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ドライブ×ドライバ -蒸気妖精物語-  作者: 長月東葭
第七章 -負け犬どもの哀歌-
37/55

7-3 : リゼット




 ◆ ◇ ◆




 人気ひとけのない空間に一人、彼女は横たわっていた。


 膝を抱き寄せ身体を丸め、銀の毛先をのぞかせて、シーツを被ってただじっとしていた。


 まるで、手負いの野良猫が自分の縄張に引き籠もり、傷の癒えるまで息を潜めているかのよう。


 捨て台詞ぜりふを吐いて〈ぽかぽかオケラ亭〉を去った後、痛む身体を引きずって、ねぐらになりそうな場所を一昼夜探し回った。


 それから結局〝ここ〟へ流れ着き、かれこれ丸一日こうしている。


 目を閉じても上手うまく眠れなかった。自分の記憶を、ただぼんやり眺める時間だけが過ぎてゆく。


〝記憶〟といっても、彼女のそれは数えるほどしかない。


 古代の技術遺物たる、中間二元存在――〈蒸気妖精(ノーブル)〉は、永い眠りから目覚める以前の記憶を持たない。


 だから彼女の記憶は、まだたった二週間分しかなくて。

 それを新しいものから順に辿たどるのも、これで何度目になるのかももうわからなかった。


 …………〈蟻塚ありづか〉でアイツのほうから口づけ(強制接続)された彼女は、そこから敗走するまでのことをよく覚えていない。ただ、アイツの()を見る目を思い出すと、胸がチクリと痛んだ。



 ――認めねェ……あンなヤツが操者(ドライバ)だなンて、ゼッタイ認めねェ!



 …………〈ぽかぽかオケラ亭〉が襲撃された日のこと。そんなことになっているなんて夢にも思わず、皆で夜明けまで機械を囲んで騒いだ夜。似顔絵コロッケを投げ渡すと、アイツらが笑顔になっていたのを思い出す。



 ――ハッ。めでたいアタシ(ヤツ)だゼ。そのあと乱暴にされるなンてことも知らずによォ。



 …………〈ぽかぽかオケラ亭〉ですごした日々。昼間は店の四人でてんてこ舞いで、夜はアイツの寝床で眠った記憶。



 ――聞き分けのねェヤツら……アタシは〈蒸気妖精(ノーブル)〉だッつッてンのに、ニンゲン扱いしやがッてさ。……そンなふうにされたら、暴れる気もせるゼ……。



 …………〈解体屋〉との出会いと衝突。アイツが身代わりになって、怪我けがを負った瞬間を今でも鮮明に覚えている。



 ――……操者(ドライバ)が、〈蒸気妖精(アタシ)〉をかばッてンじャネェよ……〈蒸気妖精(アタシ)〉より先に、やられてンじャねェよ、バーカ……。



 更に記憶を遡る。


 …………アイツの寝顔を踏みつけたこと。己の名を告げた、最初の夜。



 ――……。……そりャ、あのときのアタシは今よりバカだッたけどサ……仕方ねェじャン、何にも知らねンだから。どうすりャイイかなンて、わかるわけねェジャン……。…………。



 気がつけばそうやって、頭の中に浮かんでいるのはいつもアイツの顔だった。


 仲間たちの顔だった。


 金輪際こんりんざい、顔も見たくねぇと去ったはずなのに……



「…………ホンット……なンでアタシ、あンなヤローのこと、操者(ドライバ)になンてしちまッたンだ……」



 シーツにモゾモゾとくるまり直して、彼女が独り言つ。


 そして、記憶ははじまりの場所へと流れ着く――


 …………それは、ひどく曖昧なものから始まっていた。


 感覚はまるでなく、意識もない。

 闇一色の、夢とも呼べない夢を見ていた気がする。



綺麗きれいだなぁ……他の言葉なんて、何にも浮かばねぇ』



 ふいに、アイツの口にした、そんな言葉が浮かんできて。



 ――……アァ、クソッタレ……思い出しちまッたジャンか……。



 彼女は自分の身体を不思議に思った。


 何で怪我けがもしていないのに、胸がこんなに苦しくなるのだろうと。


 その言葉は、アイツが地下で見つけた銀の結晶に向けてつぶやいた言葉――彼女にとっての、はじめての言葉だった。



「……。……サイハ(、、、)の、バカヤロー…………」





















「――――…………やっぱり、ここにいたな……リゼット(、、、、)





















 その声が聞こえたのは、彼女が独り言をこぼしてすぐのことだった。


 ここは、〈汽笛台〉……


 倉庫の片隅で、およそ二日振りに、二人が互いの名前を呼んだ。


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