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ドライブ×ドライバ -蒸気妖精物語-  作者: 長月東葭
第七章 -負け犬どもの哀歌-
41/55

7-7 : ハミングドール




 ◆ ◇ ◆




 ズドン!

 ズドン!


 深い露天鉱床の底で、砲声がとどろいていた。


 ズシン。

 ズシン。


 砲声の合間に聞こえるその音は、鉄の巨体が大地を踏み締める音。


 幾本もの排気管から蒸気を噴き出し、重い機体が多重奏を奏でる。



「――く、うっ……! どっちに行った、ヤーギル!」



 機体足底部の履帯(キャタピラ)による爆走で激しく揺れる操縦席(コックピット)

 光るオタマジャクシたちのマスゲームモニターを凝視しながら、エーミールが叫んだ。



「ケロロン! 回り込まれましたぞ、七時の方向!」



 モニターに映りきらない背面の状況を、自らの権能で検知した(ヤーギル)が声で伝える。


 エーミールが両手を踊らせた。


 その指の動きに連動して排気音が音色を変えると、爆走中の機体が胴体部だけをぐるんと真後ろに向ける。


 そのモニター越しに、敵影。



「速いっ、追いつかれる……! 十番から十二番発射管、射出!」

「了解ですぞ!」



 ビシュッ、ビシュッ、ビシュッと、発射音が三つ続いた。


 直後、機体の外では目もくら閃光せんこう炸裂さくれつする。


 モニター上で極小の光るオタマジャクシたちがサァっと左右に散って、敵の消失を表示した。



「……く、危なかった……!」



「エーミール殿! 前! 前!! ブレーキをば! ゲロロォ!?」

「うっ!?」



 はっとして、エーミールが今度は両足でペダルを踏んだ。


 履帯(キャタピラ)が急停止する。


 エーミールが前方に向き直った先、モニターに映ったのは眼前にそそり立つ斜面だった。



「ゲッロロォン……! あ、危なかったですぞ、あと一歩で正面衝突でありますればっ」



「すまない、即興(、、)が遅れた……!」

 止めていた息を一気に吐き出し、エーミールが肩を上下させる。

「実戦は、譜面(パターン)どおりというわけにはいかないか……!」



 そして再び音色が響き、履帯(キャタピラ)が砂煙を巻き上げた。


 ……蒸気駆動外骨格、〈ハミングドール〉。


 その機体の操縦席(コックピット)には、ハンドルも(、、、、、)操縦桿もなかった(、、、、、、、、)


 手元に三段、足元に一段。

 ずらりと配置された〝鍵盤〟。


 それが、この鉄巨人の制御を可能とする機構であった。


 無数の鍵盤は、〈ハミングドール〉の各可動部の切替弁バルブと個別に連結していて、それらを単独あるいは同時に動作させることで機体の運動を制御する。


〝歩行〟・〝走行〟・〝旋回〟・〝跳躍〟……機械がある特定の動作を行うとき、鍵盤を押す位置と順序には規則性が生まれる。張り巡らされた百本近くの蒸気配管はそれぞれ長さが異なるため、その排気音は押される鍵盤ごとに音色がすべて異なる。


 それらが重なり、旋律となって――それはまるで、楽器の〝譜面〟だった。


 要求されるのは、演奏技術(、、、、)


〈解体屋〉開発部をして「操作性がピーキーすぎる」と言わしめた、これが歌う人形(ハミングドール)たる所以ゆえんであった。



『――なんだぁ? これまた随分とぶっとんだ代物を持ち出してきたもんだなぁ、えぇ? 〈解体屋〉ぁ』



 拡声器で大きくされたジェッツの声が、機体をビリビリと震わせてエーミールの耳にまで届いた。


 遮光板をバクンと跳ね上げエーミールが肉眼を凝らすと、〈蟻塚ありづか〉の中腹から飛び出るバルコニーにジェッツの立ち姿が見えた。



『ジェッツ……! メナリィは無事だろうな!?』

 エーミールのほうも、拡声器を通じて叫ぶ。



『おいおい、してくれそんな言い方。それじゃ俺が悪もんみたいだろ……。俺はCEO。悪党でもなけりゃ正義の味方でもない、経営者だ。そこんとこわかってくれよ、オーケー?』



