なんだよいきなり
それから3週間……、櫻井さんが警察に連行されてその後書類送検された。罪名は殺人未遂と違法薬物の使用の罪。その事実は瞬く間に学校中に広まり櫻井智子の父である教頭が昨日急遽辞職した。
大人の事情はよく知らないけど責任を取らされたんだと思う。そんな事をしても無駄だって思うけど。
「櫻井さんいないとこんなに静かなんだな……」
僕は今まで賑わっていた教室を見回す。
いつも活気に満ちていた教室が今は嘘のように静かだ。見回していた目がある所で留まる。櫻井の取り巻き達だ。彼女達は何かに怯えているのか常に警戒しているような目で周りを見ていた。
あぁ彼女達は頭を失って不安になっているんだ。今まで櫻井智子という頭がいたから彼女に従えば甘い汁が吸えた。だけどこうして彼女がいなくなって自分達の居場所をどう作ればいいのか分からず動き出せずにいる。
彼女達は今辛い思いをしてるかも知れないけど当然の報いなのかもしれない。人の幸せは平等に出来ていると誰かが言っていた。
「お、おはよう……皆」
前より少し明るい顔で挨拶をしてくる木下雫。
僕はその言葉に挨拶を返しながら思う。
彼女はこれまで嫌な思いをずっとして我慢してきたんだ。だから今度は彼女が幸せになる番なんだと思う。じゃなきゃこの世界は不平等じゃないか……。それにそう言える根拠ならある。
僕は隣の席で万丈と楽しそうに話す奏さんの笑顔を見る。去年、彼女と関わるようになってから僕は幸せな事がずっと続いた。僕にとってモノクロだった世界が色付き始めたんだ……。
木下さんもこれから世界が変わることだと思う。いや僕の時とは少し違うかもしれない。だって彼女は……。
「雫、おはよう……」
教室の出入り口前で大きな声で木下さんの名前を呼ぶ声。声のした方へ目を向けると笑顔で立っている蓮君の姿。
「ちょっ、蓮ちゃん恥ずかしいからやめてよっ……おはよう」
木下さんはどうやらあの一件以降、蓮君と話をする時だけ吃らないようになった。それは多分心の底から彼の事を信頼しているからだと思う。今までが心が風邪を引いたような状態だっただけで。
僕はそんな2人を見ながら思う。木下さんは元々世界が色付いていた。蓮君という存在で……。
だから彼女は世界が変わるんじゃなく元に戻るんだ。
僕にもいつかこの2人のように心の底から好き合える人間が出来るのだろうか?
「……集」
呼ばれて顔を向けると万丈が頬を赤らめて俯いている。どうかしたのだろうか?
「その、さ……。今年の夏は一緒に海に行かないかっ」
「は……なんだよいきなり?」
今は7月の中旬。あともう少しで皆が楽しみにしている待望の夏休み。だけど僕にとってただの大型連休で今年も無意味な夏休みを過ごすのだろうと思っていたらいきなり海に誘われた。
「あぁ……。そろそろ自分の気持ちに答えを出そうと思ってな」
彼女は潤んだ瞳で僕を見つめて言った後、僕の前から立ち去っていく。答えってなんだよ? 僕はそう思いながら彼女の……万丈皐月の背中を眺めた――。




