【第四十一話】風と手巾
ギャアギャアと鳥が鳴く森の中。実習のために私たちは山の中腹に来ていた。
心地よい秋らしい風が、強い日差しの熱を打ち消してくれる。
「何というか…見ているだけで危なっかしいぜ、ウィル」
「うーん、あと少しでコツが掴めるような気がするんだけど…」
慄くような目でウィリアム様を見るフィンレー王太子へ、手元の鉈と木片から視線を離さないまま答えるウィリアム様。そんなウィリアム様に対してシャーロットが激励した。
「ウィリアム、頑張って‼︎基本は出来てる。あとは姿勢よ‼︎」
そう言葉をかけるシャーロットはといえば、高らかな音を響かせながら高速で薪を割り続けている。
「シャーロットは何でそんなに鉈使いが上手いんだよ…」
「あらフィンレー、このくらい平民なら出来て当たり前よ?」
「えぇ…本当かよ…」
フィンレー王太子は暫く釈然としない顔をしていたが、やがてウィリアム様とシャーロットから目を離し再び薪割りを開始した。
要領の良い彼はこの短時間で勘を掴んだのか、シャーロットほど鮮やかな手つきではないにしろ危なげない様子で薪を割っていく。
そんな和やかな3人の姿を、私とエドワードさんは水汲みをしながら眺めていた。
「自分たちで作った豚肉と野菜の煮込み、美味しかったわね。植生についてもいっぱい勉強したし、大満足の1日だったわ‼︎」
「あとは寝るだけか」
学生たちが張った天幕が山の比較的平らなところに立ち並ぶ中、夕焼けを見ながら3人は語り合う。
「明日は沢近くの植物の研究をするんだよな。正直言うと俺は沢の植生より魚の方に興味があるんだが…」
「植生も観察しつつ魚も見れば良いんじゃないかな。近くの環境も植生の大事な要素だと思うし」
ウィリアム様とフィンレー王太子の会話を聞いて口を開きかけたシャーロットは、ウィリアム様の顔を見て目を瞬かせた。
「あら?ウィリアム、顔に泥が付いているわよ」
そう言いながら手巾を取り出し、シャーロットがウィリアム様の顔に手を近づけたその時。
「きゃあっ⁉︎」
一陣の風が吹き荒れ、シャーロットの手巾は彼女の手を離れて天高く舞い上がった。
白い手巾はひらひらと滞空した後、やがて高度を落とし崖の縁近くに落ちる。
シャーロットは目を丸くしながら風に乱れた髪をかきあげた。
「こんなに強い風が吹くなんて、少しびっくりしてしまったわ。あたし、手巾を持ってくるわね」
シャーロットが手巾が落ちた方へ一歩踏み出した時、ウィリアム様がそれを制した。
「僕の顔を拭おうとしてくれた結果飛んでいってしまったんだ、僕が取ってくるよ。待っていて」
そのように言ってウィリアム様は手巾の方へ歩き出す。私はウィリアム様へ付き従うように後ろから彼に着いて行った。
崖の縁に到着し、しゃがみ込んだウィリアム様は白い手巾を拾い上げる。
彼は手巾の汚れをぽんぽんと軽く叩いて落とすと、立ち上がってこちらへ戻ってこようとした。
その瞬間。
ウィリアム様の足元にひび割れが走った。
瞬きの間にウィリアム様の足元の地面が崩れ落ちる。眩い夕陽の中、目を見開いた彼がよろめき落ちていく様がやけにゆっくりと見えた。
シャーロットの悲鳴と王太子の切迫した声が辺りに響く。
私は咄嗟にウィリアム様の方へ足を踏み出すと手を伸ばした。そして彼の服を掴み引き寄せると落下していくウィリアム様の上半身を抱き込んで庇う。
そして私とウィリアム様は、もつれるように崖から墜下していった。




