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【第三十話】襲撃事件



柔らかい日差しが降るある日。

ウィリアム様のお供をしてやってきた街の大通りで私は奇妙な事に気がついた。

(つけられている)

ちらちらと見え隠れする不審な影。

私は不自然ではない程度に後ろを確認すると、少し前を歩くウィリアム様に囁いた。


「ウィリアム様、先程からつけられています」


それを聞いたウィリアム様は一瞬驚いて振り向きかけたが、私の表情を見て視線を前に戻す。


「人数はおそらく2から3人ほどです」


私はウィリアム様の方へ顔を寄せる。


「武器を所持しています、ボクたちを襲撃するつもりかもしれません。万が一襲ってきたら、慌てずにボクの後ろに移動して下さい」


つけてきている者たちに悟られないよう平然とした素振りでそう伝えると、ウィリアム様は僅かに首を縦に振った。






















ひと気のない場所へ差し掛かった時、俄に人間の気配が近づいてきたので後ろを振り返ると、今まさにウィリアム様に向かって短剣が振りかぶられた所であった。

咄嗟にそれを槍の柄で受け止める。

金属がぶつかり合う甲高い音が響くと同時に、私は相手の短剣を弾き飛ばした。


「ウィリアム様、後ろへ」


それだけ伝えると一歩前に出て得物を構える。

短剣などの武器を握りながらぞろぞろと登場した者たちは、一様に布などで顔を覆い隠していた。

(人数は…3人か)

私は近くにあった空き箱を大通りへ向かって思いっきり蹴り飛ばした。


「んぁ?なんだぁ?」


そんな声が大通りの方から聞こえてきたが、それを待たずして襲撃者たちが襲いかかってくる。

私はウィリアム様へ向かう切先を素早く弾き返した。


「この路地裏から飛んできたが…ひぃっ⁉︎な、なんだコイツら⁉人を襲っている⁉︎誰か街の騎士様を‼︎街の騎士様を呼んでくれー‼︎」


大通りから大声で触れ回る様子が伝わってくる。

先程蹴り飛ばした空き箱が功を奏したらしい。

その声に焦った様子の襲撃者が次々とウィリアム様へ向かって斬りかかってきた。

私は体勢を整えると、彼らへ向かって槍を振り翳した。










暫く打ち合って分かった事がある。

(この襲撃者たち、素人じゃない。この身のこなし…プロだ)

私が相手の意識を奪おうと急所に打撃を与えようとしても別の者がすかさずそれを邪魔する。

その連携は、まさしく戦闘に慣れた者が行う動きだった。

そして、分かった事がもう一つ。

(この者たち…おそらくウィリアム様を殺害しようという意思がない。私に対してはともかく、ウィリアム様に対しては剣に殺意がない。わざと急所を外そうとしている。まるで"軽い怪我をさせる事"が目的みたいに)

もう何度目か分からない斬りつけを受け止める。




その時。

「我らは騎士団だ‼︎ここで不審人物が人を襲っているという情報を入手した‼︎即刻武器を捨てて投降せよ‼︎」


名乗りと共に王都の騎士団が路地裏に突入してきた。

襲撃者たちは僅かに迷っていたようだったが襲撃者の内の1人が叫んだ、


「おい、お前らずらかるぞ‼︎」


という言葉を聞いて大通りとは反対方向へ走り出す。








襲撃者の背中を騎士団の者たちが追いかけていくのを見送りながら、私はウィリアム様の方へと振り返った。


「ウィリアム様、お怪我はありませんか」


「僕に怪我はないよ。君が守ってくれたから」


ウィリアム様は私を安心させるようにその顔に薄く笑顔をのせる。


「君に怪我は?」


「ありません」


私は答えながら、ウィリアム様の顔が心なしが青白い事に気がついた。


「ウィリアム様…大丈夫です」


そう言いながらウィリアム様に微笑みかける。


「もう襲撃者はいません。心配ありませんよ」


ウィリアム様はその言葉に身体の力を抜き、気が抜けたように緩く笑った。


「君には敵わないな。…君か僕か、それともその両方が敵の凶刃に倒れるかもしれなかったと思ったら怖くなってね。もう大丈夫だよ」


彼がそう言うのと同時に、騎士団の人間と思われる者がこちらへ近づいてきた。


「今回被害に遭われた方々ですよね、状況を確認したいので話をお聞かせ願えますか」


「ええ、もちろんです」


その言葉にウィリアム様は頷いた。























その日遅くまで事情聴取を受けた後、私はウィリアム様を学生寮へ送り届けた。

襲撃者たちは捕まらなかったとの事で結局犯人の真意は分かっていない。


私は使用人寮の自室で1人、考えを巡らせていた。

(今回の襲撃者は場当たり的な犯行じゃない。明らかに私たちを狙って襲ってきていた)

私は瞑想するように目を閉じる。

(ウィリアム様を狙うような勢力の貴族はいないはず。いったい誰が…?)

考えても答えは出てこない。

(しかもウィリアム様に対する殺意はなく、あくまで"軽い怪我"をさせようとしていた。何故…?)

考えれば考えるほど様々な可能性が浮かぶが、そのどれもが現実的ではなく頭から消えていった。


なにより…

(こんな展開、『君と白薔薇』のシナリオには無かった)

私は何かを見落としているのではないか…?

何か、重要な事を。




得体の知れない何かが私の預かり知らぬ所で進行している気がして、私は部屋で1人身を震わせた。



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