それでおっさんは
「今日で終わりか……」
俺は皆が遊んでる海を眺めながらポツリと呟く。どうやら溺れかけた恐怖心が完璧消えたのか、敦は普通に海の中に入って遊んでいた。
「で? おっさんは何やってんの?」
俺は傍で俺と同じように黄昏ている男、的場圭一に目を向ける。
「おっさんて……まぁ確かにその通りなんだけど。えっと君は」
「東堂歩」
「そうか、あゆミンか」
俺はその呼び名に絶句しそうになる。え、何コイツ? 俺の話聞いてた?
「おいおっさん、なんだよその呼び方?」
「あれ、説明させる?」
「いや悪かった。説明はいらねえよ」
俺は苦笑しながら答える。そして真っ直ぐにおっさんを見つめると
「それでおっさんはこんな所で何やってんだよ?」
「ちょっとね、昨日の事を反省して黄昏れてる」
昨日、集となんか言い合ってたっけな?
「何言われたんだよ?」
「なんていうか言われた内容としては、そろそろ失った家族に振り回されず前を向けって言われた」
なるほどそういう事か。
「つまりおっさんは正論言われて腹が立ってんのか?」
「ズバリ言うね〜、昨日まではそんな感じだった。そして今そんな自分に自己嫌悪って感じ」
「一応言っとくけど、アイツは軽い気持ちでそう言った訳じゃねえと思う」
俺は海で遊んでいる集に目を向ける。集は山岸、万丈と3人でビーチバレーをしていた。
「アイツはこれまで色んな事を経験してきたんだと思う。俺はアイツの小学1年までしか一緒にいなかったけど、それだけでも壮絶な日々を送ってたぜ。俺もだけどよ」
「そうだろうね。じゃなきゃ言えないよ。あんな事」
「だけど、家族を失う気持ちは俺にはよく分かんねえな。生まれたときから俺、両親いなかったから」
俺はそう言いながら、おっさんに目を向ける。おっさんはその言葉に目を見開く。
「え、それはどういう」
「俺が生まれてすぐに、捨てられたんだよ。要は俺を育てていく自信がなかったんだろうな。今は父方の母親、ばあちゃんに育ててもらってる。だけど、相当迷惑掛けてんな」
俺は暗い気持ちになる。
『ゼロ』なんていう暴走族立ち上げて、喧嘩やクスリを売り捌いたりなどの悪い事をしてきた。とんだ親不孝者だな。親じゃなくて祖母だけどな。
「クロと言いあゆミンと言い、背負ってるんだな」
どこか遠い目をしながら呟くおっさん。
「そうだな。だけど集も俺も背負いたくて背負った訳じゃねえ。勝手に押し付けられた……その表現が1番近いかもな」
そう。誰だってこんな役回りは嫌に決まってる。だから俺は逃げたのかもな。悪い事をしてれば何も考えなくても済むから。まぁ、本来立ち上げたのは繋がりを求めて……だったんだが。
「でも集はおっさんにそんな事を言ったのか」
俺はそう言って笑う。
「なにかおかしな事でも?」
おっさんは訝しむように言う。
「多分アイツも葛藤してんだと思うぜ? 自分の亡くなった親との過去とよ」
「え?」
「だから吹っ切れてねぇんだよ」
そう。アイツと一緒につるむようになって気付いた。集は家族の話題を無意識に避けてる節がある。そして、他の奴の家族の話が出た時どこか悲しそうな笑みを浮かべる事が多い。
「それでも集は逃げずに向き合おうとしてる」
「何故……逃げた方が楽だろう?」
「それしかやり方を知らねぇんだよアイツは」
どんな理不尽な扱いを受けようと、耐える事しか選択して来なかったんだろう。
「でも、どうやらそのやり方を変えてくれた人がいるみてえだけどな?」
するとおっさんは海の方に目を向ける。おっさんの目線の先には楽しそうに微笑んでいる山岸がいた。
「ま、あんま考え過ぎんなよ。じゃそろそろ行くわ」
俺はその場から立ち上がり、海の方へ向かう。
「おー、俺も混ぜてくれ」
大切な親友の元に――。




