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【第五十一話】ランタンの光



ウィリアム様の後ろを歩きながら、私は靄ついた気持ちに苛まれていた。


ウィリアム様は美丈夫だ。

一目惚れされるという事象も想定の範囲内だし、愛の告白を受ける事だって有り得るだろう。

なのに…

(心が、もやもやする)

言葉に出来ない気持ちを抱えながら私はウィリアム様を追い続けた。











人波を縫い、街を抜けて、街外れにある小高い丘の上まで来てやっと彼の歩みは止まった。

辺りは既に暗く、明かりといえば今しがた離れた出店の灯りがやや遠くに見えるばかりである。


ウィリアム様は大きく息を吐く。


「はぁー…どうなることかと思った…」


そして私を振り返ると、私の腕を持ち上げてぺたぺたと触りはじめた。


「ねぇ、怪我はない?さっき見知らぬ青年に突進されていたでしょう。リアのことだから大丈夫だとは思うけど…」


その言葉を聞いてようやく私はウィリアム様の行動が怪我の有無を確認するためのものだったと気づく。


「大丈夫ですよ、怪我はありません」


私がそう答えると彼は微笑んで


「良かった…」


と呟いた。

そして再びまじまじと私の腕を眺め始める。


「どうなされましたか?ボクの腕に何か?」


不思議に思った私が尋ねると、ウィリアム様は真面目な顔のままで口を開いた。


「いや、君の先程の流れるような動きが綺麗だったなと思って」


幽微な風が流れる中で彼はさらに言い募る。


「咄嗟にあれだけの動きをするのは並大抵の努力では成り立たないだろう」


私の顔を見つめて、ウィリアム様は柔らかく微笑んだ。


「君を構成する全ては君の努力の上で作り上げられたもの。それがどうしようもなく綺麗に感じてね」


彼がそう言葉にした時。

私の中の何かが変わった気がして、私は目を瞬かせた。

(『ウィリアム様の命を救いたい』という私の利己主義に塗れた思想から構成されたこの身体…)

貴方の意思すら関係ない勝手な思いを抱く私を。

(それすらも、貴方は美しいと言って下さるのですね)


私の行動はエゴに塗れている。

私がウィリアム様を守ろうとしているのはウィリアム様の為ではない。私自身の為だ。

大切なウィリアム様が幸せであれば私の心の安寧は保たれる。


自分の為に彼を守ろうという、一方的なエゴ。醜い心。


それでも。その言葉に私の存在を肯定されたような…6歳で前世を思い出してから積み重なってきた私のエゴが報われたような、そんな気がした。




その時。


「リア、見て。ランタンが空に」


私の後ろへ視線を送った彼の呟きに私は振り返る。

群青色の空には暖かい色のランタンが無数に浮かび上がっていた。ランタンはゆっくりと空へ登っていく。

(美しい。ウィリアム様と見る景色はこんなにも…)

何故か涙が出そうになって、私は再び目を瞬かせる。

(これからも、貴方を近くでお守りしていけたなら)

私がウィリアム様と迎える未来を願った時。

(…?)

何かが頭の片隅に引っ掛ったような気がしたが、


「これは壮観だね」


「そうですね、ウィリアム様」


それが何なのか掴む前にそれは頭の奥に隠れてしまった。



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