【第二十七話】手紙とハーブティー
とある休日。
出かける支度をしながら、私は先日の昼休憩から後に起こった顛末を思い出していた。
あの日の放課後、ウィリアム様と行動を共にしていたフィンレー王太子は、偶然行き合ったシャーロットがウィリアム様へ親しげに話しかけた事に驚いた。
彼は事の次第を聞いて難しげな顔をしていたものの、少しの間の後その表情を霧散させた。
そして、
「シャーロット嬢、俺とも是非仲良くしてほしい‼︎シャーロットと呼んでもいいか?俺の事もフィンレーと呼んでくれ‼︎」
と人懐っこい笑顔で笑ったのだ。
「そんな‼︎公爵卿のみならず王太子殿下まで、そんな畏れ多い事を…」
と慄いたシャーロットだったが、フィンレー王太子の捨てられた子犬のような視線と
「ウィルは良くて俺はダメなのか…?」
という言葉に耐えきれず陥落。
その後彼らは急激に仲良くなり、今ではすっかり3人で話す機会が増えた。彼らは各々着眼点が違うようで、お互いの見解を話す事は良い刺激になっている様だ。政治や経済の在り方、興味がある研究分野、はたまた好きな食べ物についてなど、その会話内容は多岐に渡る。
(『君と白薔薇』のシナリオ通りに現実世界の出来事が進行しているのを私は悲しむべきなのか、それとも危険が予測しやすいと喜ぶべきなのか…)
そんな事を考えていた私は部屋の時計を見て時間の進みに驚く。慌てて服装を整え、机の上に置いてあった鍵を引っ掴むと足早に部屋を飛び出した。
「うはは‼︎遅れそうだったからっていっても急ぎ過ぎだろ‼︎シャツの裾もずるずる、靴下も左右違うし…。ぶふッ…悪い、見れば見るほど笑いが込み上げてきちまって…はは、うはははははは‼︎」
「んふっ、ライリー、そんなに笑ったらリアに失礼よ。ほら、よく見ればこの格好だって趣があって良…んふっあはははは‼︎あー、もうダメ‼︎リア、あなたのセンスは最高よ‼︎あはははは‼︎」
腹を抱えて笑う双子を前にして、私は無表情のまま格好良さげなポーズを決める。
それを見た双子は益々笑い転げて、遂には待ち合わせ場所の店の横で地面に伏してしまった。
「はぁー…。んふふッ、はぁーーー…。もう‼︎リア、笑わせないでよ。わたし笑死するかと思ったわ‼︎」
「最後の方なんてオレたちにトドメを刺すつもりでポージングしていただろ‼︎いい加減にしろ‼︎」
「さぁ、何のことだか」
2人からの抗議を素知らぬ顔で聞き流しながらコーヒーを嗜む。
ポピーは時折肩を震わせていたが、深呼吸して息を落ち着かせるとハーブティーを手に取った。何でも、この店の自慢は色とりどりのハーブティーらしい。
彼女は澄んだ緑色をした液体を口に流し込むと、味わう様にゆったりと嚥下した。
「…フレッシュな味がするわ‼爽やかさを求める人には良いかもしれないわね」
満足げな顔をする彼女の横で、ライリーも同じ色のハーブティーを飲み進める。
「うん、悪くないな。店主にこのハーブの仕入れ先を聞きたいところだ」
ハーブティーの感想を言い合う彼らを眺めながらもう一口コーヒーを飲み下すと、私は彼らに話しかけた。
「それでどうして2人はわざわざ王都にやってきたの?ムーア公爵領から王都はそう遠くないとは言っても、気軽に来られるような距離じゃないよね。行商目的?」
私がそう言うとライリーは頷く。
「そう、オレは行商目的。王都の流行りの品を調べにやってきたんだ。んで、ポピーは王都に引っ越すからその下見で一緒に来た」
「王都に引っ越す…?」
彼の言葉を鸚鵡返しにすると、ポピーが前のめるように私に近づき、私の手を握った。
その榛色の瞳はきらきらと輝いている。
「そうなの‼︎わたしは以前から服飾の仕事をしたいと思っていたのだけれど、この度晴れてエバンズ服飾店でグレース様に弟子入りする事が決まったのよ‼︎」
「えっ‼︎あのエバンズ服飾店に?」
私は驚き、思わず目を見開いた。
エバンズ服飾店とは王都でも指折りの仕立て屋だ。エバンズ服飾店を切り盛りするグレース・エバンズは国でも名の知れたデザイナーで、その上品でありながら斬新なデザインは数々の人々を虜にしてきた。
「それにしても、どうしてムーア公爵領に住んでいるポピーが王都にいるマダム.グレースと接点を持つ事ができたの?」
私がそう尋ねると、ポピーはぱちりとウィンクした。
「それはね…手紙よ」
目を瞬かせる私の目の前で、ポピーはいそいそと紙の束を取り出す。それは幾つも重なった封筒だった。
「最初はダメで元々だと思っていたの。ただでさえマダムの元には弟子になりたい人々が大勢押し掛けているって話だったし…。わたしみたいな小娘は相手にされないだろうって思いながら、服に関する考察と素人ながらも自分で仕立てた服を小包で送ったのよ。そしたら…」
うふふ、とポピーは夢見るような顔で笑う。
「なんと、マダムから返事が返ってきたの‼︎わたしの考察に関する検討と、わたしが作ったお洋服についての感想を述べたお手紙がきたのよ。わたし、ご迷惑かもしれないとは思ったけれど何度もマダムに自分でデザインした服と考察の文章を送ったわ」
ぽわぽわとした瞳をしながら彼女はいくつかの手紙の中から一通の封筒を抜き出す。
「このお手紙が来た日の事は今でも忘れない。弟子になりませんかっていう文を何度も読み返した。わたしはすぐに返事を書いたの‼︎『はい、もちろん‼︎喜んで‼︎』って‼︎」
そう言いつつ笑う彼女はとても幸せそうで、私は柔らかな気持ちで目尻を下げた。
「それは本当に良かったね。心からそう思うよ。おめでとう、ポピー」
私がポピーに微笑むと、彼女はにっこりと笑みを浮かべる。
そんな彼女の横でライリーは嬉しそうながらも喜びきれないような曖昧な笑顔を作った。
「ま、頑張ってこいよオレの片割れ。失敗してムーア公爵領に帰ってくるようなら、両手を広げて慰めてやるよ」
ライリーがそう言うとポピーはライリーの肩をぺちぺちと叩く。
「もう‼︎素直じゃないんだから。そう寂しがらないでよライリー、生きていればまた会えるわ‼」
ポピーは私の方へ向き直ると、
「これからは王都、しかもルーク王立学園の近くに住むことになるの。良ければ時間がある時に会いましょうね、リア‼︎」
朗らかに笑ってそう言った。




