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ドライブ×ドライバ -蒸気妖精物語-  作者: 長月東葭
第七章 -負け犬どもの哀歌-
38/55

7-4 : 操者の資格

 ごそり……。


 ベッドの上でうずくまっていたリゼットが、シーツの下から顔を半分だけのぞかせる。


 包帯を巻きつけていないほうの目で、二日振りに見るサイハの顔をにらみつけた。


 サイハは何も言わない。

 一歩も動かず、ただリゼットの言葉を待っている。



「……。……ハッ、よくもそのツラ、アタシの前にまた見せる気になれたモンだナァ、テメェ……」



「…………」



 非難の声を浴びても、サイハは動じない。リゼットから片時も目をらさない。



「アァ、わかるゼ? オマエらじャどうにもデキねェモンなァ?」

 リゼットが刺々(とげとげ)しい言葉を重ねる。

「ルグント……アイツはアタシと同じ特別製、〝爵号持ち〟だ。街の連中が束になッてかかろうが、ゼッタイにかなわねェヨ。ハハッ! だからアタシのこと探してンだろテメェ?」



「……あぁ……お前の言うとおりだ」



〝ズボシ突かれてそのいけ好かねェツラゆがめやがれ〟――そんなリゼットの思いに反して、サイハは真顔のまま首肯した。


 ピクリ……。

 リゼットの口元が引きる。



「……ハン! 強がる余裕もねェか、イイ気味だゼ。オラ、だッたらもッと、頼み方ッてモンがあンだろ?」

 ベッドに身を起こしたリゼットが、包帯だらけの痛々しい姿をあらわにして。

「アタシのこと、こンな目に遭わせたンだからナァ!」



 深紅の瞳をカッと見開き、リゼットがサイハを糾弾する。



「ンなとこに突ッ立ッてないで! びて見せろヨ! アタシに! ワルかッたッてッ!」



 ――バカ…………ンなことが言いてンじャねンだよ……。



 リゼットが胸の内でそうつぶやくなか、サイハがリゼットの正面に立つ。


 そして、サイハは腰を直角に折って。



「…………悪かった、リゼット。……オレが、悪かった」



 躊躇ちゅうちょも屈辱の色もなく、サイハは深く頭を下げてみせていた。

 リゼットが口にした要求のままに。



「……ハハハハッ! コイツはイイや!」

 リゼットが破顔して。

「でもナァ、そンなンじャ足りねェ、足りるワケがねェ……びる気があンなら、いつくばッてびろヨ!」



 ――……違うダロ……違うダロが、アタシ……。



 デキるモンならナァ! と、リゼットが笑い飛ばす――――が。


 わずか数秒後……目の前で土下座したサイハの姿を目にして、リゼットは、そのままの表情で顔を凍りつかせていた。



「――全部。全部、オレが悪かった」

 床に額をこすりつけ、サイハが吐露する。

「この二日間、ずっと逃げてたんだ、オレ。お前に謝りもせずに。お前のこと探そうともせずに……。……お前に乱暴して、お前のことこんなにボロボロにしたのはオレなのに。ほんとに最低のくず野郎だ、オレは」



「……。……ハ……ハハッ! ハハハッ!」



 ゴリッ……と。


 リゼットが、ブーツでサイハの頭を踏みつけた。



「……やッぱオマエ、よッぽどこのアタシに踏まれたいンだなァ! ハハハ! ハハハハッ!」



 ――ホラ……オマエ、コレ嫌いだろ? アタシのことバカにしろヨ……いつもみたいに。



 ヒールをグリグリとやりながら、リゼットはサイハが「いい加減にしろこらぁ!」と怒鳴り返してくるのを待つ。

 今か今かと。


 が。



「お前の気が晴れるまでやってくれ……。骨の二、三本は覚悟してここに来たんだ、オレは」



 サイハは静かに、リゼットに踏まれるままに身を任せる。

 ゆるされるまで、どんな罰でも受けるつもりらしかった。


 リゼットはそんなサイハを見て、剥き出しの歯をギリッとんだ。



 ――ちげェ……ちげェンだよ! アタシがほしいのは、そういうコトじャねェ!



「……アッソ」



 荒ぶる心とは裏腹に、リゼットはすっと目を細めた。

 努めて、冷酷に見えるように。


 リゼットが靴紐くつひもをシュルリと解く。

 ブーツを放り捨てる。

 ソックスを脱ぎ、裸足はだしこうをサイハの顎に引っかけて、クイッと上向かせた。


 そうまでされてもなお、サイハの赤土色の瞳は真剣なままで全くぶれなくて。



 ――だから……! ソノ目、ヤメロよ……!



