【第三十九話】吐露
ポピーと服飾店巡りをした次の日。
ウィリアム様の雰囲気が何となくいつもと違っているような気がして私は首を傾げた。どことなく上の空であったかと思えば、急に思い詰めたような顔をするのだ。
どうしたのかと思ったが、特に原因が思い当たらない日々が続いていた。
午後の部が終わった後にウィリアム様を学生寮へ送り届けている最中。
「…リアは最近休みの日にどんな事をしているの?」
不意にウィリアム様がそう仰った。
私が彼の方へ向くと、彼は慌てたように付け加える。
「ほら、ムーア公爵領では海を眺めているって言っていたけれど、王都に海はないし最近の休みは一体何をしているのかなと…思って…」
珍しく早口で喋り出したかと思えば、徐々にその口調は遅くなっていき最終的には消え入るように途切れてしまった。
その様子を不思議には思ったものの、質問に答えるべく私は口を開く。
「休日は主に鍛錬をしていますね」
そう、最近の私は以前よりも鍛錬に余念がない。
他の武人の動きを参考にして自分のものにするという試みは、今まで自己流でやってきた私にとって苦労の連続であったが少しずつコツが分かってきたのだ。
槍の特性をより生かすという目標も、毎日多くの時間槍を振るう事で段々と掴めてきたように思う。
先は長いが、じわりじわりと自分の能力が上がっていく感覚に私は手応えを感じていた。
「…他には?」
「え?」
「他には、どんな事をしているの?」
ウィリアム様のその言葉に私は目を瞬かせる。
「他に…?」
鍛錬の他にはどんな事をしているのかなんて聞かれると思っていなかったため思わず沈黙してしまう。
私は少しの間考え込んだ後、言葉を発する。
「人と会ったり、でしょうか」
私がそう言うと彼は僅かに身体を強張らせた。
「どんな人?」
ウィリアム様からのその問いを頭の中で反芻させる。
(どんな人、か…)
私は最近会った友人であるポピーを思い浮かべた。
脳裏に去来する、彼女の笑顔と笑い声。
「そうですね…。朗らかで、」
きらきらと顔を輝かせながら服のデザインについて語る姿。
「夢に向かって一生懸命に努力する、」
騎士見習いの頃から私の側にいてくれた友人。
「私にとって大切な人です」
彼女へ思いを馳せていた私は小さく発せられた彼の呟きに気づかなかった。
「やはり、君はあの栗色の髪の女性の事を……」
彼のその声は私の耳に届かず、消えた。
黙り込んでしまったウィリアム様を私は怪訝に思ったが、そうこうしているうちに私たちは学生寮へ到着した。
門の境界で私たちは向かい合う。
「それでは失礼致します。よい夜を」
私はそう言って頭を下げる。
そして踵を返すと学生寮を後にしようとした。
しかし騎士制服を引っ張られたような感覚があり、私は足を止める事になった。
見れば腰あたりの布を男性の白い手が掴んでいる。
「…ウィリアム様?」
不思議に思った私が振り返るとウィリアム様は俯いていた。
「どうかなさいましたか?」
私がそう尋ねれば、彼は微かに肩を震わせた。
「行かないでくれ」
唐突な言葉。
彼はより強く私の服を握りしめる。
「僕以外の元へ行かないでくれ、君の事を愛しているんだ…‼︎」
感情の堰を切ったように、彼は言葉を吐き出した。
しかしその直後我に返ったような顔をして私の服から手を離す。
「…ッ、ごめん…今の言葉は忘れて欲しい。おやすみ、リア」
そう言って身体を翻すと学生寮の内側へ駆けていく。
小さくなっていく彼の背中。
その場に残された私は、その背をただ呆然と見送る事しか出来なかった。




