【第五十話】祭り
「最近は学園内の空気がどこか落ち着きませんね」
植物が茂り、緑が濃くなってきた時分。
そわそわする学生たちを木陰から眺めつつ私がそう言うと、ウィリアム様は事もなげに口を開いた。
「7年に1度の祭りの日が近づいているからね」
「祭り…?」
私は不思議に思って聞き返す。
「王都での伝統的なお祭りだよ。その昔、愛し合っていた身分違いの2人が7年もの間、毎日空にランタンを飛ばし互いの愛を確認し続けた。その2人の健気さに胸を打たれた愛の神の加護で2人は添い遂げる事ができたという伝承があるんだ」
彼は開いていた本を閉じ、私の方へと向き直った。
「その2人こそ2代目国王と王妃だと言われている。それ以来、王都では7年おきに空へランタンを飛ばす風習が残っているんだよ」
「なるほど…。寡聞にして知りませんでした」
私が感心しながらそう言うと、彼は首を横に振った。
「知らなくても無理はない。7年に1度しか開催されない祭りだから王都の民くらいしか知らないよ。ある人々を除いてはね」
「ある人々?」
意味ありげな言葉に首を傾げるとウィリアム様は微笑みを浮かべた。
「誰かを想っている者や恋人たちのことさ。この祭りは想いを伝え合う場として恰好の機会なんだ。無論、僕も君をどう祭りに誘おうか苦悩している所だよ。…ねぇ、一緒に行ってくれる?」
歌劇場へ2人で出かけて以降、ウィリアム様は度々こうして私をどこかへと誘う。
その微笑みの前に抵抗などあまりに無意味。
従者としての私に断るという選択肢はなく、私はウィリアム様の問い掛けに頷いていた。
(本当か?本当に、従者だからという理由だけなのか?)
心の奥底から湧き上がってきたその内なる声は、私の理性によってもう一度奥へと仕舞い込まれた。
煌びやかな灯り、賑やかな出店、逢引きする恋人たち。
…何だか自分が場違いな気がして肩身が狭い。
祭りの浮ついた空気の中、居心地の悪い気持ちでいるとウィリアム様が気遣うように私の顔を覗き込んだ。
「リア、人酔いしてしまったかな?何処かで休む?」
眉を下げるウィリアム様の誤解を解くべく急いで言葉を紡ぐ。
「いえ大丈夫です。何というか、空気に当てられてしまって…」
「ああ…この祭りでは『愛』こそが尊ばれるから、人目を憚らず睦み合う人が多いものね…。誘ったのは自分ではあるけど、正直僕も気が引ける感じがするよ…」
店の陰で熱烈に接吻し合う男女から目を逸らしつつウィリアム様が苦笑する。
そんな時、
「あ、あの‼︎」
女性の声が私たちを呼び止めた。
振り返ると、そこには可愛らしい出立ちのうら若い娘が立っていた。
頬を染めながらその目は真っ直ぐにウィリアム様を見つめている。
「うん?僕たちに何か用かな?」
ウィリアム様がそう尋ねると、その女性はもじもじと恥じらう。
「あの…ひ、一目惚れしました‼︎恋人になって下さい‼︎」
耳がキンとするほどの大声。
周りが静まり返り、一気に沸きたった。
「ひゅー‼︎ねぇちゃん、やるねぇ‼︎」
「よっ、色男‼︎良い返事をしてやらないと男が廃るぜ‼︎」
「新しい恋人たちに祝福あれ‼︎」
様々な野次が飛び交い、娘がさらに頬を染める。
面食らって言葉に詰まっていたウィリアム様が困ったように口を開きかけたその瞬間。
「ジェシカ‼︎」
1人の青年が娘めがけて飛び込んできた。
「何やっているんだ、はぐれるなよ‼︎行くぞ‼︎」
そう言って彼女の手を引いて行こうとする。
そんな青年を周りの人々が止めた。
「まぁまぁ。そんな無粋な事するなよ、にぃさん。その娘さんは今そこにいる色男に一世一代の告白をした所なんだからさ‼︎」
それを聞いた青年はぽかんと口を開けた後、娘の方を振り向いた。
「…嘘だよな?」
娘は真っ赤に染まった頬を手で押さえ、
「本当よ、カーター」
と顔を俯かせる。
青年は呆然としたように放心していたが、急に目つきを鋭くするとウィリアム様を睨みつけた。
「認めない…おれは認めないからな…」
ぶつぶつと青年は呟く。
そして唐突にウィリアム様に指を突きつけ、
「ジェシカと結ばれるのはこのおれだ‼オマエに決闘を申し込む‼︎」
と叫んだ。
またしても静まり返る周辺。
そして、
「うおおー‼︎横恋慕だー‼︎」
「面白くなってきやがった‼︎」
「色男に銅貨3枚賭けるぜ‼︎」
「こっちは乱入してきたにいちゃんに銅貨5枚だ‼︎」
とさっき以上に盛り上がり、無責任な野次が降り注いだ。
ウィリアム様は自分を置き去りにしてどんどん白熱していく周囲に唖然としていたが、ハッと自身を取り戻すと慌てたように言葉を発しようとした。
「待ってくれ、申し訳ないが僕はそこの女性の気持ちに応える気は…」
そうウィリアム様が言いかけるのも束の間、
「うおおおお‼︎ジェシカは渡さねぇー‼︎」
ウィリアム様の言葉など耳に入っていない青年は腕を振りかぶりながらウィリアム様に突進してくる。
私は素早くウィリアム様の前に立ち塞がると青年の拳をいなし、その腕を捻り上げた。
「痛いッ⁉︎いたっ、いたたたた‼︎」
青年がバタバタと暴れる。
「ウィリアム様」
私がウィリアム様にそう声をかけると彼は頷いた。
ウィリアム様は娘の方へ一歩踏み出す。
「僕に声をかけてくれた方。申し訳ないが、僕はその想いに応える事は出来ない」
朗々とした声で娘にそう伝える。
彼女はその瞳を揺らしたあと意気消沈したように俯いた。
私はいつの間にか大人しくなった青年の腕を放す。
ウィリアム様は踵を返し、私へと声をかける。
「リア、行こうか」
ウィリアム様の言葉に礼をもって応えると、自然と割れた人垣の間を通ってその場を去るウィリアム様を追いかけた。




