【第四十三話】夜風
彼の瞳に引き込まれる。
切なさを湛えたその瞳は、私に対する想いを痛いほど私へと伝えていた。
(…本気で、ウィリアム様は私の事を恋慕って下さっているんだ)
その瞳に見つめられて思わず私がウィリアム様の想いに応えそうになった時、
(本当にそれで良いのか?)
内なる私がそれを引き止めた。
(今の私の気持ちは非常に曖昧だ。私はウィリアム様から真剣な気持ちを向けられて流されているだけじゃないのか?)
自分の中で自問自答する。
(それはとても…ウィリアム様に対して不誠実なんじゃないか?)
そう考えて、冷や水を浴びせかけられたように頭が冷えた。
(第一、私のような者はウィリアム様に相応しくない。ウィリアム様にはもっと良い相手がいる筈だ)
私の頬に触れるウィリアム様の指をそっと外すと顔を伏せる。
「ボクは…」
そこまで言いかけて言葉に詰まる。
(私はこれからウィリアム様を拒絶する言葉を言おうとしている。それはウィリアム様を傷つけることになるかもしれない。でも…)
冷たい夜風が2人の間を吹き抜ける。
(やはり私は貴方に相応しくないんだ)
「ボクは、貴方の想いに応える事は出来ません」
囁くような声で、私は彼にそう言った。
彼はそれを聞いて何も言わず、ただ沈黙していた。
暫くして彼は
「そう…」
と消え入るような声で呟く。
私は彼の顔を見ることが出来ないまま抱き込んだ槍の柄を握りしめた。
会話はおろか、身じろぎすらしない2人。
虫の鳴声が時折するだけの静かな空間に、夜が降り積もっていった。
次の日。
私たちは皆んなが滞在している場所へ向かう途中で、私たちを探しにきた捜索隊に発見される事になった。
シャーロットとフィンレー王太子が泣きそうな顔をしながらウィリアム様に抱きつく。
その様子を眺めていると、フィンレー王太子の後ろに控えていたエドワードさんと目があった。
エドワードさんはいつもの無表情を崩さなかったが、私を労うように一つ頷く。
私はそれに頷き返すと再び3人の方へ顔を向けた。
シャーロットは
「あたしの手巾を拾おうとしたばかりにごめんなさい…‼︎」
と泣きながら謝罪を繰り返しており、フィンレー王太子は
「もうダメかと思った…ダメかと思った…‼︎」
と号泣している。
ウィリアム様はそんな2人の頭を優しく撫でながら宥めていた。
そんな中、ふとウィリアム様と目が合いそうになる。
しかし目が合う直前にウィリアム様は何気ない仕草で私から顔を逸らしてしまった。
私は暫く彼らを見つめていたが、ついぞ私とウィリアム様の目が合う事はなかった。




