様を振り返る。


「謁見の間で言った『共に生きて帰ろう』という言葉、忘れるな‼︎」


そう叫ぶと王太子は国軍を従え森の奥へ駆けて行った。





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