『無駄口を……!』



〈ハミングドール〉の両腕が持ち上がり、腕部に装備された二門のガトリング砲がギラと黒光りした。



『ワーォ……だぁからやめてくれって、ミス・エーミール。あんたは澄ましてるほうが綺麗きれいだ』



『聞く耳持たん!』



 ジェッツの言葉を振り払い、エーミールが引き金を引こうとした、

 そのとき。



「――エーミール殿! 足元に!」

「っ!!」



 瞬間、エーミールの指が引き金から鍵盤へと移った。


 遮光板を閉鎖して、機体を急速後進させる。


 それはまるきり独り相撲だった。

 敵の姿はどこにもない。


 が、エーミールは素早く指示を飛ばす。



「三番、四番発射管、閃光せんこう弾射出!」



 火気管制を担当するヤーギルが、エーミールの声に応じて肩部発射管から砲弾を撃ち出した。


 殺傷能力を持たない強烈な閃光せんこうが、再び露天鉱床を白光の内に塗り潰す。



『やれやれ、まぶしいったらない……お宅、さっきから何一人でそんなとこ走り回っているのかね? 俺はただ対話で解決したいだけだというのに。暴力反対』



『白々しいぞ、貴様!』



 エーミールは今度こそ、ガトリング砲の引き金を引いた。


 ガガガガガッ!!


 八本一束にまとめられた銃身が蒸気の力で高速回転し、それに連動して弾丸が連射される。


 鉄の雨はしかし、〈蟻塚ありづか〉のジェッツをではなく、何もない地面を狙って放たれていた。


 そこに、ズォッとうごめく影……。


 そう、文字どおりの、〝影そのもの〟が動いたのだ。


 そびえ立つ〈蟻塚(、、)の落とす影(、、、、、)が、弾丸の掃射を避けて右へ左へウネウネと蛇行する。


 その光景を見下ろして、ジェッツが鬱陶しげに首をゴキリと鳴らした。



『あーらら……まさかとは思ったが、バレてるな、こっちのタネと仕掛けが。いつ気づいた?』



『先日の衝突で、不用意に私の前で権能を使いすぎたな、ジェッツ!』



 影はみるみるうちに後退し、本来の〈蟻塚ありづか〉の形となった。

 それ以前の影は、太陽の位置からするとまるでおかしな方向を向いていたのだということがよくわかる。



『貴様の〈蒸気妖精(ノーブル)〉は、影を操る! 移動するだけじゃない。対象の影をゆがめた分だけ、実体にそれを転写させる能力――岩だろうが鉄だろうが、影さえあれば粘土のようにねじ曲げる。負傷したルグントを修復させることも、リゼットを痛めつけることも簡単だろう!』



『はぁー……嘘だろお前? 一、二回遠目にやってみせただけで、普通そこまで考察できるかぁ?』



『〈解体屋〉を見くびるな……日頃から〈蒸気妖精(ノーブル)〉相手に渡り歩いていれば、洞察力と想像力は嫌でも身につく。……でなければ、とっくにくたばっているさ』



 ガトリング砲がジェッツの立つバルコニーへと向き、ガガガガガッ! と連射音がとどろく。



『自分で御高説を垂れたのなら、わかるだろう。ミス・エーミール……』



 撃ち出された弾丸の影が、〈蟻塚ありづか〉の影と重なる。


 そこで、ビタリ……と。

 ジェッツの眼前で、弾丸が停止していた。


 影がゆがむに合わせ、鉄の弾頭がベシャリと潰れる。



『……無駄だ。俺への攻撃は、たとえ弾丸だろうが通らない』



 その超常現象を、〈ハミングドール〉の操縦席(コックピット)からモニターしていたエーミールは――



「――ああ……そんなこと、百も承知だよ」



〈解体屋〉は、その手応えにニヤと笑った。


 ガララララ……と、両腕のガトリング砲が回転を止める。


 右腕の砲は仰角を向いてジェッツを狙い……、

 そして左腕の砲は、終始俯角を向いて(、、、、、、)掃射されていた(、、、、、、、)



「――ぐっ……!」



 その声は、ジェッツの手元――日時計に変形したルグントの苦悶くもんの声だった。



『いくら強力だろうと、無敵の〈蒸気妖精(ノーブル)〉なんてありはしない。影を通じて物体を好き放題にゆがめる……そんなことができる権能、影のほうが本体に(、、、、、、、、)決まっているんだ(、、、、、、、、)



 ジャキリッ。

 二門のガトリング砲が迷いなく狙いを定めたのは、バルコニーでも〈蟻塚ありづか〉の影でもなく――地面に落ちる、ジェッツの小さな影。



「やっと見つけたぞ……ルグント、お前の心臓!」



 ガルルルル!

