【第二十五話】校舎裏
鮮やかな紅葉が散り、外套無しでは外を歩けなくなってきた時分。ウィリアム様は昼食を持って、私を伴い校舎裏へ向かっていた。
「こうして2人でゆっくり出来る機会は久しぶりだね。新学期は慌ただしくて、送り迎え以外では中々リアと2人になる事がなかったから。ふふ、何だか嬉しいな」
そう言って微笑むウィリアム様の姿に胸が暖かくなり、私は彼に微笑み返した。
ウィリアム様はより一層笑みを深めると前方へ目を向ける。
「もうすぐそこだね。ベンチに先客が居ないといいけれど…」
そう呟きながらウィリアム様は建物の陰から校舎裏を覗き込んだが…。
「…?」
怪訝そうな顔をしたウィリアム様の横から私も顔を覗かせる。
校舎裏には何人かの男女が屯していた。
「何だろう、何かを取り囲んでいるようだけれど…」
屯する男女が蠢くのに合わせて囲まれているものがちらちらと見え隠れする。
「あれは…シャーロット嬢?」
その赤茶けた波打つ髪は、確かにシャーロットのもののようだった。
耳をすませば彼女を取り囲む男女の声が聞こえてくる。
「平民風情が由緒あるこの学園に入学するなんて恥を知りなさい‼︎」
「貴様は随分と大勢の貴族たちに取り入っているようだが、仲良くしている貴族たちの気が知れない。身の程を弁えろ」
「ここは貴族や王族がより教養を深め合う為の場。平民如きが入り込める場所ではなくってよ」
その声を聞いてウィリアム様は表情を厳しくした。
「選民意識の強い貴族たちか。1人を多人数で囲み、いたぶろうとは何と愚かしい…」
そう呟き、ウィリアム様が彼らの方へ一歩踏み出した瞬間。
「あたしは特待生制度というこの学園が実施している正規の制度から入学しました。あたしの存在に文句があるのなら、正々堂々と学園へ直訴してはどうですか?」
迷いのない反論が辺りに響いた。
その凛とした声にウィリアム様が足を止める。
シャーロットは取り囲む貴族たちに向かって言葉を続けた。
「自分たちが正しいと思っているのならこんな校舎裏でこそこそとしていないで皆んなの前で大っぴらにあたしを糾弾すればいい。なのにそれが出来ないのはどうして?」
彼女を取り囲む貴族たちは動揺する様に身じろぎする。
「平民のあたしが気に入らないからといって取り囲み、暴言を浴びせる姿は滑稽だわ。今の自分たちの姿を客観的に見直してみたらいい」
曇りのない彼女の瞳に貴族たちが黙り込む。
その様子をぐるりと見渡すと、シャーロットは何でもないように口を開いた。
「あたし、これからお昼を用意しなければならないの。もうこれ以上用事がないなら失礼します」
彼女がそう言った時だった。
「まだ話は終わっていないわ」
1人の令嬢がその場にそぐわない上機嫌な声で話を切り出した。
「わたくし、知っていますのよ。あなたのお母さまは、殿方にはべるお仕事をしていらっしゃるのよね?」
その言葉にシャーロットは動きを止める。
それに気を良くしたらしい貴族の令息たちが、シャーロットに向かい嘲った。
「はっ、自分の母親が娼婦だなんて、おれだったら恥ずかしくて外に出られないな。ましてや学園へ通うなんて厚顔無恥な真似は出来ないよ」
「子は親に似るっていうし、親子共々あばずれなんじゃないか?ああ汚らわしい。間もなく学園を去るにしても、短い学園在学中に腹に子を宿すなんて事はしないでくれよ。学園の品位が疑われる」
シャーロットが顔を俯かせる。
「どうした、自分の身の程がようやく分かったか?」
囲んだ貴族たちが勝ち誇った様に嗤った。
「…に、…るの」
シャーロットの赤茶けた髪が揺れる。
「あ?なんだって?」
「あんたたちに、何が分かるの‼‼︎‼︎」
その大音声は、校舎裏の空気を震わせた。
「母さんは、あたしをここまで育ててくれた自慢の母さんよ‼︎貧しさに苦しみながらも必死にお金を稼いであたしを育ててくれた凄い人だわ‼︎」
シャーロットは勢いよく顔を上げるとキッと貴族たちを睨む。その手は彼女の激情を表す様に強く握りしめられていた。
「そもそも‼︎貧困に喘ぐ民たちがいるのも、生きるに困った女たちが娼婦に身を落とさざるを得ない状況が蔓延っているのも、政治を司る貴族や王族のせいだわ‼︎安心して民たちが生きていけるように社会保障を整えるのが政治を司る者の役目なのに、自分たちの無能を棚に上げて娼婦を罵るなんてあんたたちの方こそ厚顔無恥よ‼︎」
「なっ…⁉︎」
すっかり勝ったつもりでいた貴族たちはシャーロットの怒りに満ちた叫びに言葉を失う。しかし自身を取り戻した貴族のうちの1人が憎々しげな顔で怒鳴った。
「なんだと⁉︎貴様…‼もう一度言ってみろ‼︎」
それを聞いてシャーロットはより強く怒りを露わにした。
「何度だって言うわ‼︎人の母親を嗤い、自身の不行届きを自覚せず娼婦を嘲るあんたたちは恥知らずよ‼︎」
「こいつッ…‼︎」
貴族の令息がシャーロットの髪を掴む。
髪を引っ張られたシャーロットの顔が痛そうに歪んだ。
ウィリアム様はそれを見て我に返ったように彼らの方へ足早に近づいた。
「君たち、やめないか‼︎」
混沌とした場にウィリアム様の声が鳴り渡る。
憎々しげに振り向いた貴族の男女がウィリアム様の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。
「ムーア公爵卿…⁉︎」
彼らは動揺したように後退る。
そんな彼らにウィリアム様は厳しい目を向けた。
「君たち、いったい自分たちが何をしたか分かっているの?学友への暴力、そして暴言の数々…。見過ごす事は出来ない」
ウィリアム様がそう仰ると、彼らは震え上がった。
しかし。
「ムーア公爵卿、いいんです。この人たちがこの場から居なくなってくれさえすれば、もういいわ」
シャーロットはそう言って唇を噛み締める。
彼女は自分を囲い込んでいる貴族たちを一瞥すると、
「去って。もう2度とあたしの前に現れないで」
と吐き捨てる様に言った。




