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23.支え合うふたり

 ()()()以来、リベルトがオリヴィア達の部屋に現れる事は無かった。オリヴィアは一抹の寂しさを感じながらも、それが今の自分達を隔たる全てなのだと納得してもいた。

 思えばいつもリベルトが来てくれていた。彼が来なければ――彼が来ないことを選択すればこうして簡単に終わる関係。会いに行く勇気もない、会いに行けるだけの理由もない。


 オリヴィアは自嘲に笑うと、鏡の魔導具に映った自分の顔を眺めた。

 目元にクマが出来ている。寝付きが悪くなっているからだ。やっと眠れたと思っても夢見が悪くてすぐに起きてしまう事を、ここ数日は繰り返していた。


 それだけではない。

 何をしても悪意の棘に狙われているようで、気が休まらないのだ。食欲も無くなり、何だか少し頬が落ちてしまったかもしれない。



「……オリヴィア?」


 掛けられた声は心配そうに翳っている。

 物思いに耽っていたオリヴィアは、はっとした様子で顔を上げた。ロザリアが気遣わしげに天色の瞳を曇らせていた。


【ごめんなさい、大丈夫よ】

「大丈夫じゃないでしょ、もう……。ソファーで横になっていてもいいわよ」

【ありがとう。でも本当に大丈夫。あともう少しで終わるから、頑張らせて】


 オリヴィアはそう言うと、手元の鏡を布で磨いた。

 解呪が必要な魔導具はあと三つ。厄介な呪いが掛けられているものばかりだが、ロザリアとオリヴィアなら二日もかけずに終わるだろう。それはこの城での滞在が終わるということも意味していた。


 しかしオリヴィアには気にかかる事があった。

 リベルトと仲違いをしてしまった事以外にも、もしかしたらそれ以上に気にかかる事が。不安や焦燥感に襲われたオリヴィアは、魔法黒板を持った。起動の魔石に触れる指先がひどく冷え込んでいた。


【姉さん、最近のお城ってどう思う?】

「最近? あたしには別にいつも通りに見えるけど……。でもあんたがそれだけ(やつ)れちゃってるんだから、何かあるんだろうなとは思ってる。侍女達の悪意がすごい?」

【ううん、姉さんが侍女をわたしに近付けないようにしてくれてるでしょ。だから大丈夫なんだけど】


 オリヴィアは一度そこで文字を消した。

 深く息を吸い、そして吐く。それを繰り返してからまた魔法黒板に魔力を流す。


【このお城自体が靄に包まれ始めてる】

「……それはあんたが体調を崩すのも当然だわ。もっと早く言いなさいよね」

【ごめんね】

「心配を掛けさせたくないとか、そんなところだろうけど。あたしはあんたが一番大事なのよ。わかってる?」

【もちろん。でも、わたしひとりで家には帰らない】


 紡がれる碧色の文字に、ロザリアは息を詰めた。

 あとは自分一人でも出来るから、先に家に帰ってなさいと言うつもりだったのが見透かされていたからだ。


「……こうなった時のあんたは頑固なのよね」


 妹は繊細そうに見えて、実は頑固で我慢強い。芯が強いのは美点なのか、この状況では欠点なのか。ロザリアは説得を諦めると、オリヴィアの頭に両手を添えて髪を撫で乱した。

 予想外の行動に、オリヴィアが驚いたように目を丸くする。


「今日と明日で全部終わらせる。明後日の朝には帰りましょう」

【わかった。ありがとう、姉さん】

「家に帰ったら休ませるからね。そのクマが取れるまではベッドから出さないんだから」


 姉の言葉に本気を感じたオリヴィアは、ただ笑って頷いた。声は無くとも穏やかな笑みだった。



 ロザリアは改めて魔導具に向き直る。先程オリヴィアが磨いてくれた鏡の表面には、呪いの文言がこれでもかとばかりに刻まれていた。この鏡の虜になって、毎朝毎晩と鏡を覗き込まなければ気が済まなくなり、そのうち鏡に生気を吸われて死んでしまう呪い。

 元の魔導具としての力は、遠く離れた場所を映し出すものだったのに。可哀想な魔導具を(いたわ)るようにロザリアは表面を指でなぞった。


 鏡の表面に解呪の魔法陣を指で描く。魔力を指先に集中させて、呪いが反発出来ない程の弱さで、だが確実に描いていく。

 幾重にも絡み合った呪いがそれに応じて、ひとつひとつ解けていった。それを実感しているロザリアは徐々に魔力を強めていく。次第に呪力よりも天色の魔力が勝っていった。そして――


 キィン……!

