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【第二十九話】絡みつく視線



学園内を歩いていると、赤や黄色に色付いた木々の合間から可愛らしい丸い木の実がのぞいているのが見て取れた。

私は地面に落ちている木の葉を1枚手に取り陽光に透かす。鮮やかに発色した紅の葉は美しく、その葉脈が繊細な紋様のように私の目を楽しませた。





そろそろ授業が終わる頃だという事に気がつき、眺めていた落ち葉をそっと地面に戻すとウィリアム様のいらっしゃる教室へ向かう。

廊下の角から教室の方を伺えば、ウィリアム様の教室の前にはちょっとした人だかりが出来ていた。

私は慣れたようにその人垣を掻き分ける。


人の間を泳いで行き着いた中心で、人々に集られていた人物は私の姿をその瑠璃色の瞳にうつすとほっとしたような顔をした。


「リア…」


私は安堵した様子のウィリアム様を隠すように背へ庇う。


「ウィリアム様はこの後予定がございます。皆様お引き取り下さい」


この場にいる全員に聞こえるように、しかし貴族に対して無礼にあたらないような声量で声を上げる。

ウィリアム様を取り囲む人々は不満げに文句を言っていたが、私が一歩も引かない事を見て取ると渋々といった様子で少しずつ捌けていった。






















この光景が初めて観測されたのは今年度の新入生が入学してきた直後のこと。

いつものようにウィリアム様を教室へ迎えにいった私は、真新しい制服を着た集団…もとい新入生たちにウィリアム様が取り囲まれているのを見つけて仰天した。





この学園に入学してから、かねてより優秀だった頭脳と慈悲深い精神を人々の前に顕したウィリアム様は、味方に引き入れたい人物筆頭として貴族たちの間で噂されていたらしい。現在学園に子どもがいる貴族たち、そしてこれから学園に入学する子どもがいる貴族たちはこぞって子どもに言い聞かせた。「ムーア公爵卿になんとしてでも取り入るように」と。


さらに言えばこの国の3大公爵家のうち、学園に在学する年頃の子どもがいるのはムーア公爵家のウィリアム様のみであった事もその動きに拍車をかけた。


ウィリアム様の性質を知る在校生は彼の元へ無理矢理押し掛けるような真似はしなかったが、彼の性格など知る由もない新入生はウィリアム様のいる教室の前に殺到する事態となったのだ。


もちろん、フィンレー王太子の元にも新入生は押し寄せたが、彼は持ち前の要領の良さで難なく新入生たちから逃げ切った。その分ウィリアム様の元へ余計に新入生が増える原因となったのだが…まぁ、この話は蛇足である。




「ムーア公爵卿、わたくしとお茶会をして頂けませんか?きっと楽しい時間になりますわ‼︎」


「あら、公爵卿はあたくしと街へ出かけるのですわ。あたくし、王都には詳しいんですの。ね、行きませんこと?」


「それより、我が領地の特産品を召し上がりませんか?ぼくの部屋には珍しいものがいっぱいありますよ」


わいわいがやがや、わいわいがやがや。

ギラギラした目の新入生たちに取り囲まれたウィリアム様は、その優しい性質から新入生を無下にする事もできず困り果てていた。

私もどうするべきか頭を抱えたが、ウィリアム様の困窮した表情を見て覚悟を決め、新入生たちの間に割り込みウィリアム様の救出へ向かった。




それ以降、新入生たちと私との攻防が幕を開けたのである。
























とある日の放課後。

私がいつもより早くウィリアム様を迎えに行くと、ウィリアム様は既に数名の新入生に囲まれていた。

(こんな時間からもう居るのか…)

いっそ感心するような心地で近づいていったその時。


「ムーア公爵卿、我が家の騎士を公爵卿の筆頭護衛騎士として雇いませんか」


という貴族令息の声に思わず足を止めた。


「我が騎士団の騎士たちは優秀です。絶対にお役に立ちますよ」


そう自慢げに言う令息に、ウィリアム様は僅かに顔を顰める。


「申し訳ないけれど、僕の筆頭護衛騎士はもういるから」


「いつも割り込んでくるあの騎士のことですか?あんな騎士は公爵卿にふさわしくありません‼︎」


ウィリアム様のその言葉を遮るようにまた別の令息が声を張り上げた。


「貧相な体をした男ではございませんか。公爵卿を護衛するのなら、もっと屈強な騎士こそが相応しい。それに…」


令息が声を潜める。


「あの騎士は孤児上がりだという話でございましょう。金次第でいつ裏切るかも分かりませんよ」


その言葉に、ウィリアム様の表情が抜け落ちた。

ウィリアム様は無言で貴族令息たちを見つめていたが、にっこりと貼り付けたような笑顔を浮かべる。


「君たちは知らないかもしれないけれど、僕の騎士は結構力持ちなんだよ。僕のことを持ち上げられるくらい力があるんだ。それから…」


ずいっと彼らに顔を近づけてウィリアム様は囁く。


「彼が僕を裏切るなんて絶対に有り得ない」


顔を上げたウィリアム様は、少し遠くに立つ私に気がつくとパッと表情を明るくした。


「リア‼︎」


囲んでいる貴族たちを掻き分けて私の所へやってくる。


「迎えに来てくれたんだね、待たせてごめん。行こうか」


そう言って歩き出したウィリアム様を慌てて追うべく身体を翻すと、後ろから冷たい視線が追いかけてきた。

後ろを伺うと、先程の貴族たちが憎々しげな目で私を睨みつけている。




その視線は彼らの視界の外に出るまでいつまでも絡みついてきて、私は人知れず肌を粟立たせた。




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