【第三十一話】曇り空の公園で
「それで」
座っているベンチの座面をライリーが指でトントンと叩く。どんよりとした雲の下、冷たい風が吹く公園には子どもたちの姿もない。
「公爵卿は学園の学生寮に缶詰になっているってわけだ?はーん、なるほどねぇ…」
そう言いながら彼はエッグノッグを啜った。
黄み掛かった白色のその液体が入ったカップを傾けるとほんのり湯気がたつ。
「そう。何度も襲われているから、王都の騎士団も事態を重くみて犯人が捕まるまでは学園で保護してもらうようにって」
私もそこまで話すと、手元にあるカップに口を付けた。
シナモンが香るふんわりとした甘さ。牛乳と卵特有の濃厚な風味をした温かい液体が喉を滑り降りていく。
厳しい寒さの中で身体を芯から温めてくれるような飲み物にほっと息を吐き出すと、横にいたライリーがカップをベンチに置いた。
「さっきは災難だったな。わざわざ行ったベーカリーで目当てのものが売り切れていてさ」
「本当にね。あそこのサーモンパイ、絶対ウィリアム様の好みなのに…。ずっと学生寮にこもりっきりで気が塞ぐだろうから、せめて目先が変わるものを持っていって差し上げたいと思ったのだけれど」
私がそう言いながら溜息をつけば、ライリーはベンチに凭れかかった。
「まぁ、気を落とすなよ。ポピーから他にもサーモンを使った品物があるお勧めの店を教えてもらったんだろ?絶対どれかは買えるって。…あーあ、あんたらはいいよなぁ。王都に住んでいる者同士、会いたいと思えばすぐに会えるんだから。オレ1人除け者か」
彼は急に芝居がかったような声音で嘆く。私はそれを見てくすくすと笑った。
「確かにポピーとは度々会っているよ。でもライリーともこうやって王都に行商にやってくる時に会っているじゃない」
私はもう一口エッグノッグを飲む。
「しかし…ライリーはいいの?ボクはライリーと話が出来て嬉しいけれど、ライリーは婚約者ともっと時間を過ごしたいんじゃないの?」
私がそう言うと、ライリーは動揺するように瞬きをした。
「ライリー、自分では気付いていないかもしれないけど、最近いくらなんでも王都への行商に来る頻度が高すぎるよ。その理由はライリーの婚約者が今年学園に入学したからでしょう?」
ライリーは私のその言葉を聞くと目を見開く。その後、決まりが悪そうに帽子で顔を隠した。
「もだもだしていないで会いに行けばいいのに。婚約者さんだってライリーが会いに行けばきっと喜ぶ」
ライリーは帽子の影からちらりとこちらを見遣る。
「そう思うか?」
「そう思うよ」
私が頷くと、ライリーの顔が朱をはいたように赤く染まった。
暫くライリーは顔を真っ赤にして黙り込んでいたがやがてもごもごと口を開く。
「ありがとう」
それだけ言うと彼はまた黙り込んでしまったが、沈黙の後にまた話し出す。
「彼女に会いたいのは本当だけど…」
彼はそっぽを向いてぶっきらぼうに言う。
「リアやポピーに会いたかったのも事実だから、そこは誤解しないで欲しい」
そう言って再び沈黙してしまったライリーの栗色の髪の毛を私は勢いよく撫で回した。
「なっ、なんだ⁉︎」
驚くライリーに向かって私は満面の笑みで言う。
「そんなの、とっくに分かっているよ‼︎」
「そういえば、最近魔獣の目撃証言が増えているみたいだな」
顔の赤みが落ち着いたライリーが真剣な顔でそう話す。
「魔獣の目撃証言?」
私が聞き返すとライリーは頷いた。
「各地へ行商に行くと、そういう話が出るんだ。大体は森の中の話なんだが、中には街に近い郊外での目撃例もある。何だか気味が悪いよ」
深刻な顔で囁くライリーに、私は
(もうその段階になったのか)
と腹の底が冷える思いがした。
シナリオでの、魔獣の大増加に繋がるまでには段階がある。
まず太古の森で魔獣が増え始める。何百年という歳月をかけてエネルギーを蓄積した太古の森は、最深部にそのエネルギーを凝縮しようとする。そのエネルギーを糧にして魔獣の発生が加速するのだ。
次に各地に魔獣が出現し始める。太古の森で凝縮されたエネルギーは国中に影響を及ぼす。
そして最終段階、太古の森の最深部に"魔獣の核"と後に命名されるエネルギーの結晶体が出現し、太古の森を中心として魔獣が異常なまでに大量発生する。
その時になって初めてこの問題に対処する事が出来る様になる。魔獣の大量発生は凝縮したエネルギーを霧散させる事で解決するが、魔獣の核が結晶体として目に見える形になるまでそれを破壊する術が人間にはないのだ。つまり、魔獣の核が姿を現すまで問題は解決できない。
各地で魔獣の目撃証言が増えたという事は、確実に最終段階へと近づいているという事と同義。
(そしてシナリオ通りならば、それはウィリアム様の死の運命も近づいているということ…)
「…い、おい‼︎リア‼︎」
ハッとして顔を上げると、ライリーが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ。…オレがこんな話をしたからだよな、すまん」
ライリーがそう謝罪するのに対して私は首を横に振った。
「いや、少し考え事をしていただけだよ」
私はカップを持って立ち上がる。
「そろそろ行こうか。この後も、もう少し付き合ってくれる?」
「ああ、いいぜ」
私たちは連れ立って公園を後にする。
空には相変わらず暗い雲が立ち込めていた。