 高い音が耳をつんざき、空気をこれでもかと震わせた後に、ぶつりと途切れた。断末魔のようなその音の余韻さえ消えた時には、鏡は元の輝きを取り戻していた。

 オリヴィアが鏡を魔法布で包み込む。それを見ながらロザリアはぐったりとその場に横たわった。


「疲れたぁ……」

【お疲れさま】


 鏡が他の呪いに汚染されないように魔法布でしっかり守ってから、オリヴィアは姉の傍に膝をついた。ロザリアの額に手を添えて、自らの魔力を流し込む。ロザリアのピンクゴールドの髪が、碧色の光に包まれていった。


「……ありがと、楽になったわ」

【わたしはまだ大丈夫だから、足りなかったら言って】

「ありがたいけど、だめよ。魔力回復が追い付いていないでしょ」


 眠れない、食べられないオリヴィアは魔力の回復がいつもよりも遅くなっていた。ロザリアがそれに気付かないわけもなく、指摘するとオリヴィアは気まずそうに眉を下げた。


 ロザリアは起き上がると、床に座り込んだままでオリヴィアの頬をそっと撫でた。


「ねぇ、この城自体が靄に包まれてるって、原因はわかる?」


 問いかけにオリヴィアは躊躇しながらも頷いた。魔法黒板に文字が流れる。


【悪意を持つ人が増えているの】

「それは、あたし達に対して?」

【ううん、キリルのように悪意をその身に宿した人達。悪意の塊、悪意を楽しむ人達がいる】

「キリルみたいなのがいっぱいいるって事? 最悪だわ」

【急に増えた気がするの。何に対してそれだけの悪意を持っているのか、恨んでいるのか妬んでいるのか憎いのか、それは分からない。でも悪意を煮詰めたような、とにかく怖い人達がいる】

「リベルトに聞くのが一番てっとり早いんだけど、あの朴念仁はさっぱり音沙汰ないしね。こっちから出向くのもちょっとアレだし……まぁいいわ。仕事が終わってそれを報告する時にでも教えてやりましょ」

【でも、また信じて貰えなかったら】

「それはその時。信じないでリベルトが危険な目に遭ったとしても、それは自業自得だもの。そこまであんたが背負込む必要なんてないわ」


 きっぱりと言い切るロザリアに対して、オリヴィアの表情は晴れなかった。

 姉の言うことは尤もなのだ。それ以上オリヴィアが出来る事もなく、その後の責任だって取れるわけでもない。それでもオリヴィアは、頷く事ができなかった。

 信じてもらえないかもしれない。それでも、リベルトが危険に晒されるのならどうにかしたい。


「もう……本当に頑固なんだから」


 オリヴィアの考えを読んだように、ロザリアは盛大な溜息をつく。その様子にオリヴィアは眉を下げて、ごめんねと唇だけで囁いた。


「謝らないで。あたしは……そんなあんたに、あたしは救われてるのよ」


 ロザリアの言葉を受け、オリヴィアが不思議そうに目を瞬く。意味を理解できていない妹の様子に、ロザリアはにっこりと笑った。


「オリヴィア、あんたがそうやって真っ直ぐに居てくれるから。あたしも真っ直ぐ居られる気がするの。あんたと同じように立っていれば、何にも恥じなく生きていられる。そうじゃなかったらあたしは(おご)って、力に溺れて、妬みに身を滅ぼしていたかもしれない」


 オリヴィアを見つめるロザリアの天色は、空のように澄んで美しかった。その瞳がどこまでも真っ直ぐで誠実で、オリヴィアは泣きたい気持ちを誤魔化すように姉へと抱きついた。

 受け止めたロザリアは背に両手を回して、自分からもきつく抱き締める。


 どこまでも優しい時間だった。

 窓から射し込むのは夕日影。寄り添う二人の影を、長く長く伸ばしていた。

 

 

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