3-5 : 〝爵号持ち〟
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バキバキッ。
ブシューッ!
破壊音と蒸気音を響かせて、〈グラスホッパー〉がレスローの街並みを駆ける。
路地を囲む壁をよじ登り、屋根を踏み、家々を飛び越えるそのシルエットは、もはやバイクの形状をしていなかった。
最大出力を解き放った〈グラスホッパー〉は、四肢を広げた化け物と化していた。
〈グラスホッパー〉の名を冠しながら、前後の巨大な車輪をそれぞれ二つに分割し、ドライブシャフトを左右に伸ばしたその異形。
それは昆虫というよりは、獣のそれ。
鋭いスパイクを突き立てて、垂直の壁だろうが瞬時に踏破し。
四肢たる四輪駆動車輪を上下左右、変幻自在に踊らせれば適応できない地形はない。
道なき道を走破する、規格外のモンスターバイクであった。
ヤーギルの権能によって、サイハとリゼットの位置は特定ずみ。
その地点へと、本来であれば曲がりくねった迷路を行かねばならぬところを、そのようにしてエーミールは始点と終点を結んだだけの、直線経路を突き進んでいた。
「ケロロ! ややっ! エーミール殿、あれを!」
カエルの姿に戻ったヤーギルが、エーミールの肩の上からステッキで指し示す。
サイハとリゼットの逃げ込んだ先。
路地の奥から、光が迸っていた。
「ちっ、ここでか、往生際の悪い……! ヤーギル、射線に出ると同時に全弾叩き込む!」
「かしこまりましたぞ! ケロロンッ」
〈グラスホッパー〉がエンジンを唸らせ、四肢を引き絞った次の瞬間。
鉄の獣が跳躍した。
その過程でヤーギルが銃に変形すれば、エーミールがビタリと獲物の姿を捉え。
「……むっ!?」
そこでエーミールは、照門越しに息を呑んだ。
サイハの唇を強引に奪うリゼットの姿が飛び込んでくる。
しかもかなり濃厚なのが。
「!?……っ……は、破廉恥なっ!」
ぼっと顔を朱に染めて、エーミールが叫んだ。それは悲鳴にも似て、堪らず照準がぶれる。
しかし動揺は刹那にすぎず。
次の瞬間には銃声が六発、連続で撃ち出されていた。
六発の弾丸は正確に、サイハとリゼットを直撃する軌道で飛んだ。
弾薬量を更に増した、厚い鉄板も容易に貫通する強装弾の着弾。
それを――
「――……効かねぇなぁ……そんな豆鉄砲……」
グルルと喉を鳴らさんばかりに、サイハの声が否定した。
何ものも貫けなかった弾丸が六発、自らの運動エネルギーにひしゃげて転がり落ちる。
「ナンだァ? ハハッ、ポップコーンでも投げたか? オンナァ、クソガエルゥ……」
リゼットの声が、それに続く。
〈グラスホッパー〉を屋根の上に再着地させて、エーミールが階下の標的を睨みつけた。
「サイハ……! それがお前の、本体……リゼット!」
陽光に照る、無骨な容姿。
圧倒的な硬度を誇るそれは、強装弾の直撃にも傷一つ生じない。
まるで盾のごとく、サイハの全身をエーミールの射線から遮るその威圧。
それはサイハが、地の底に見いだした〝ロマン〟――銀の大剣であった。
「〈ノーブル〉は、〝二つの器を持つモノ〟。カエルは銃。アタシは大剣だ。サイハテメェ、これで負けやがッたら、今度は大剣がそのツラ踏ンでヤるからナァ……」
大剣の発するのは、紛れもなくリゼットの声だった。
濃厚な口づけを経て、あの高飛車な女の姿が消えると同時に、それがサイハの身を守るようにして地面に刃を突き立てている。
「銃相手に剣じゃ、普通勝ち目なんてないだろ……」
そう言いながら屋根上のエーミールを見上げるサイハの一生は、しかし鋭く尖り。
「でも、不思議だ……全っっっ然……もう、やられる気がしねぇ」
「……っ! 防いだ程度でぇ!」
エーミールにゾクリと寒気。再装填した強装弾を連射する。
「叩き落とせ――リゼットぉ!」
「ハッハー! 言われるまでもネェッ!!」
防御姿勢から一転、サイハが大剣を振りかぶった。
素人とは思えぬ剣筋でそれを振り回せば、剣圧で生じた風と鋭い斬撃に弾丸が全弾迎撃される。
「なっ……!?」
弾丸を剣で叩き落とすなど、神業どころの話ではない。
しかも複数を同時に。
エーミールは驚愕のあまり声も忘れて目を点にした。
「大剣が操者を操作すンのは、ただのウラワザ……操者が大剣を操ンのが、アタシの権能、〝形態制御〟の――アァーッと、ナンつッたッけ――そう、しんっこっちょーだ!」
吠えるリゼットへ、焦燥したエーミールが、一発も当たらないなど嘘だと更に弾丸を撃ち込む。
が、大剣の自律迎撃機動が、そのことごとくをいとも容易くいなしてみせれば。
「エ、エーミール殿! そのように連射されては……! 小生のほうが持ちませぬっ!」
強装弾の爆熱で焼きつく寸前になっている銃が、フレームをガタつかせ悲鳴を上げた。
「くっ……何てこと……!」
射程の優位を、超反応にねじ伏せられて。攻め手を封殺されたエーミールが、ぎりと奥歯を噛み鳴らした。
「随分、追いかけ回すのが得意そうだったけどよぉ、エーミール……」
「散々、アタシのこと小突いてくれたナァ、クソガエル……」
サイハとリゼットの声と気迫に、ジリッ……とエーミールが後退った。
そして二人の、次のその一言が、膠着した状況を吹き飛ばす。
「「――逃げンのか? テメェら」」
「っ!! ……」
その挑発を耳にした途端、エーミールは銃を下ろした。
売った喧嘩に、売り返された喧嘩。
チンピラ相手にここで引き下がるのは、それすなわち敗北。
心の奥底の手の届かぬ場所に、「私は逃げだした」という、消せない傷を刻む行為。
許されようはずもない。
銃を、コートに収め。
エーミールは〈グラスホッパー〉のハンドルを握り締めていた。
「私を――舐めるなぁっ!!」
ドルンッ!
