キャラクターへの愛情と掘り下げ無くして、ハッピーエンドは成立しない
今回は、「小説家になろう」作品のある意味基本とも言える、ハッピーエンドについて考察したいと思います。
先日、とある読者様から私の完結作品に感想が届きました。
とても好意的な感想で、私も作者冥利に尽きましたし、普段唯我独尊などとぬかしていながらも、やはり読者様の事を考えるのは作者として最低限のマナーであると再確認する事が出来ました。
作家という人種は、人気があり過ぎても無さ過ぎても傲慢になる困った人種ですね(笑)。
その読者様の感想は、「ハッピーエンドで終わってよかったです」という一文から始まっていたのですが、私はその作品に「ハッピーエンド」のタグを最初から付けていた為、勿論ハッピーエンドのラストシーンを決めてから執筆を始めていました。
ですから、「心配しなくてもハッピーエンドだよ」と、その感想を微笑ましく思っていたのです。
とは言うものの、「ハッピーエンド」のタグが最初から付いていたにも関わらず、ハッピーエンドで終わってよかったという感想が最初に来るという事は、この読者様がかつて、「ハッピーエンドだと思っていたのにハッピーエンドでは無かった」という作品を読んだ経験があるのかな?という疑問も同時に頭の中を巡る様になりました。
「ハッピーエンドだと思っていた作品が、実はハッピーエンドでは無かった」
この様な事態が発生してしまうケースは、主に3つあると思われます。
①作者様があらかじめ作品の終わり方をほのめかす様なタグや伏線を使用せず、ラストシーンまで読者様に緊張感を持たせる作品を提供したいと考えていた場合。
②作者様の突然のインスピレーションによる方向転換、或いは積み上げてきた世界観との調和の問題等で、「ハッピーエンドを採用しない方がより優れた作品として完結する」と作者様が判断した場合。
③作者様はハッピーエンドを採用したつもりだったが、読者様から見てハッピーエンドになっていない場合。
①の場合に関しては、作者様側から先入観を与える情報は示されていないはずなので、最悪一部の読者様の期待は裏切る事になるかも知れませんが、そこも作品の魅力として評価出来ると思います。
ラストのどんでん返しや意外性が成功を収めれば、かなりの高評価も期待出来そうですよね。
②の場合に関しては、実は作者様の立場に立てば頻繁に起こり得る事態です。
私を含めて、特に武闘大会等の勝ち抜きバトルシーンを描く作者様は、バトルシーンを描く内に異様な熱量が心身にほとばしってしまい、当初自分の中で予定されていた勝者を敗者に変えてしまう事もあるんですよね。
私の連載中の作品「バンドー」では、5人8チームの勝ち抜きトーナメント武闘大会を、1試合も省略しないでキャラクターの背景ごと描き切るという、Web小説史上初の暴挙に出ております(笑)。
本来ならば主人公チームとライバルチームの決勝戦以外は片方のチームの圧勝にすれば、1戦5試合で決着がつくのですが、全てのキャラクターに思い入れがあり無駄に接戦にしてしまう為、ただでさえ多い試合数が更に増える事に。
つまり、執筆に異様な熱量がほとばしってしまう事がある作者様は、展開に関わるタグを迂闊に入れてしまう事を避け、あらすじも余り細かく決め過ぎない事が重要です。
やむ無くタグやあらすじを裏切る展開になってしまう場合は、タグやあらすじを書き直したり、例え読者様を白けさせてしまう事になっても、前書きや後書きで謝罪しておくべきでしょう。
作者様の路線変更が成功した場合、作者様の誠意のある謝罪も作品の出来にプラスして評価されると思います。
さて、今回の争点とも言える③の場合ですが……。
この「小説家になろう」サイトでは、莫大な数の作品が日々投稿され、その連載作品の大半は完結せずに放置されるか(エタるか)、作者様の都合により強引に終わった事にされてしまうという現実に晒されています。
これまでは、読者様からの支持を得られない事が作者様のモチベーション低下に繋がり、作品が未完のまま放置されるというケースが一般的でしたが、近年では書籍化の可能性もある程の高ポイントとブックマークを獲得している作品や、書籍化された作品の放置も増えてきました。
書籍化された作品の放置の原因は、ほぼ100%が出版社の都合による続刊の打ち切りで、これにより作者様のモチベーションが低下したと考えるのが妥当ですが、現在進行形の大人気作品の放置の原因は簡単に特定出来ません。
悪質なアンチ読者様からの誹謗中傷や、パクリ疑惑等の感想欄を巡るトラブルを、作者様の対応だけでは解決出来なかった事が原因かも知れませんね。
しかし、読者様が絡むトラブルの原因のひとつとして、「ハッピーエンドに向かう前提に於ける落とし前の付け方に、読者様は納得が行っていない」という問題も無視する事は出来ないのではないか?と私は考えるのです。
この「小説家になろう」に於ける一番人気ジャンルと言える、異世界転生もの共通する傾向は、
