【第三十七話】ショーウィンドウ
「きゃあ‼︎リア見て、この服の袖かわいいわ‼︎今度デザインする服にはこういうふんわりしたシルエットの袖をつけてみようかしら」
榛色の瞳を輝かせながら店先に展示された数多の服を見てまわる女性。
「ポピー、今のうちからそんなにはしゃいでいたら体力が尽きてしまうんじゃないの。午後も店を見て回るんでしょう?」
私が苦笑しながら彼女にそう声をかけると、
「だって、素晴らしい服ばかりなんだもの‼︎どうしたってはしゃいでしまうわ‼︎」
彼女は溢れんばかりの笑顔で振り返った。
雲一つない青い空に、強い日差し。
茹だるような暑さの中にもカラッとした爽やかさがあって、どこか夏の終わりを感じさせる。
服飾店巡りをする休日にはぴったりの陽気だった。
「次の休日、一緒に服屋さんを巡ってくれないかしら」
ポピーからそうお願いされたのは1週間ほど前の事だった。
なんでも、ポピーが師事しているマダム.グレースから王都の服飾店をまわって自分のデザインの引き出しを増やしなさいというお達しがあったらしい。
ポピーは最初一人で行こうとしていたのだが、男性向けの服飾店には一人で入りづらいという事に思い当たり私へ声をかけてきたという訳だ。
私はその話を快諾し、今に至る。
「この服も素敵ね‼︎良い生地を使っているのはもちろんなのだけど、何より仕立てが素晴らしいわ。狂いなく縫い合わされていて歪みがない。どうやって縫い合わせているのかしら…」
上機嫌で独り言を呟きながら店先を歩き回るポピーについていく。
服飾の店が立ち並ぶこの通りには様々な系統の店舗が所狭しと立ち並んでいた。
私がふと辺りを見渡すと、近くにあった店のショーウィンドウに飾られたマネキンが目に入る。
艶めいた、たっぷりとした生地。繊細な刺繍。色とりどりに飾られた宝石たち。
それはドレスを扱う店の展示だった。
ぼんやりとそのショーウィンドウを眺める。
「綺麗なドレスね」
いつの間にか隣にやってきていたポピーも同じくドレスのショーウィンドウを見上げていた。
「リアはドレスって好き?」
ポピーにそう言われて私は目を瞬かせる。
「…好きか嫌いかで考えたことは無かったな」
思案してみるが、やはり好きか嫌いかという答えは出なかった。それに…
「ボクには縁がない話だから」
私がそう答えると、ポピーは目をぱちくりさせた。
「ボクはこんな生き方をしているし、おそらくボクは一生そういう格好とは関係のない生涯を送ると思う。だから、ドレスが好きかどうかもよく分からないかな」
横からポピーの視線を感じながら、私はドレスを眺めていた。
「…わたしね、」
暫く無言でショーウィンドウを見上げているとポピーがふいに私の耳へ唇を寄せる。
「『そういう格好とは縁がない』なんてリアはまだ決めつけなくていいと思うわ」
「…こんな、自分を偽っているような人間でも?」
私がそう呟くと、彼女はふんわりと微笑む。
「ええ。人生に"絶対"なんて無いのだから。それに、10年後や20年後がどうなっているかなんて誰だって分からないわ」
そう囁いてから身体を離し、彼女はぱちんとウィンクをした。
「何はともあれ。わたし、こんなふうに豪奢なドレスは一度作ってみたいわ。だって素敵なんだもの‼︎今度デザイン画を考えようかしら」
彼女は明るい笑顔を浮かべる。
その笑顔に思わず私も微笑んだ。
その時、見覚えがある気がする人影が視界の遠くを掠めた。
(…?)
怪訝に思って振り返るが、道を行き交う人々がいるだけで見覚えがある姿はない。
「リア、どうしたの?」
ポピーの不思議そうな声に
「何でもないよ」
と返すと、私は彼女と連れ立って歩き始めた。




