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ドライブ×ドライバ -蒸気妖精物語-  作者: 長月東葭
第八章 -霊石とともに-
49/55

8-7 : そこに道がある限り




 ◆




 プァァアアアーンッ!!



 耳をつんざく汽笛に、ジェッツは顔をしかめていた。



「ちっ……うるさいぞ、レスロー……そいつは命乞いのつもりか?」



 異形と化した〈蟻塚ありづか〉に、己の心の形を見いだしたジェッツは、もう取り繕うこともしなかった。


 自分が生まれ育った故郷であり、恋人を奪った忌むべき土地でもある〈鉱脈都市レスロー〉への、黒い感情を燃え上がらせる。


 ドーンッッ!!


 ドーンッッ!!


 ドーンッッ!!


 ドーンッッ!!


 ビル巨人が大地を打ちたた轟音ごうおんが、汽笛の音色を消し潰す。



「残り、二百秒(、、、)……。それで全部終わる……全部、ただの荒野に戻るんだ。それを拝むのはこの俺一人だけでいい……そこまでやって初めて! 俺は世界を綺麗(、、)だと! 賞賛してやろう!!」



 ジェッツを駆り立てる、黒い炎。

 それは燃えれば燃えるほどに、熱を失う冷たい業火。


 修羅はとうに、人であることを辞めている。


 なればこそ、大深度〈鬼泥岩(きでいがん)層〉、地の底に蓋をする地獄の門が口を開けるその瞬間に、人など在ってはならぬと修羅(それ)は言う。


 その先に、たとえ――


「――その先に、たとえ何もないのだとしても! 俺は俺を止められない! サイハ! お前ならわかるよなぁ!? 俺たちみたいな男を突き動かすのは! 結局はこんな単純なこと! ここ(、、)で脈打っていやがる、得体の知れない衝動だ! ハははハはっッ!!」



 左胸をたたいたジェッツに呼応したビル巨人が、四対の組んだ拳を同時に振り上げる。

 全体の骨格までを弓反ゆみぞらせて、いっぱいに。


 サイハの逃げ込んだ坑道。その直上の地表は既に、地割れを生じて隆起している。


 次の一撃でもって、その場は完全に崩壊するだろう。

 サイハとリゼットを、何千トンもの岩の下敷きにして。


 感情の爆発したジェッツの魔的な表情から、その瞬間、すっと熱が引いた。



「……。……詰みだな、サイハ……――あばよ」



 ゴオォォォォオオッッッッ……………………!!!!!!!!


 巨人の腕が弧を描く。

 ただそれだけのことが、見る者を畏怖させる。


 あまりに巨大。

 あまりに強大。

 あまりに、狂的。


 現実感のない、白昼夢のような一瞬。


 それを経て――







 ドッッッッ…………………………と。







 視界が揺れた。


 音ではなく、衝撃が骨の芯を震わせる。


 決定的な落盤が起きたという確信。


 岩盤の隙間から噴き出した黒煙は、サイハたちのいた坑道が完全にひしゃげたあかしだった。



「サイハぁぁぁぁぁあああああーっっっ!!!!」



 聞こえたのは、はるか眼下で女たちが上げた残響。


 ジェッツが葉巻入れを取り出した。


 蓋を開ける。

 残りは一本。

 口にくわえて、火をける。


 深く息を吸い込むと、ジリジリと葉巻の先端で火の粉が踊った。


 肺に満ちた紫煙が血流に乗り、中毒物質をぶちまける。身体が熱を帯び、一時の陶酔の後、意識が澄み渡るいつもの感覚を得た。



「……。…………。……………………………………ふぅーっ……………………」



〝手こずらせてくれた礼だ、手向けにでもくれてやる〟――と、顔を上げたジェッツが煙を吐き出した。


 無風のなかを、紫煙が真っぐ、天へと昇ってゆく。


 そこへ、一陣の風が吹き……。



「…………」



 ジェッツはしばし、そのままの姿勢、そのままの表情で固まっていた。



「……………………」



 数秒後、ジェッツは目を見開いた。



「……………………っ…………………………」



 ジェッツが、くわえた葉巻をみ潰す。


 火がいていることも忘れ、ぐしゃりと握り締めていた。




 ◆




「――……よぉ……すげぇよな……人間のド根性ってやつは……」



 天に、再び。



「ハハッ、こンなモンでもッかい飛ぼうなンて、バカだよナァ、ほンとテメェは」



 チンピラ男と、暴力女の声。

 亡霊のそれではなく、それは確かな肉声で。


 それは天にヒラヒラと舞う、小さな影。

〈レスロー号〉よりも、ずっと小さくて頼りない。


 それはダブルベッドほどの大きさに帆を広げた、たこのように見えた。


 大剣(リゼット)の、〝刃の殻〟。

 それを限界まで展開させたもの。


 横坑が潰れる間際、地中へ届いたレスローの汽笛。

 サイハがそれに導かれた先、〈霊石〉の光で照らした先にあったのは、地表間近まで掘り上げられた縦坑だった。


 そして、サイハがその足元に見いだしたのは――大量の火薬を詰め込んだ木箱であった。


 どこにもつながっていなかった坑道。


 その正体は果たして、十年前までこの一帯を所有していた鉱夫組合、〈クチナワ鉱業〉の遺構。

 未使用の、発破用の横坑(、、、、、、)だった。


 火薬の爆風と、落盤で吹き上がった気流を銀の帆に受け。

 薄い岩盤をかち砕き。

〈レスロー号〉の翼さえ借りることなく、サイハとリゼットは再び空高く舞い上がったのである。




 ◆




「――〝死に損ない〟ってのは、お前のためにある言葉だな……」



 握り潰した葉巻の火でてのひら火傷やけどさせながら、ジェッツがつぶやいた。


 口調こそ穏やかだったが、その瞳にはこれまでよりも更に鋭い修羅の眼光。



「何度、俺を見下せば気がすむ、お前は……。天に一番近い所に手を伸ばすのは……あの太陽と日食をものにするのは……このジェッツだと、何度言わせれば……」



 静かに握り締められる黒鉄の爪。それが肉へと食い込み、ポタリ、ポタリと血が滴る。


 ビル巨人の八本腕が、威嚇する蜘蛛くものように広がり威容を示す。


 そしてジェッツの肩からゆらゆらと立ち上る、よどんだ色の〈霊石〉のオーラ。



「お前の後ろに……一体、何人分の意志を連れていやがる……」

 落ち着き払ったジェッツの声音は、その実怒りの頂点を突き抜けて感情を置き去りにしていて。

「折っても……折っても、折っても折っても折っても折っても……! また、立ち上がりくさって……!」



 ルグントのリミッター解除――日食まで、残り…………百秒(、、)


 サイハはその間際まで食い下がる。

 決して諦めることなく。

 そこに、まだ道が続く限り。


 上空、サイハが銀のたこの背で、〈粉砕公〉を背中に振りかぶるのが見えた。


 ジェッツの闘争本能が何かを予感し、ゾクリと背筋を冷たくさせる。



「……やらせるかよぉぉおーっ!! サイハぁぁぁぁああああーッッッ!!!!」



 予感(それ)を言語化し、知性で理解するより先に。


 ビル巨人が、拳を天へ突き上げた。


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