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僕のモノクロだった世界が君に出会ってから色付き始める  作者: 高橋裕司
第三章 結局僕は
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陽だまりみたいな人

「……山岸、さん?」


 廊下に置かれているソファに山岸さんが座っている。どうしてこんな所にいるんだろう? 僕の疑問を察したのかすぐに悲しそうな笑みを浮かべ顔を俯かせたまま


「実はね、相部屋の子と上手くいかなくて」と答える。


 山岸さんもそうだったのか……? 山岸さんなら誰とでも上手くやれると思うのに。……待てよ?


「……理由は何?」


 僕が問いかけると山岸さんは俯かせたままの顔を上げ僕の顔を見たあと気まずそうに顔を背け目を閉じた。僕はそれだけでその相部屋の子と上手くいかなかった理由を察する。


「……ごめん」


 僕は山岸さんに対して深々と頭を下げる。彼女には本当に色々苦労を掛けさせてる気がする。


「や、やめてよっ!! ……集君が悪いわけじゃないんだから」


 山岸さんが立ち上がって頭を下げている僕の元まで来て肩に手を掛ける。僕はすぐさま顔を上げる。そこで気付く。 


「あ、山岸さん……。風呂入ってきたばかりなんだ」と。


 山岸さんの髪が少し湿っている感じだったのと山岸さんの髪と体から石鹸とシャンプーの良い香りが僕の鼻腔を擽る。


「もうっ、集君のエッチっ!!」


 そう言って山岸さんは顔を朱に染めながらプイッとそっぽを向く。……はて? なんで風呂に『入ってきたばかりなんだ』と言っただけでエッチ呼ばわりされないといけないのか全く検討が付かないんだけど……。


「……集君は気に病む必要なんてないんだよ」


 僕がエッチと言われた理由を考えていると山岸さんは朗らかな顔で僕を見て優しく言う。


「私が選んでやったことなの……。だから周りと孤立したのも私の責任よ」


 ……あぁ、そっちか。エッチと呼ばれた理由に関して悩むなということじゃなく……ね。


「……でも」


 僕は気持ちを引き直して考える。結果的に山岸さんが孤立したのは僕のせいだ。僕なんかを庇うような真似をしなければこんな状況にならなかった筈。


「……後悔、してないの? 一人になって」


 僕が徐に問いかけると山岸さんはニッコリと笑う。その様はお日様を浴びた向日葵のように柔らかな笑みだった。


「うんっ!! 後悔なんてしてないよ……。だって今は」


 そう言って山岸さんは僕の手を掴むとキュッと力を込めて握りしめてくる。


「集君がいるんだもんっ!!」


 僕はそう言ってきた彼女の顔を見て恥ずかしさから顔を背ける。……今の正直反則だと思う。


「……もしかして集君、恥ずかしがってる? 耳が真っ赤だよ〜?」


 山岸さんが僕の耳元でそう呟く。……やばい。凄い可愛いけど、これ完璧に遊ばれてる。


「……私の方こそごめんね」


 急に山岸さんの声が暗いものへと変わる。


「どうしたの?」


 僕が問いかけると山岸さんは顔を僕の耳元から遠ざけ真っ直ぐ僕を見る。彼女の瞳は濡れていて今すぐにでも泣きそうだ……。なにか僕達の間になにかありましたっけ? 悩んでいる僕に山岸さんが


「実はね……。黒崎先生から聞いちゃったの」


 聞いたって何を? イマイチ要領を得ない山岸さんの顔をジッと見る。山岸さんは言い辛そうにさっきから足元と僕の顔を交互に視線を上下させている。そして意を決したのか目を大きく見開き


「実はねっ、黒崎先生と集君が3年前に再会したっていう話を聞いたの」


 僕はその言葉を聞いて固まる。……あぁ、僕が寝てる間に美紗ねえ話しちゃったんだ。僕の心が冷えていくのを感じる。


「山岸さん……。君もか?」


 君も他の奴等と同じ様に僕に勝手に同情してくるのか?


「え……。集、君?」


 山岸さんが戸惑った表情を浮かべる。


「山岸さん……。その話を聞いて、どう思ったの?」


 僕は冷めた目を山岸さんに向ける。山岸さんにこの目を向けるのは久々だ。山岸さんが僕の目を真っ直ぐ見た後 


「それは……。言えないよ」


 僕はその答えに目を見開く。……は? どういう意味だ?


「言えないってどうして……?」


 普通なら皆可哀想とか言って同情してくる人間ばかりだ。現に僕がそうだった……。小学校2年の9月の時に母親が交通事故を起こして僕は一段落するまで大変なんて言葉じゃ言い表せなかった。

 まず、別れた父親への連絡手段を僕……というより主に学校側が必死になって探した。そしてやっと連絡先を入手し父と連絡をつけ引き取られると早速葬儀の準備に取り掛かった。


 今でも忘れない……。死んだ直後はまだ肌の色を保っていたけど時間が経つにつれ、色素がどんどん失われ黒ずんでいく様を。葬儀が執り行われた間……というか、母の死体を確認する為に病院を訪れた時も僕は涙を流さなかった。


 その頃にはもう……。僕の心はとっくに壊れていたんだ。だから母の死を見ても僕はなんとも思わなかった。葬儀を終え父が新しく再婚した人を紹介してきた。僕は戸惑いながらも挨拶をする。その人も明るく丁寧に挨拶をしてきた。が、その人は猫を被っていたみたいで父が前から姿を消すと僕にこう言った。


『なんで見ず知らずの女の葬式に出た上に血の繋がってない貴方なんかの面倒を見なきゃいけないのっ!!』

 

 その言葉は当時7歳の僕の心を躊躇なく抉ってきた。だけど僕はその言葉になにも言い返せなかった。新しい母親にしたら父の前の女房の葬式に出されたうえ、前の女房との子供の面倒を見るよう押し付けられたのだ。気分は良くないだろう。


 そして一段落を迎えて学校へ再び登校すると皆、勝手に辛そうな表情を向けてきてこういう……。()()()()()()……って。


 僕はその言葉に憤りを覚えた。ふざけるなっ!! お前達に何が分かるってんだよっ!! 僕と関わった事も勿論母さんとも話した事すらないくせにっ、勝手に同情してんじゃねえよっ!! 今も昔も僕はそう思ってる。だから、山岸さんもアイツ等と同じ事を口にするのかと思うと辛かった……。それなのに――。


「集君がね……。今までどんな思いで過ごしてきたか全く私には想像が着かないし、集君のお母さんの事私は知らないから……。――だから言えない」


 頬に冷たい感触が伝う。


「……あれ?」


 頬に手を当てて顔の前に手のひらを持ってくる……。手が濡れていた。いつの間にか涙が流れていたみたいだ。

 体に柔らかい感触が伝わる。前を見ると山岸さんの顔がすぐ近くに来て身体をを抱きしめられていた。


「集君がどういう思いだったのか想像はできないけど……。これから知っていけたらいいなって……そう思うんだ」


 そう優しく言いながら僕の身体をギュッと強く力を込めて抱きしめてくる。僕は山岸さんの前で声も立てずに静かに泣いた。母さんが死んだ時泣けなかったのに……。山岸さんの前だと本当に泣かされてばかりだ……。


 その夜は僕の涙が枯れるまで山岸さんが僕の傍でずっと子供をあやす様に僕をずっと抱きしめてくれていた。


 本当……、山岸さんはいつだって僕の凍りついている心を溶かしてくれる陽だまりみたいな人だって、僕は抱きしめられながらそう思うのだった。

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