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【第四十六話】建物の陰で



「ウィリアム様、こちらの道を通って行きませんか」


冷たい風が吹き抜ける外廊下にて、私は研究室へと向かうウィリアム様に声をかける。


「うん?」


ウィリアム様は私の方へ振り向いた。


「良いけど…急にどうしたの?」


彼の怪訝そうな様子を見つつ、私は何食わぬ顔をする。


「こちらの庭園でサンゴミズキが見頃だそうなので、是非ご覧頂けたらと思いまして」


私がそう言うとウィリアム様は私が示した方に向く。彼は遠くへ視線を送ると目を細めた。


「本当だね。ここからでも枝が赤く色付いているのが見えるよ。そうだな…君の勧めに従って、サンゴミズキを眺めながら研究室へ向かおうか」


微笑みを浮かべた彼は庭園へ歩き出す。

彼が歩みがサンゴミズキの群生に差し掛かった時。


「…あら?ウィリアム‼︎」


そんな声と共に、サンゴミズキの赤い枝の間から1人の少女がひょこりと顔を覗かせた。


「最近よく会うわね。庭園を見に来たの?」


そう言いながら近づいてきた彼女…シャーロットへ目線を合わせながらウィリアム様は目を瞬かせる。


「ああ、そうなんだ。サンゴミズキが丁度見頃だと聞いてね。研究室に行く道すがら鑑賞しようかと」


それを聞いてシャーロットは笑顔を浮かべる。


「それは嬉しいわ‼︎この辺りのサンゴミズキはあたしが手入れをしたものなの。研究の一環として肥料の調節をしているのよ。ぜひ見ていって‼︎良ければ案内しましょうか?」


彼女の明るい笑みにつられるようにウィリアム様も微笑んだ。


「研究室に行かなければならないから少しの間になってしまうけれど、シャーロット嬢が良ければ是非お願いしたいな。僕に見所を教えてくれるかい?」


2人は連れ立って庭園を歩き出す。

私は彼らから少し離れると、出来るだけ気配を消すようにして警護を続けた。











ウィリアム様とシャーロットが結ばれるよう尽力しようと決意してからというもの。

私は事あるごとにこうしてウィリアム様をシャーロットと引き合わせる努力を地道に続けていた。

この学園での2年間、ウィリアム様の周囲を観察し続けた私にとって、偶然を装いウィリアム様とシャーロットを引き合わせるのはさして難しい事ではない。


人は、好感を抱いている人物に多く会うとより好意が増すという。現にウィリアム様とシャーロットは楽しそうに語り合っている。

(こうやって少しずつウィリアム様とシャーロットの距離が縮まれば…)

そう思いながら、私は彼らを見守る。


その時、ふとウィリアム様がこちらへ視線を向けた。

何か言いたげな瑠璃色の瞳と視線が交わる。

(…?)

私がその視線の意味を考える間もなく、彼は再びサンゴミズキへと目線を戻した。























それからも私はせっせと工作を続けた。

ある時はシャーロットがいそうな場所へウィリアム様を誘導し、またある時はシャーロットの好物であるルバーブのジャムを使ったケーキを差し入れる。

そして彼らが話をしている時は邪魔をしないよう出来る限り気配を消す事を徹底した。


彼らは以前よりも一層仲良くなっていっている様子で、私の計画は順調なように思われた。























「ウィリアム様、今日は気持ちの良い日差しがありますから講堂の方を通っていくのはいかがでしょうか」


ある日の放課後に私がそう提案すると、ウィリアム様は急に黙り込んでその場に立ち止まった。


「どうなさったのですか?」


不思議に思いウィリアム様の顔を覗き込もうとした瞬間、彼は突然私の手を掴んだ。

そのまま講堂とは正反対の方向へ歩き始める。


「…⁉︎…ウィリアム様⁉︎」


いきなりの行動に驚きながら手を引かれつつ着いて行くと、彼は建物の陰の人通りが無い場所で足を止めた。







くるりとこちらを振り返ったウィリアム様の表情に息を呑む。

彼の目には紛れもない怒りの感情が滲んでいた。








ウィリアム様は静かに口を開く。


「ねぇ、この間から君がやっている"それ"、やめてくれないかな」


彼の怒りの圧に私は黙り込んだが、少し間の後に彼へ問い掛けた。


「…"それ"とは何のことでしょうか」


私の問いを聞いて彼は一層その瞳に怒りを燃え上がらせた。しかし表面上は冷静に言葉を紡ぐ。


「"それ"っていうのは、君がやたらとシャーロット嬢と僕を引き合わせようとしている行動のことだよ」


彼の答えに私は口を噤んだ。

ウィリアム様はそんな私の様子を見て言葉を続ける。


「最初はいったい何なのだろうと思ったよ。でも、時間が経つにつれて君の思惑が分かってきた。君はシャーロット嬢と僕が結ばれるように画策しているのだろう」


図星を突かれて私は声を失った。ウィリアム様は尚も言い募る。


「君は僕の想いを知っているよね?想いを寄せている相手である君に、他の人と結ばれるように画策される僕の気持ちが分かる?君の思惑に気がついた時、これ以上ないほどに惨めだったよ。ねぇ、僕に想いを向けられた事がそんなにも疎ましかった?僕やシャーロット嬢の気持ちも考えず今回の行動を取るほどに、僕の想いを向けられる事は君にとって不快だったの?」


怒りと悲しさと苦しみをぐちゃぐちゃに混ぜたような彼の表情。


「ボクは、そんなつもりでは…」


私が思わずそう呟くと、彼は顔を歪めた。


「じゃあ、どんなつもりだった?」


その言葉を聞いて私は再び黙り込む。『君と白薔薇』の物語でウィリアム様がシャーロットを想っていたから、この世界でのウィリアム様もシャーロットに好意を抱く確率が高いと踏んで今回の行動に出ただなんて説明のしようがない。




沈黙した私を彼の瞳が射抜く。


「最近の君は僕を通じて他の"誰か"を見ているみたいだ。いったい"誰"を見ているの?」


その言葉に、私はハッとして顔を上げた。



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