全開されたスロットルから高圧蒸気が流れ込み、四肢を広げた〈グラスホッパー〉が激烈な勢いで飛び出した。
「エ、エーミール殿ぉ! 落ち着きあそばせぇ! ゲロロォン!」
急発進に振り落とされそうになりながら、ヤーギルがカエルの吸盤で荷台にひっしとしがみつく。
高所からの落下エネルギーに加え、えげつない処刑具のようなスパイク車輪。
直撃すれば挽き肉確定の体当たりである。
いくら大剣が硬かろうが、超反応だろうが、ブツのデカさで押しきれない道理はない。
しかし。
サイハも、リゼットも。その場から逃げだす素振りなど見せなかった。
「オンナァ……イイこと教えてヤるよ」
リゼットの声が、ほくそ笑み。
「操者同士のケンカでさァ、先に自分の得物を引ッ込めるッつゥのは――その時点で負けなンだよ、オ・マ・エ」
銀の大剣の表面に、幾本もの幾何学模様が走った。
剣身にまるで紋様が浮かんだかに見えた途端、その線に沿って剣身が隆起し始める。
「ついでに、コレも覚えとけ……〝爵号持ち〟のアタシには、もう一つ権能がある。クソガエルとは違う、このカラダは特別製なンだよ」
銀の大剣――それは、正確には剣ではない。
ガション、ガションッ。
剣身が数十の装甲に分かれ、中身を晒す。
「舐めてンのはテメェのほうだろ、赤毛オンナ。アタシ――脱ぐとスゲェンだゼ?」
それは、〝鞘〟。
刃を纏った鞘であった。
バシュウゥー!
解き放たれた大剣型の鞘から、大量の蒸気が噴き出した。
エーミールとヤーギル、爆走する〈グラスホッパー〉が、眼前に迫り――
そしてサイハが、魔性の口づけにより共有した、彼女のもう一つの名を叫ぶ。
「――かませぇ! 〈粉砕公〉ぉっ!!」
「オッシャァアッ!!」
抜き放たれるは、細身の剣芯――
大剣とは逆に刃を持たず、真っ白なフレームを纏うもの。
「――《機関点火》!!」
リゼットが、唸る。
ガルンッ!
純白のフレームの更に内部。そこに眠っていた神秘の機関が、目を覚ます。
原理も仕組みも、設計思想も不明な機械が、リゼットの瞳の色と同じ深紅に燃え上がる。
サイハと、エーミール。
両者の吠え声が交差して……そして互いに後方へと流れていった。
その時点で、雌雄は決していた。
剣芯をサイハがぶん回し、突進する車体に接触した刹那――
〈グラスホッパー〉は、粉々に砕け散っていたのである。
それほどの強打、それほどの爆裂。
否。
それは〈粉砕公〉リゼットの、第二の権能。
触れるものを、問答無用に。
ただ〝その言葉の意味〟のままに打ち砕く、
絶対破壊の権化。
「アタシの、もう一つの権能は――〝粉砕〟だ。ダレにケンカ売ッてやがる、バァーカッ」
「……がはっ……」
粉砕の衝撃でサイハの前方へと飛ばし返され、家屋に叩きつけられたエーミールが、苦悶の息を吐き出した。
「ケロケロキュー……」
エーミールと壁の間でカエルが、その身をクッションにして主を庇い伸びている。
「っしゃあぁぁ……見さらせ、〈解体屋〉ぁ……!」
腕の銃傷から流血しながら、ゆらと天を仰いだサイハが、大層機嫌悪げに勝ち鬨を上げた。




