第二十三話 決闘 その4
レイナの作品は、騎士道物語だった。
巡礼の旅の途次に知り合った女性の名誉を守るために立ち上がり、宿敵を打ち倒し、その後に再び巡礼の旅へと去って行く、騎士の物語。
あふれる厨二感がむしろ心地よい、そんな作品。
対する俺の作品は……。
平原の彼方より 黒雲が迫る
おぞましき叫びが 天にこだまする
身を守る術なき民を守るべく
若き騎士が立ち上がった
白銀の甲冑に身を固めて
宿敵が騎士の呼び声に応える
今は争いをやめ、共に進まんと
黒鉄に身を固めたその姿は狼の如し
熟練の槍が雷霆となりて敵を撃つ
銀の貴公子と黒き猛将
並び立つ英雄に賊は討たれ行く
時は今ぞ!ともに賊を滅ぼさん!
騎士は友に呼びかける
心優しき騎士の友
そは良治の人、美麗なる貴人
猛々しき賊の姿にその心は早、萎え果ててあり
友の呼び声に自らの怯えを恥じ
何たることぞ、戦場に背を向ける
おお、友よ
文治を重んじ美を愛する心優しき友よ
君をこの地獄に呼び立てたは我の過ちであった
我は君を守らん
この過ちを償わん
白銀の貴公子は馬首を翻し
ただひとり、友のために敵を防ぎ止めんと駆けてゆく
続くは騎士の郎党
大盾をかざして主の前に身を曝す
滅びを待つばかりであった賊の群れ
悪運はいまだ尽きず
銀の勇者目がけ数を頼みに押し寄せる
若き武人の前に敵は倒れゆく
鍛えし体は疲れを知らず 優れた技はますます冴え渡り 強き心は決して折れず
賊はいたずらにその数を減らす
彼方に黒き一団が現れた
猛き老将が敵を追い果たしつつ駆け来たる
頼もしき我が血族よ!勇ましき我が郎党よ!勝利は目前にあり!
白銀の貴公子は剣を掲げて友軍を鼓舞する
甲冑はあまりに眩しく
勇姿はあまりに美しく
戦場に光を発する
輝きに引き寄せられしは一本の矢
眉間を貫かれ 勇者は天を仰ぐ
その勇戦は勝利を呼び
その武威は北辺に安寧をもたらす
その慈愛は民の涙を誘い
その遺徳は孤児を耀かす
いさおしを永久に語りつがん
ウッドメル大会戦を題材にした、叙事詩。
若きウッドメル伯爵の悲劇的な最後を、必死に表現したつもりである。
今の俺には、これ以上のことはできない。
「王道ですけれど、王道だからこそ素晴らしい。この詩に心を躍らせぬ女性など、いないでしょう。」
クリスティーネは、レイナの作品に一票を投じた。
「友を助けるためにしんがりを務めるのは、戦場における最高の栄誉。この詩に心が震えないようでは、男とは言えないと思う。」
マグナムは、俺の作品に軍配を挙げた。
「武骨にすぎると思うわ。」
「俺には、そちらの作品が装飾過剰に見える。」
二人の議論は平行線だ。
全ては審査委員長、超時空妖怪・鉄腕ラスカル初号機の裁定次第。
会場が固唾をのんで見守る中、タヌキのゴーレムから、女神の声が発せられた。
「私も、甲乙つけがたいなあ。悪いね、ここで決着をつけるのが審査委員長の仕事だってことは分かっているけど……。そうだなあ、二人の話を聞いてみたい。」
無責任なヤツめ!
