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【第三十六話】誘拐事後



「ウィル、聞いて欲しい事があるんだ」


固い顔をしてフィンレー王太子がウィリアム様にそう話を切り出したのは、ある日の放課後の事だった。

隣にいるシャーロットは王太子が話を切り出すのを知っていたかのように目を伏せる。

そんな2人の様子を見遣った後、ウィリアム様は浅く息を吐いた。


「…何かあったんだね」


彼は瑠璃色の瞳でフィンレー王太子とシャーロットを見つめる。


「この間の週末過ぎから、2人とも張り詰めたような雰囲気をまとっていたのを気にしていたんだ。いったいどうしたのかなと思っていた」


ウィリアム様がそう言うと、王太子殿下は僅かに表情を柔らかくした。


「はは、やっぱりウィルに隠し事は出来ないな」


王太子は肩をすくめて微かに笑ったが、やがてその顔に真剣な色をのせると口を開いた。


「実はこの間の週末、俺は誘拐されて魔獣の前に放り出されたんだ」


「…⁉︎」


ウィリアム様がそれを聞いて絶句する。

何かあったのだとは感じてはいたものの、そこまでの事態だとは想定していなかったらしい。





一方で私は前世で読んだ『君と白薔薇』の学園編に描かれた王太子誘拐事件について思い出していた。






















『君と白薔薇』学園編の王太子誘拐事件。

それは王都の街の一角で王太子が歩いている場面から描かれる。


自由奔放な王太子殿下は度々学生寮から1人で抜け出し街を散策しており、その日もいつものように変装して街へやってきていた。

王太子が店先を冷やかしながら歩いていると、突然背後から伸びて来た手に手巾で睡眠薬を嗅がされ気絶してしまう。


そして次に目が覚めた時、周りは森の中だった。

仮面を被った不気味な者たちに抱え上げられており、身を捩っても身体が拘束されているのか手足を動かす事が出来ない。

森のある地点に来た時、仮面を被った者たちは王太子を地面に転がすと去っていった。


状況を把握しようと身体を反対側に向けると、そこには何と魔獣が立っていた。ゆらゆらと燃えるような魔獣に見据えられ、彼は肝を冷やす。

逃げ出そうとするも手足が縛られておりのたうつ事しか出来ない。


自分の危機的状況を誰にも知らせる事が出来ない、どうしようもない現状。

さしもの王太子も絶体絶命かと思われた。


そんな中、鹿に乗った少女が王太子の元へ現れるのである。


(その少女がシャーロットなんだよね)

『君と白薔薇』の両面見開きページに大きく描かれた、シャーロットの颯爽とした姿を思い起こす。


小鳥たちから王太子の異変について聞いたシャーロットは、すぐさま鹿に乗って王太子の元へ向かった。そして小鳥たちから状況を把握しつつ救出の機会を伺っていたのだ。


シャーロットは王太子を縛り付けていた縄を素早く切ると魔獣の前から脱出。

かくして王太子は助かるのだ。
























果たして、王太子の口から語られた事件の概要も概ね私が『君と白薔薇』で読んだ王太子誘拐事件の筋と同じものであった。

(そろそろかとは思っていたけれど、それがこの間の週末の事だったなんて…)

私は話を聞きながら密かに唇を噛む。






「そんな訳でシャーロットのおかげで何とか助かったんだ。王族が襲われたという事実は民衆を不安にさせるから今回の事件は関係者内で秘匿される事になった」


王太子がそう言って話を一旦結ぶと、ウィリアム様は強張っていた身体の力を抜いた。


「…とりあえず、君が無事でよかった」


ウィリアム様がほっと息を吐く。


「心配させて悪い。エドワードにも怒られたんだ。俺も、自分は不用心だったと思う。俺がもう少し警戒していれば…」


決まり悪そうにする王太子を慰めるようにウィリアム様が王太子殿下の肩に手を置いた。


「伴もなしに外出するのは王族としてもう少し気をつけて欲しかったと思うけれど、悪いのは君に危害を加えようとする者たちであって君じゃない」


ウィリアム様がそう言葉にすると、フィンレー王太子は目を細めた。


「ありがとう、ウィル。…シャーロットもありがとう。シャーロットがいなければ、俺は今頃とんでもない事になっていた」


「いいえ、今回の手柄の1番はあたしじゃなくて小鳥たちだわ。小鳥たちが知らせてくれなかったら、あたしは事件に気づきも出来なかったもの。今度小鳥たちに会ったら、上等なパン屑を撒いてあげてちょうだい」


シャーロットが悪戯っぽくそう言えば、フィンレー王太子はその表情を緩ませる。


「王都で1番上等なパンを山ほど献上するよ」


その時、タイミングよく小鳥の鳴き声が聞こえてきて、3人は顔を見合わせた後に声を上げて笑った。














「それでここからが本題なんだが…」


一頻り笑った後に、フィンレー王太子が再び緊迫した表情で話し出す。


「今回の事件は、反王族派の残党の仕業なのではという説が強まっている。そしてそれはウィルにも関係がある事なんだ」


「僕にも?」


王太子が頷く。


「先日起こったウィルの護衛騎士への襲撃…あれを引き起こした貴族令息たちは反王族派だったのではないかという話が出ている」


それを聞いてウィリアム様は目を見開いた。

フィンレー王太子は話を続ける。


「ウィルの護衛騎士を失脚させようとしたのも、自分たちの息のかかった騎士をウィルに取り立てさせて反王族派陣営にウィルを取り込もうとしたという推論が濃厚だ。まぁ、まだ推論の域を出ないが」


重々しい空気が場に停滞する。


「俺の友人たちという事で、これからウィルとシャーロットには影響が及ぶかもしれない。…すまない、俺のせいですまない…‼︎」


悲痛な顔をするフィンレー王太子の片方の手をウィリアム様は握り込んだ。


「そんな顔しないで、フィン。君の問題は僕の問題だ。反王族派がリアの仇でもあるんだったら、僕が容赦する道理はない。どうすればいいか一緒に考えていこう」


「ウィル…」


王太子がウィリアム様の名前を呟くと、横にいたシャーロットが王太子のもう片方の手を握る。


「あたしがもし力になれる事があったら何でも言って‼︎友達であるフィンレーの為だもの、頑張るわ‼︎」


「シャーロット…」


そう言って寄り添うシャーロットにフィンレー王太子は目を見張った後、愛おしげな目を向けた。


「ありがとな、頼りにしている」





フィンレー王太子のその細められた目を見て、私は悟った。

(王太子はシャーロットに恋をしたんだな)、と。










この王太子誘拐事件は、シャーロットに対し王太子が恋情を抱く出来事でもある。

自らの危険を顧みずに自分を助けに来たシャーロットの姿に彼は恋に落ちるのだ。


(確かに、絶体絶命の中で自分を危険に晒してまで助けに来てくれた人がいたら恋をしてしまうかもしれない…。しかも、それが元より仲良くしていた人だったら尚更だ)



そんな事を考える私をよそに、夕陽の中で3人はお互いの手を握り合っていた。




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