「冴えない(冴えないと思われていた)主人公が力を授かる、或いは本領を発揮して人生の勝者となり、自らを見下したり虐待した者に復讐を遂げる」
……というものであると言えますよね。
これだけであれば非常にシンプルで、作者様はまず居眠りしていても物語が破綻する等という事態はあり得ないはずなのです(笑)。
しかしながら、これこそが「小説家になろう」の闇と言うべきか沼と言うべきか、主人公は「人生の勝者」にならなければいけないんですよね。
「人生の勝者」に関する基準は、本来作者様・読者様それぞれに異なっていて良いと思うのです。
しかし、Web小説という縛りに書籍化という野望も加わり、より分かりやすい成功を描かなくてはならなくなった結果、モテまくりを視認化した「ハーレム」や、議論の余地なく最強な「チート無双」、周囲からの「過剰な驚嘆と賞賛」を描かなくてはならなくなりました。
ここまで書けば皆様もお分かりになると思われますが、このタイプの作品では「主人公以上に幸せになるキャラクターを作ってはいけない」のです。
主人公が「最強の冒険者」のままであれば、どんなに知略に優れた仲間も「王国の参謀」等に出世するハッピーエンドは用意出来ませんし、どんなに優れた魔導士も「魔法学校の校長」に出世させる事は出来ません。
主人公が「最強の冒険者」である限り、ヒロインが主人公と結婚しても、子どもを産んで家庭を築くという選択肢は難しくなります。
ヒロインにせがまれて家庭を持つ為に剣の師範になりました……という様なラストは、剣と魔法の世界のハッピーエンドとしてはかなり理想的なのですが、そんな作品は余りありませんよね(私が読めていないだけかも知れませんが)。
また、ハーレムを築いてしまっていた場合、作者様が主人公のパートナーに選んだ女性キャラクターと、読者様が感情移入していた女性キャラクターが違えば、当然読者様は不満を持ちます。
ストーリー展開に気を配っていた作者様であれば、作品の中で主人公のパートナーが誰になるのかを読者様に納得させるだけの描写はしていたと思うんですよ。
しかし、残されたハーレムの女性達の幸せを考えていなければ、それは大多数の読者様にとっては「ハッピーエンド」とは言えないですよね。
そもそも、ハーレムを築く前提のストーリーであれば、主人公の仲間に優秀な男性キャラクターを用意していない可能性もありますので、読者様が「こいつと結ばれるなら仕方がないか……」という気持ちになれる展開が用意出来ない。
ハッピーエンドとは、主人公と特定のヒロインだけが幸せになるエンディングでは無いという事なのです。
読者様の不満を呼び、例えブックマークが剥がれても自らの決断を貫ける作者様には、個人的に素晴らしいと賞賛を贈りたいですね。
しかし現実は、書籍化への目標もあってリスクのある決断は先伸ばしになり、また新たな事件を起こして作品を延命せざるを得ない状況も多いのではないか……と考えています。
この様な事態を招いてしまわない様にするには、キャラクターを登場させた時点でそのキャラクターの背景をしっかりと作っておき、作品が完結した時、そのキャラクターの未来まで責任を持つ事が必要不可欠。
自らの生み出したキャラクターに愛情を持って、作品の中でキャラクターを掘り下げておく事が、ハッピーエンドの最低条件だと思うのです。
ハーレムを盛り上げようとか、主人公をより強く見せようと考える余り、自分が未来にまで責任の持てないキャラクターを増やしてはいけません。
料理人になる未来が用意されているキャラクターがいないのであれば、料理のお話とかを無理に入れる必要も無いと思います。
その代わりに主人公以外のキャラクターを掘り下げるべき。
全てのキャラクターを幸せに出来ないのであれば、キャラクターを掘り下げておく事で、「このキャラクターなら、こういう未来への決断もハッピーエンドかもな……」という深みをキャラクターに持たせておく事が重要なのです。
こうしてハッピーエンドの認識のズレが生じる原因を考察していくと、作品を本人の納得行く形で完結させている作者様には敬意を表しますね。
「キャラクターの未来や掘り下げになんて別に興味は無いよ」という読者様も、恐らく無意識の内に評価や感想に影響は出ているはずです。
「小説家になろう」の作品に限らず、世の中の小説にはやはりハッピーエンドが多いですし、私自身もハッピーエンドは大好きですね。
しかし、いざハッピーエンドを描いてみた時、私達が今まで過ごした人生には、自分の事だけを考えていても上手く行かない経験が必ずあった事を思い出すはずです。
それはフィクションの世界でも一緒なんですよ。
主人公が作者様や読者様の分身となる、一人称の小説であれば尚更ですね。
「ハッピーエンド」のタグを掲げて、「ハッピーエンド」の作品を書いている自覚のある作者様は、是非とも脇役を含めた全てのキャラクターへの愛情と掘り下げを忘れないで欲しいと思います。