 胸の内で叫ぶ己の声に、リゼットは必死に、無表情の蓋をして。



「………………舐めろ(、、、)。クソヤロー」



 これで反抗しなければうそだと思った。


 いくら下手したてに出ようが、この屈辱には耐えられまいと。



 ――怒れヨ、なァ、いつもみたいに…………………………頼むから(、、、、)



 心の内でそうつぶやいてしまった自分の声を、リゼットは必死に無視し続けた。


 どちらが先に音を上げるか、これはチキンレース――少なくとも、リゼットはそう考えていた。


 だからサイハが言われたとおりに、リゼットの白い爪先へ舌を伸ばしてきた瞬間――



「――ッ、やめろゴラァ!」



 彼女は、我慢の限界に達した。



「どべふっ?!」



 顔面にリゼットの素足がめり込み、サイハが吹き飛ぶ。


 鼻血の滴るのを押さえながら、なおもサイハが真剣な顔でリゼットの足元へい寄ろうとすると――



「……リゼット?」



 サイハの見上げたその先には、狼狽うろたえるリゼットの姿があった。



「バッ…………ッカじャねェの?! さすがにソレはイヤがれヨ! ナンなんだよテメェさッきから!?」



 自分から「めろ」と言った末にアバババと動揺しだしたリゼットに、サイハは困った顔になる。



「いや……だって、お前がめろって言うから……オレに断る権利なんてないし……」



「ハァァァァアアーッ?! キンッモ! ナニそれキッッッモ!? ウワ……マジかよ、アタシ寒気してきた……」



 自分で自分の肩を抱いて、リゼットがサイハへ白い目をやる。



「な……! やっぱりお前、そんな大怪我(けが)でほっつき歩くから……! 熱でもあるか?!」



 悲壮な表情を浮かべたサイハが駆け寄って、リゼットに額をくっつけて体温を測ろうと試みる。



「ッ……?! ッめろやボケェッ!!」



 仰天したリゼットがっていた左腕も動員して、全力でサイハを押し返した。



いてぇ!」

 尻餅を突いたサイハがうめく。



「アデデデデッ……!」

 リゼットも全身の激痛に苦悶くもんの声を漏らした。


 そこへ更に駆け寄ろうとしたサイハに向けて、リゼットはとうとう音を上げていた。



「……アタシは! テメェに謝られたいンじャねェ!」



 ピタリ。

 サイハがその場で停止する。



「は……? いや……だってお前、さっきオレにびろって――」



()ッげェンだよ! イヤ、確かに言ったケド! 言ったケド、そーいう意味じャねェ!」



「え? 何……え、どういうこと……???」



 首をかしげるサイハ。


 上手うまく伝えられないリゼットが、グギギギ……とじれったそうに頭をき乱す。



「……何かコウ……もッと何かあンだろ?! 『チョーシに乗ンなよリゼット……!』とか! 『誰がナメるかよ、オマエこそナメてんじゃねェぞコラ』とか!」



「え? は? 何? それはオレに怒れって言ってるのか……? そ、そうか……よくわからんが、お前がそういうプレイが好きってことなら――『調子に乗んなよリゼット!』……?」



 さっぱり理解できないが、それが望みだというのなら……と、クワっと強面こわもてになったサイハが棒読みですごむ。ひどい三文芝居だった。


 深まる混迷に、リゼットが苦虫をみ潰したような顔になる。



「ア゛ーッ……もゥッ! なンだコレ?! さッきから!」



「お、お前がやれって言うからだろ……!」



「テメェのせいで何かヘンな流れになッたンだろがバカヤローが!」



「そっちが意味わからんこと言うからだろ!?」



「だァから! アタシはテメェとは二度と組まねェッつッたけど! テメェッてのはテメェのことじャなくて……! ??? 何が言いてンだよアタシはよォ?! ア゛ァ!?」



「オレにくなよ?! そのキレ方は理不尽すぎる!?」



 重苦しかった空気は完全に吹き飛んでいた。ぎゃーぎゃーと痴話喧嘩(げんか)めいた応酬の末、叫び疲れた両者が互いの背中にへたり込む。



「――ハァ、ハァ……アタシは……! アタシはただ、乱暴にされるのが、ヤだッたダケで……コウいうのはベツに、ヤじャない、ッつーか……そーいうコトだよ! わかれよ、バカが……」



