【第四十四話】舞踏場
寒さが身に染みるような気温になってきた頃。
舞踏場ではウィリアム様のクラスとシャーロットのクラスが合同で舞踏の練習を行っていた。
私は鍛錬の手を止め、彼らがいる舞踏場の方を眺める。
洞穴での一件以来、ウィリアム様は平素と変わらず振る舞っている。しかし私を見つめるその瞳が時折苦しげな感情を宿す事に私は気づいていた。
(学生寮前で心情を吐露された翌日の時点で臣下としてウィリアム様と誠実に向き合い、『その気持ちには応えられない』と申し上げれば良かった。そうすればきっとここまでウィリアム様を傷つけずに済んだ。私が先送りにしたせいで、ウィリアム様をより傷つける結果になってしまった)
そう悔やんでも、もはや後の祭り。
今日まで、私は深い後悔を抱え続けていた。
授業では舞踏の相手役を決める段になり、ウィリアム様の元にシャーロットが駆けてきた。
シャーロットはウィリアム様に何事かを話しかけ、ウィリアム様はにこやかに頷いてその手を取る。
三拍子、ワルツのステップでウィリアム様とシャーロットは踊り出す。学生たちの白い学制服が舞踏場の中でいくつも翻る中、回転したシャーロットのスカートが花びらのように広がった。
この学園に入学してから舞踏の授業を受けてきた成果か、2人の足取りは軽やかだ。
そのまま最後まで踊り切るかと思われたが、複雑なステップで足を捌き切れなかったシャーロットがよろめく。
その刹那、自然な動作でウィリアム様がシャーロットを受け止めた。
転倒を免れたシャーロットはほっとしたような顔をするとウィリアム様に向かって何事か口を動かす。
次の瞬間ウィリアム様とシャーロットは顔を見合わせて愉快そうに笑い合った。
(シナリオ通りならここでウィリアム様の持っている淡い恋心が色付き、自らの中のシャーロットへの愛を自覚するんだよな)
私は舞踏場の外からぼんやりと2人の笑顔を見つめる。
(ウィリアム様のような素晴らしい方が、しがない騎士である私へ想いを向けているというのは違和感しかない。シャーロットのように明るい女性と結ばれたと言われた方がずっとしっくりくる)
そこまで思案した時、私の頭の中には一つの考えが浮かんだ。
(そうだ、ここは現実世界。全てが物語通りに事が進む保証もない。フィンレー王太子とシャーロットの2人ではなく、ウィリアム様とシャーロットが結ばれる可能性だって十分考えられるのではないか?)
小さな種が芽吹くように、その考えはむくむくと膨らんでいく。
(シャーロットは快活で心が暖かい人だから、きっとウィリアム様を幸せにしてくれる。それにそもそも『君と白薔薇』でウィリアム様はシャーロットに恋焦がれていたのだから、シャーロットの事を深く知れば彼女に心惹かれる確率は高い)
ほんの少しの間に、私の頭の中はその考えで埋め尽くされていた。
(以前はフィンレー王太子とシャーロットの仲を引き裂くことを躊躇していたが、ウィリアム様を幸せにするためにはそうも言っていられない。それに、まだシャーロットが王太子に惹かれている様子はない。…今なら間に合う。ウィリアム様を傷つけてしまった償いとして、ウィリアム様とシャーロットが結ばれるよう尽力しよう。フィンレー殿下には申し訳ないが、仮にも彼はこの国の王太子。他にも素敵な相手が現れるはずだ)
私は心の中で拳を突き上げる。
(待っていて下さいウィリアム様。貴方が幸せになれるよう、出来る限りの努力を致します)
心密かにそう決心すると、私は再び鍛錬に戻り槍を振るった。




