3-4 : チンピラ男と暴力女
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「……オイ、起きろ」
眠りを妨げて、女の声が聞こえた。
「起きろッての、オラ」
怠い頭と耳に、刺々しい声が煩わしい。
そういや前もこんなことなかったっけ……と、混濁する意識と記憶に流されながら彼は思う。
――ああ、ありゃそうだ……勝手にオレの部屋に、上がり込んできやがった、あの女に……顔面踏まれて……叩き起こされたんだった……。
もしかしたら、あの夜の最低な出会いも含めて全部夢だったりしないだろうかと。そうだここは一つ、思いきり寝入ってみるのはどうだろうかと、彼の意識が深みへ沈んで――
グビリ。
液体を口に含む気配。
そして顔面が、吹きかけられた水でびちゃびちゃになった。
「起きろッつッてンだろが、バァカ!」
髪を鷲掴みにされると、左右の頬に強烈な往復ビンタが叩き込まれる。
「――冷った! 痛った!?」
その段になってようやく、サイハの意識が混濁から浮上した。
バチン! バチン!!
往復ビンタはなおも続いている。
「はぶっ! 痛て! ……ぼぶっ?! 痛って!! 起きただろやめろリゼットこらぁ!」
心地よい微睡みを今回も邪魔され、イラッときたサイハがリゼットの腕を掴む。
「オッ? ……ハハッ、やァッとお目覚めかヨ、サイハァ」
サイハの霞んだ視界に、リゼットの小憎たらしい顔が映り込んだ。
「ニンゲンッてのはよォ、構造が複雑すぎてすぐコワれちまう。死ンでンのかと思ッたゼ」
路地に倒れ込んでいるのを見下ろされる。
もう見慣れてしまったその悪女ぶり。
一つサイハの記憶と異なるとすれば、リゼットの白い肌に血がこびりついていることで。
「……怪我してんじゃないかよお前――」
サイハがリゼットへ手を伸ばすと。
「う゛っ?!」
ズキリと、サイハの腕に激痛が走った。
驚いて目をやると、そこには黒い革生地が巻かれていた。
「ケッ! 〈ノーブル〉を庇う操者がドコにいンだよ! ニンゲンの直し方なンて知らねッての! 買ッたばッかの服がオジャンだ」
リゼットの肌を赤く染めていたのは、サイハの流血だった。
見ればリゼットのライダージャケットは左袖が肩口から千切られ、それがサイハの包帯代わりになっていた。
血で濡れた自分の手をスンスン嗅いで、「ウェ、鉄クサ!」とリゼットが顔を顰める。
「アタシのこと吹ッ飛ばして、勝手にあのオンナのタマ食らッてすッ転びやがッたンだゼテメェ」
「……お前は何ともないのかよ……」
サイハがぶつぶつと文句を垂れる。
「ア゛? ピンピンしてたら悪ィかよコラ」
サイハの顔の横にヒールを立てて、強請をかけるようにリゼットがガンを飛ばした。
サイハも睨み返すが。
「……いや……怪我、してないんならいい……」
「ム……。…………。……チッ」
噛みつく相手を見失い、リゼットが脚を下げる。
バツが悪そうに銀髪頭を掻き回した。
「……立てヨ、サイハ」
それから深紅の瞳で、サイハのことをじっと見て。
「立て、オラ。さッさとしねェと、あのオンナがまた飛び出してくるゼ?」
「だな……」
その声に促され、サイハがずりずりと立ち上がる。
あのとき、銃声を聞いた瞬間、考えるより先にリゼットを突き飛ばしていた。
その際頭を強く打っての昏倒。腕の傷自体はそこまで深くない。まだ動ける。
「イイか、よォく聞け、バカヤロー」
立ち上がったことで身長差が逆転したサイハを再び見上げて、リゼットが詰め寄る。
「アタシを庇おうなンて、二度と考えンな。屈辱なンだヨ、ンなことされると……。操者なら操者らしく、アタシのコト使い倒す気でいろ」
「だから……何だってんだよそれ……」
相変わらずわけのわからないリゼットの物言いに、サイハが思わず苦笑する。
まだ気配はないが、エーミールはここを嗅ぎつけてくるだろう。傷口が熱を持ち、追われる恐怖がつきまとう。
弱気になっていた。キャッチボールの場にすら立たず、互いに明後日の方向へ剛速球を投げるばかりのやりとりにすら、寄る辺を感じてしまうほどに。
リゼットのほうも、それは似たり寄ったりのようで。
「アー、もーイイ諦めた。テメェもアタシも、やッぱ言葉じャダメだ」
リゼットが一歩、前に出る。
そして無言で、サイハの胸ぐらを掴んで。
「サイハよォ……テメェ、ビビッてやがンのか?」
彼女の、その真剣な眼差しに。
「……正直、ぶるってるな……」
彼は不思議と、素直になって。
「フゥーン……。……ナァ、オイ……このままでイイのか? テメェはよォ」
「……よかぁ、ねぇよなぁ……」
二人の視線が絡み合う。
メラと、瞳の奥に感情が燃え上がる。
「ヤられたらヤり返すのが、アタシのやり方だ」
「ああ……お前なんかと、意見が合うなんてな……」
そのまま、沈黙が流れ。
「……クヒヒ、そーいうトコだけ、気に入ッてやるヨ。なら、反撃といこうゼ、サイハァ……」
「くはは……この傷の分、一暴れしねぇとなぁ、リゼット……」
チンピラ男と、暴力女。
猛獣二匹が不敵に笑い。
この土壇場で、互いの呼吸が一つになる。
「そうと決まれば――エェッと、強制接続……コネクターッてドコだ? ココか??」
そして、リゼットが何やら独り言ち。
グイッ。と。
――は?
掴んだままでいたサイハの胸ぐらを引き寄せて、リゼットが不意に、唇を重ねた。
――……はっ??
更に。
舌がヌルリと入ってくれば、それは〝唇を重ねる〟なんて生温い表現ではすまされず。
――……っはぁぁぁぁああああっ?!
超展開と、初めての感触。
サイハは驚きと戸惑いで、身じろぎ一つできなかった。
間髪を容れず、〈グラスホッパー〉の爆音が耳を聾し……
そして青白い閃光が、目を灼いた。




