表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/70

【第四十八話】図書館の片隅



ウィリアム様が宣言をした翌日。

私はまだ動揺していたが、半日経っても特に変わった事が無いので徐々に平静さを取り戻し始めていた。

(ウィリアム様があんな事を仰るから身構えてしまったけれど、そんな急に日常が変わるような事はないよな。ただでさえウィリアム様は穏やかな方であるし…)


何事も起きず迎えた放課後。

数多の本棚が立ち並ぶ静謐な図書館の一角で、本の頁を進める音が微かに響く。

資料に向き合うウィリアム様の真剣な横顔には濡羽音色の髪が一筋伝っていた。










琥珀色の光が窓から差し込む頃、ウィリアム様は椅子の上で伸びをすると大きく息を吐く。

そして時計を確認すると私の方へ振り向いた。


「リア、長く側に控えていて疲れただろう。館内には今誰もいないから君が座っていても咎められないよ。こちらへおいで」


ウィリアム様がそう言いながら彼の隣の椅子を指し示したので、私は少し逡巡した後その席へ座る。

ウィリアム様の近くに腰を下ろすと彼が読んでいた幾つもの書物が目に飛び込んで来た。

『貧困における政治の役割』、『こどもの貧困』、『地域格差の現状』……。


「これは…ウィリアム様が研究していらっしゃる事についての資料ですね?」


私がそう言うと、ウィリアム様は頷く。


「そうだね。僕は『民たちの貧困格差の是正における政策の在り方』について研究している訳だけど、今日は特に子どもの貧困に焦点を当てて調べ物をしていた」


彼は書物のうちの一つを指でなぞる。


「世の中には不条理で理不尽な事があまりに多すぎる。不幸な事が少し重なるだけで、人はあっという間に貧困の波に呑まれ抜け出せなくなってしまう」


そこまで言葉を紡ぐと彼は私に向かって微笑みかけた。


「ふふ、リアが僕の研究の事について聞くなんて珍しいね。興味があるの?」


そう言うウィリアム様に私は首を縦に振る。


「はい。主君が目指すもののために補佐をするのも従者の役目。その為にはウィリアム様のお考えをより理解しておく必要があるかと思いまして…。ある程度のお考えは分かっているつもりですが、それだけでは足りない。お時間がある時にウィリアム様のご意向を直接伺いたいと考えていたのです」


私の言葉に彼は僅かに目を見開くと嬉しそうに笑った。


「そう言ってくれるなんて嬉しいな。そうだね、僕もリアには僕のやろうとしている事を理解して欲しいと思っていたんだ。よければ今から話しても良い?丁度資料もあるから」


私が頷くのを見て、彼が資料を手に取る。


「まず話すとしたらこの辺りからかな。まず貧困っていうものの定義だけど…」


声を潜めながらウィリアム様は私へ説明を始めた。

















「掻い摘んだけど、だいたい話としてはこんな感じかな」


ウィリアム様は持っていた資料を卓上に置くと時計を一瞥した。


「まだ話していない事もあるけど時間も遅くなってしまったし、そろそろ帰ろうか」


資料をまとめようとする彼を制止して声をかける。


「帰る前に、2番目に見せて頂いた資料をもう一度確認してもよろしいでしょうか」


「うん?いいよ、ほら」


ウィリアム様から書物を受け取り、理解しきれなかった解析の一部を読み直す。

カチ、カチ、と時計の音がやけに大きく聞こえる中で私が資料を読み耽っていると、ふと頬に柔らかいものが触れた。

小鳥が啄むように一瞬で離れていってしまったそれがウィリアム様の唇だという事を理解した瞬間、私は目を見張って彼の方を振り返った。


目を白黒させる私を悪戯が成功したような顔で見つめる彼。

私は何とか呼吸を整えると、ウィリアム様に向かって言葉を絞り出した。


「ウィリアム様は…こういった不意打ちめいた事はなさらない方だと思っていました…」


衝撃が冷めない中、心を落ち着けつつそう言う。


「ごめんね。一生懸命な君を見ていたら愛おしくなってしまって。こんな事をする僕は嫌い?」


「いえ…そんな事は…」


(その言い方は狡い。私がウィリアム様の事を嫌いだなんて思うはずがない)

私がそんな事を考えながらウィリアム様を見遣ると、ウィリアム様は微笑みを浮かべた。


「あはは、考えている事が顔に出ている。リア、君は僕の事を清廉潔白な性格だと考えている節があるけど、僕は案外狡猾で執念深い人間だよ。特に君のことに関してはね」


彼は片手で頬杖をつきながらこちらを見つめる。


「なりふり構っていられないんだ。君に想い人が出来るかもしれない可能性を知ってしまったから」


囁くようにそう言うと、彼は瑠璃色の瞳にどこか穏やかではない光を宿しながら、花が綻ぶように美しく笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 実際の性別的にはBLではないけど、片方は男だと思いながらも求愛行動を取ってるからぎりぎりグレー。 まあ、BLタグを付けるほどでもないか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