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【第四十五話】紅茶と部屋(ウィリアム視点)



「…なぁ、ウィル。俺の勘違いかもしれないが…この所のお前、変じゃないか?」


フィンが僕に向かってそう切り出したのは、学生寮の彼の部屋でたわいない話をしている時だった。


「変?どの辺りが?」


僕が問い掛けるとフィンは腕を組んで首を捻る。


「どの辺りが、と言われても言葉にしづらいんだが…何というか覇気がない、ような…?」


その答えを聞いて僕はほっとする。

フィンは勘が鋭いから僕の様子から何事かを感じ取ったようだが、当然のことながら詳しい事情までは分からないようだった。


「フィンの気のせいだと思うけど…最近寒いし、もしかしたら知らない内に体調を崩していたのかも。今度から気をつけるよ」


そう話しながら、僕は素知らぬ顔で紅茶を口に含む。


「ん〜…?」


フィンは釈然としない様子でいたが、


「…うん、ウィルがそう言うならそうなんだろう。冬は体調不良になりやすいものな。身体を大事にしてくれ」


そう言って頷いた。


「最近元気がないからてっきり女性にでも振られたのかと思ったぞ‼︎あっはっは、まさかウィルを袖にするような女がいるとも思えないけどな‼︎」


「ぶふッ⁉︎」


場を和ませる冗談のつもりで言ったらしいフィンの言葉に、思わず飲み込みかけていた紅茶を噴き出す。


「うわぁ⁉︎」


フィンの叫び声を聞きながら、僕は勢いよく咳き込んだ。

まともに息が出来ず咽せる僕を見てフィンは目を見開く。


「え、本当に…?」


フィンのその呟きを最後に、暫く部屋には僕の咳をする音だけがこだましていた。
























「さて、何があったのか聞かせてもらおうか」


「…いったい何のことだか分からないな」


「とぼけるなよ」


テーブルに撒き散らかされた紅茶を拭いてから改めて椅子に座った瞬間、フィンはずいっとこちらへ身を乗り出した。


「それで、どんな女性なんだ?まぁ、ウィルを袖にするなんてよっぽど価値観がずれているか真価がわからない愚か者かのどちらかだとは思うが」


「あはは、フィンは僕の事を高く評価し過ぎだよ」


フィンの言葉に笑った僕はリアの事を思い浮かべた。






襟足程の長さに切り揃えられた亜麻色の髪は梳かしつけられており、森の湖畔のように澄んだ深緑色の瞳はまっすぐにこちらを見つめる。

何時も僕へ献身を捧げてくれている、僕の騎士。

そんな彼は…







「男性、なんだよね」


「え?」


「…あっ」


つい出てしまった言葉。

思わず口を押さえるが、口から出てしまった事実は無かった事に出来ない。





フィンはぽかんとしていたが、少しの後にその顔を引き締めた。


「まさか相手は女性じゃなくて…男なのか?」


彼の表情を見て、もう後戻りは出来ないと覚悟を決める。

適当な事を言って誤魔化す事もまだ可能だろうが、親友であるフィンに嘘をつきたくなかった。


僕は彼に向き直ると徐に口を開く。


「そうだよ。彼は男性なんだ」


フィンの言葉を肯定すれば、彼はその若草色の目を見開いた。暫く硬直していたが程なくしてその顔に疑問符を貼りつけて首を傾げる。


「つまり…ウィルは恋心を抱く対象が男ってことか?」


その言葉に違和感を覚えて僕は目を瞬かせた。


「うーん…?男性に対して恋情を抱いているというより、男性か女性かは関係なくその人だから愛していると言った方が正しい、かな…?人に恋情を向けた事自体初めてだからよく分からないけど…」


僕がそう言うとフィンは黙り込んだ。

待っていても一向に動く様子がないので、


「フィン?」


と僕が呼びかけると次の瞬間彼は弾かれたように立ち上がる。


「分かった‼︎」


突然そう言ったフィンを驚いて見つめていると、彼は僕へ顔を向けた。


「相手はウィルの護衛騎士だろ‼︎」


彼が真実を言い当てた事に僕は瞠目する。


「何で…」


僕の呟きを聞いてフィンは得意げな顔をした。


「あの護衛騎士の逢引き現場を見た時にウィルの挙動がおかしかった事を思い出したんだ。顔色が真っ青だったから変だと思っていたが…そういう事だったんだな」


そこまで意気揚々と喋っていた彼だったが、ハッとしたように口を噤んだ。


「…すまない、お前の傷口を抉るような事を口走ってしまった」


申し訳なさそうな顔をして謝るフィンに対して僕は苦笑する。


「謝らないで。君は事実しか言っていない訳だし」


フィンは気まずげに目を彷徨わせた後、おそるおそるといった風に口を開く。


「平たく言うと、ウィルの意中の相手であるあの護衛騎士には逢引きするような仲の女性がいたと…まぁ、そういう事なんだな?」


彼の言葉に僕は頷く。


「更に言えば僕はそのあと彼に恋情を告白して明確な拒絶をされている。この状況を鑑みるに、僕には万が一にも希望がない事が確定しているね」


そう言った後に紅茶を飲み下してフィンの方を見ると、フィンは両手で顔を覆っていた。

彼は一時そのままの格好でじっとしていたが、すとんと椅子に座りこちらへ両手を伸ばすと僕の肩をがしりと掴んだ。


「ウィル…世界には数多の人間がいる。ウィルみたいな人格的に優れた奴には男も女もよりどりみどりだ。だからそんな顔するなよ‼︎きっと他にいい相手が見つかるからさ‼︎」


そう語りかけながら肩を掴んだ手に力を込めるフィンへ微笑みかける。


「フィン、ありがとう。でも…今はまだ彼以外に目を向ける事は出来そうにないかな。とにかく心を整理する時間が欲しい」


僕がそう言うと、彼は僕の肩から手を離して俯いた。


「そんな…悲しそうな顔をして笑いやがって…」


その呟きが静かな部屋の空気に消えていく。






テーブルの上の冷めた紅茶が僅かに波立った。




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