いつもの奏さんが好きだから
私は廊下の中をひた走る。
集君とケンカ別れみたいな形をしてから私達は一度も会わなかった。
それでも彼の事が心配で私は東堂歩との約束の日の朝に付いて行ってくれるように天道君にお願いした。
それなのに……。
『集〜っ、一緒に飯食おうぜ?』
なによっ、皐月と楽しそうにしちゃってさっ!!
私が集君とずっと話せなくてずっと悩んでたのに私に。集君は私より皐月が大事っ!? 私に見せつけて楽しいっ!?
「待ってよっ奏さんっ!!」
私は走りながら後ろに視線を向けると集君が私の事を追いかけてくる。
「放っといてよっ!! 私は集君の事なんか大嫌いなんだからっ!!」
私は走りながら力の限り叫ぶ。
廊下を行き交う人々が私達に目を向ける。
階段まで来ると下に降りればよかったのに、私は迷いなく上へと上がっていく。
最上階まで来て私は屋上の入口を勢い良く開ける。
屋上に出るとコンクリートで固められた地面と果てしなく広く青く澄み渡る空が私の視界に映る。私はそこで立ち止まる。
暫くして集君がこの場所に辿り着く。彼は肩で息をしながら私を見つめる。
「……何をしにきたのよ?」
私は思いのほか冷たい自分の声音に驚く。
私……、こんな声出せたんだ。
「ハァハァ……っ……謝罪と礼を……言いたくてっ」
まだ呼吸の整っていない状態で途中で途切れながらも言い切る集君。
「謝罪と礼?」
私は集君の言葉に首を傾げる。
「うん……。まず天道に付いて行ってくれるよう頼んでくれてありがとう」
集君はそう言うと静かに頭を下げる。
「……そんな事」
当たり前じゃない。
私が集君にしてあげられる事なんてこのくらいしか出来ない…出来なかったんだから。
「僕嬉しかったよ。あんな形で別れたのに……ここまでしてくれて」
そう言って集君は顔を俯かせる。
「……だから」
集君は顔を上げる。その目は少し潤んでいる。
「だからこそ……その……ごめんなさいっ」
集君は再度頭を下げる。さっきよりも深く。
「僕……。不安だったんだ。歩と再会して口では大丈夫だって強がっても、あの頃の気持ちが蘇ってきて。僕は……生きてる価値あるのか、僕に居場所なんてないんじゃないかって」
「……集君」
そんな事を思ってたんだ。
ずっと言われ続けてきなのかな?
――お前に居場所なんかないって……。
「だから僕はずっと人を避けてきた。自分が傷付くのが嫌で殻に籠もってた。自分のやりたい事だけやって。他人には干渉しないようにしてきた」
そうだね。
最初に会う切っ掛けになった犯人に名乗り出た時、集君は私を守ろうとしたんじゃなくあの空気を終わらせる為にやったんだもんね。
「でも去年……。奏さんと出会って僕の考え方が変わったんだ。奏さんは周りに嫌われてる僕を受け入れてくれた」
私はその言葉に目を伏せる。
集君……それは最初は罪滅ぼしのつもりだったんだよ。
本当は私がやった事なのに罪を被ってくれた君を孤立させない為に。そんな私に気付いたのか
「確かに最初は罪滅ぼしとかそんな気持ちで来たんだと思うよ。でも、あの中山の一件の時奏さんが言った言葉……『友達になってください』って言葉は嘘じゃないって信じられたからっ!!」
うん……。
私もあの時は本心から口にした。
いつも作り物の自分で過ごしている私の事を、この人ならちゃんと本当の私を見てくれるんじゃないかって……そう思えたから。
「そこからは、万丈や冴島さん、本城さんや木下さん、あと……認めるのも癪だけど天道。奏さん以外に5人も友達と呼べる人が出来た」
「もう1人いるんじゃないの?」
「うん。僕のかつての友達……歩とも仲直りが出来た」
集君はそこでニッコリと笑う。
私は固まる。そんな風に笑ってくれた事がなかったから。
「全部……。奏さんのおかげだよ。ありがとう」
その顔は少年のように顔をクシャッとさせている。
私はその顔を見ていて胸が込み上げる。なんでだろう? やっと集君の心からの笑顔を見れて感動してるのかな?
「だから……八つ当たりみたいな事をしてごめんなさいっ」
私はその時の事を思い浮かべる。
あんな取り乱した集君、初めて見た。
私と知り合ったばかりの頃……似たような事もあったけど、あれの比じゃない。完全に殻に籠ろうとしてるって感じだった。
「謝らなきゃなって思ってたのに……。なかなか言えなくて。でもっ」
集君は私を見つめる。顔が仄かに赤くなっていて、目は完全に潤んでいる。
「またいつも通りに過ごしたい……。だって僕は、いつもの奏さんが好きだから」
「……っ」
私は『好きだから』という言葉を聞いて顔を俯かせる。
顔に熱が篭もるのがなんとなく分かった。
今の私はきっと顔が赤いと思う。
好きだから……って、きっとloveじゃなくてlikeって意味なんだろうけど。集君に好きって言われたの初めてだからなんか照れる。
「……許すわよ」
私がそう言うと、集君は嬉しそうな顔になる。
「……本当にっ?」
「ええ」
「……良かったぁ」
やめてよ。そんなキラキラした目で私を見ないでよ。脈があるのかって期待しちゃうじゃん。期待したとこで結ばれないって分かってるのに。
私は集君の手を取って握りしめる。
「じゃあ仲直り」
「……うんっ」
本当はもう……とっくに許してる。
私の事を救ってくれた私にとっての光である黒崎集を拒むことなんて私には出来ない。
だから卒業を迎えるまではこの関係を続けよう。喧嘩をしたら謝ろう。この夢のような時間を終わらせないために――。