「はぁ、はぁ……あぁ、ほんっと……面倒くさいな、お前の語彙力……」



 先日のダメージが残ったまま、お互い手が出る肉体言語を交わし。

 サイハはようやく、リゼットの言わんとすることをみ取るに至った。



ただいつもどおり(、、、、、、、、)にしてろって(、、、、、、)? ……オレ、完全に謝り損じゃないかよこれ……」



「うるッせェ……アタシにひどいコトしたのは変わンねンだよ……」



「……それは……悪かった、本当に……」



 そこで黙り込んだサイハの震えが、背中越しにリゼットへと伝わる。



「……オレ、お前が目の前で壊れてくの見せられて……怖かった、怖かったんだ……! とんでもないことしちまったって……ひどいこと、しちまったって……!」



 身体だけでなく、声まで震えて。

 そんなサイハの体温を背中に感じて、リゼットは「辛気しんきクセェ」とめ息を吐く。


 サイハがどれだけ、その心の痛みに苦しんでいたのかを知る。



「……ンだよ……アタシばッか痛がッてンのが、バカみてェじャン……」



 ぼやきながら、リゼットがよろりと立ち上がった。

 ボタ、ボタ……と、血が滴り落ちる。



「チッ……傷口が塞がッてなかッたか、クッソ……」



 そこでチラとリゼットが視線を横へ向けると、彼女の流血にサイハがまた顔を青くしていて。



「アーもォ! ヤメロッてのそのツラ! サイハのクセに、メソメソしやがッて!!」



 そしてぶん殴る勢いで突き出されたリゼットに拳は、サイハの眼前でてのひらを上に向けていた。



「ン!」

 それは何かを要求する仕草。



「……何だよ、この手……?」

 わけがわからず、涙声のサイハが問い返す。



「……カーッ……! コレッつッたら〈霊石〉だヨ! れ、い、せ、き!」



 そんなものを今何に使うというのか、相変わらずの会話の飛躍にサイハはついていけない。


 サイハが恐る恐るポケットから〈霊石〉を取り出すと、リゼットはそれを引ったくってボリボリと食らった。



「――ゴクリ…………ウェ゛ー、まッず……」



 ぼやきながら、リゼットが頭に巻いていた包帯を解いた。


 血がにじんでいたはずのそこに、今や傷は跡形もなくなっていた。



「こンなンじャ全然足りねェ……オラ、もッとねェのかヨ」



 リゼットが深紅の双眼でにらむと、唖然あぜんとなりながらも何かを察したサイハがベッドを指差す。



「……そいつの、下に……隠してある……」



 聞くが早いか、リゼットはベッドを蹴り動かして、その下に秘匿されていた隠し収納を暴いた。


 床下から、大量の〈霊石〉が現れる。



「ハンッ、こんなタメ込みやがッて……」



 そこからは、石を両手にボリボリ食らうリゼットを、サイハがぽかんと眺めるばかりだった。



「――もッかい、葉巻ヤローのトコに殴り込むンだろ?」



 ボリボリ……ゴクリ。

 リゼットがいくつもの〈霊石〉をみ砕き、飲み込んでゆく。



「――アタシがいねェと、始まンねェンだろ?」



 ボリボリッ、ゴクリ。

〈霊石〉をらうたび、血で汚れた全身の包帯が鬱陶しそうに解かれてゆく。



「――ウゼェンだよ、アタシのケガ見てイチイチ泣きベソかきやがッて……直せばイインだろ、直せば!」



 ボリボリッ、ゴクリ。

 ボリボリッ、ゴクリ。

 ボリボリッ、ゴクリ。


 ……サイハの隠し財産を半分ほど平らげる頃には、リゼットの身体には傷跡一つ残っていなかった。



「……どうなってんだよ、お前の身体……!」



「アタシは、道具でもモノでも、ニンゲンなンかでもねェ。―――〈蒸気妖精(ノーブル)〉を、めンなよコラァ……」



 深紅の瞳が、真っ赤に燃え上がる。

 石を食らったリゼットの口元から、蒸気が立ち上る。



「うっ……!?」

 それを見て、サイハは息をんだ。


 リゼットの権限強奪(ウラワザ)

 自分サイハの意思に反して、彼女に肉体を操られた記憶がよみがえる。



「……《コード、283――」

 リゼットの口から言霊が紡がれる。

 どんな意趣返しをされるのかと、サイハが身をこわばらせたところに続いた声は。

「――『立て(、、)』 》、サイハ」



 その言葉に、塞ぎ込んでいたサイハの身体がすっくと立ち上がった。



「《コード144、『泣くな』 》」

 サイハの前へと歩きながらリゼットが追加で告げると、彼の涙がぴたりと止まる。



「《コード205、『胸を張れ』 》」

 更に続けて。命じられるまま胸を張ったサイハに、全快したリゼットが対峙たいじする。


 そして……トンと彼の胸に拳を押しつけ、彼女は笑った。

 サイハのよく知る、生意気な顔で。



「しョげンな。泣くナ。ビビるな」

 熱と蒸気を血肉へと変え、リゼットが大見得(みえ)を切ってみせる。

「アタシの操者(ドライバ)は、夢だロマンだッてうるせェバカじャなきャ勤まンねェンだよ」



 リゼットからほとばしるエネルギーが、押し当てられた拳を通じて流れ込んでくるようだった。


 膨大な熱量が、心臓から全身へ。

 胸いっぱいに吸い込む空気が、圧力を上げてゆく。


 そんなものを正面からたたき込まれては……どうあっても、燃え上がってくる。



「マズいモンたらふく食わせやがッて……メナリィのメシでクチ直ししなきャ気がすまねェからナ、アタシ」



「……にひひ……くはははっ! あぁ、そのときはオレのおごりだ。好きなだけ食わせてやる!」



粉砕公(ドライブ)〉と、操者(ドライバ)――




 ――身体が、熱い。


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