 ガトリング砲が獣のようにうなり、高速回転しだす。



「なっ……!? や、やばい……! ルグントぉ!」



 ジェッツの顔に初めて焦りが浮かんだ。


〈蟻塚〉の影(ルグント)に命じる。あの鉄人形を潰せと。



「させるかぁ!」



 ビシュッ!

 ビシュッ!

 ビシュッ!


〈ハミングドール〉が閃光せんこう砲弾を一斉射して、これまでで最大の白光が満ちた。

 エーミールの足元へと迫っていた〈蟻塚ありづか〉の影がき消され、ルグントは攻撃手段を失う。


 無影の閃光せんこうのなか、ルグントの弱点たる操者(ジェッツ)の影だけが、消えることなくぽつんと浮かび上がっていた。


 その影を目がけ、弾丸の嵐が地面を削る。


 ガガガガガッ!


 ジェッツは咄嗟とっさに走って影を射線から外そうとするも、足をもつれさせて不格好に転倒する。


 引き金を引きっぱなしのガトリング砲が、ガヂンッと撃鉄を空振らせたのはその直後だった。



「ちぃ……! こんなときに!」



 転倒して動けないジェッツと、弾切れを起こしたエーミール。


 閃光せんこう弾の効果は残り数秒。


 バシュウッ!

 ガトリング砲を切離(パージ)して、エーミールが鍵盤をたたく。


〈ハミングドール〉がパイプオルガンのように歌い、機械腕(マニピュレーター)を振り上げ、ジェッツの影目がけてごうと突進した。


 閃光せんこうが消える。


 陽光が戻り、周囲に物影が差す。


 ズシン!


 岩が砕け、土が吹き飛ぶ衝撃。



「――はぁっ! はぁっ!」



 遮光板を跳ね上げて、エーミールが自身の目で状況を確かめた。


 地面に刺さった鉄腕が、人影を穿うがっていた。


蟻塚ありづか〉は権能を失い、ただの影を落としている。


 バルコニーを見上げると、転げたままのジェッツが頭を抱えて震えているのが見えた。


〝終わった〟……操縦席(コックピット)に身を沈めたエーミールが、深く息を吐いた。



「……はぁ、はぁ……。……ヤーギル……聞いてるかい……?」



 ささやくように、エーミールが相棒の名を呼んだ。



「ケロケロ、小生はここにおりますぞ。いつでも、貴女あなたそばに」



 ヤーギルが、優しい声を返す。



「これで、少しは……私も役に立てかな……」



「それはもう、勿論もちろんですとも」



「世話に、なったんだ……この街の人たちには、本当に」



「楽しそうでしたぞ、この街に来てからのエーミール殿は」



「ああ、良い街だよ、とても……」

 脱力するように、エーミールが目を閉じて。

「だから、メナリィをオケラ亭に帰してあげたら……そのまま、ここを出ていこう。別れが、つらくなる前に……」



 因縁と未練にけりをつけ……エーミールが、吹っきれた微笑を浮かべた。











 ………………………………………………そこに。











 緊張が解けた反動で、エーミールがぐったりとしているときだった。



「――!!」



 何かが聞こえる。



「――さん!!」



 誰かが、誰かを呼ぶ声が。



「――ミールさん!! エーミールさぁんっ!!」



 それは、よく知っている声……


 ……メナリィの、声――



「――っ!!」



 エーミールが飛び起きる。


 のぞき窓から顔を出して、声の主の姿を探した。


蟻塚ありづか〉のバルコニー。

 手すりの柱にしがみついて、メナリィが声の限りに叫んでいた。



「……。…………これ、は……」

 エーミールが、足元を見下ろして。

「……メナリィ…………〝これ〟は、君の――」



 …………ジェッツと、メナリィ。


 バルコニーには、人間が二人いる(、、、、)


 ……だから、ここには――――影も(、、)二つあって(、、、、、)……








 ――私が、攻撃したのは……メナリィ…………君の影(、、、)じゃないか……。








 震わせていた身体の下から、ジェッツの目がのぞく。


 怒りと歓喜の色をたたえた、獰猛どうもうすぎる、ヘビの目が。



 グニャリ……



「――……ああ、ようやく…………捕まえたぞ、クソアマぁ……」



 ルグントが、依代よりしろを〈蟻塚ありづか〉から乗り替えて。


 メナリィの影(、、、、、、)が、蠢いて………………………………エーミールに絡みついた。


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