と、俺が怒りを覚える間もないほど素早く、レイナが口を開いた。
「私の負けよ。」
毅然とした声だった。
「詩の『でき』で負けているとは、決して思わない。でも、二本目の勝負。『手法の斬新さ』で負けたという時点で、すでに半分は私の負け。勝っても自分の中で納得し切れない部分が残るから。そして、この三本目。私の作品は、『騎士道物語』よ。これじゃあヒロの行動に対して、自分から賛辞を送っているのと変わらない。」
レイナもまた、間違いなく貴族であった。
「この決闘は、私の負けなの。」
「ヒロからは、何か?」
女神が促す。
「この決闘は、引き分けだ。二人の審査委員の評価が分かれ、審査委員長も甲乙つけがたいと言っているのだから。」
「相変わらず優しいね、ヒロ。譲ってくれるんだ?」
レイナが小さく呟く。
「その代わり、と言っては何だけど、俺は、この決闘を申し込んだ目的を果たしたい。レイナ、この間の言葉を訂正してくれないか。そして、フィリアと仲直りして欲しい。」
「げっ。」
レイナが、心底嫌そうな顔をした。
「でも……立花の名を背負う私が、詩の決闘で後れを取るわけにはいかないんだよね。我慢するよ。」
……どんだけ仲が悪いんだよ。
「フィリア、それでいいか?」
「メル家の、姉夫婦の名誉が保たれるならば、否やはありません。決闘をしてくれたヒロさんの提案ですから、我慢します。」
「審査委員長!立会人のジャック・ゴードン!以上のとおりだ!」
「了解だ、ヒロ!この決闘は引き分けだ!玲奈・ド・ラ・立花が先の言葉を訂正し、フィリア・S・ド・ラ・メルがそれを受け入れた。さあ両者、和解の握手だ!」
レイナとフィリアが握手を交わす。
……その後お互い、ハンカチで入念に手を拭っていたけれど。
本当に、もうね。全く。
学園の生徒達は忙しい。
予習に復習に鍛錬に、やるべきことがある。
決闘の余韻、喧騒の時間は短くて済んだ。
みなが引き揚げて行く。
プレッシャーもあったし、慣れないことをしたせいで、だいぶ疲れた。
そんなわけで、太陽を背に、おだやかな夕暮れ空を眺める。とにかくぼんやりしたかった。
……のだが。背後から近づく人の気配に、正気に戻される。
「フィリアがうらやましいな。メルの家の七光り、って言っちゃいけないんだろうね。ヒロは本気だったもん。私には、名誉のために立ち上がってくれる騎士はいない。」
これまでもそうだったが、レイナの声は、たまにさびしげになる。
「レイナ、俺達は友達だろう?レイナの名誉が傷つけられそうになったら、俺が立ち上がるよ。いや、俺だけじゃない。クラスの皆が立ち上がってくれるって。案外フィリアあたりが一番最初に血相を変えるかもしれないぞ?」
「それは勘弁してほしいなあ。いい話だったのに、どうしてそういうオチをつけるかなあ。でもま、ありがとう、ヒロ。そうだ、フィリアとは和解したけど、ヒロとは和解してなかったじゃん。」
レイナが右手を差し出してきた。
その手を握り返して、握手をする。
「じゃあね!また明日!」
今度はハンカチで手を拭っていない。
俺も帰るか。
そう思って振り返った俺の目に映ったのは、フィリアと千早。
太陽を背にしているから、表情が見えない。
見えないけれど、怒っているということだけは、よく分かる。
「あの、いつから?」
「話しかけようと思うたところ、レイナ殿が物陰から出てきて話しかけ始めたので、遠慮したでござる。」
全部聞かれてるじゃないですかー!
「クラスメートですから、レイナさんの名誉が害されるような事があれば、立ち上がるについてはやぶさかではありませんが……真っ先に血相変えるなんて、あり得ません!」
「相変わらずヒロ殿はカッコいいでござるなあ?レイナ殿の騎士にもなると?」
「騎士とか言うのはやめてくれよ。それと、千早の名誉が害されるようなことがあれば、当然真っ先に立ち上がるのは俺だよ。フィリアだってそうだろう?」
「まあ、今日のところはいじめるのを勘弁して差し上げるでござるよ。ヒロ殿も相当に頑張ったでござるし。」
「ありがとうございました。ヒロさんのおかげで、名誉が保たれたこと、感謝します。」
「どういたしまして。当然のことをしたまでです。」
「そうそう、忘れていました。」
フィリアが、いきなり俺の右手に光弾を放った。「浄化の光」である。
「痛ってえ!」
「全くいやらしい!邪念は浄化しておきます!」
浄化したかったのは邪念じゃないだろ、絶対。
顔をしかめて右手を振っていると、近づいてきたフィリアがその手を取った。
「大した事ないはずです。……ほら、大丈夫じゃないですか。」
そういって、ぎゅっと俺の右手をつかむ。
「だから痛いって!」
「これぐらいの思いはしてもらわねばならぬところでござるな!」
夕日が少しずつ沈んでいく。
寮に付いた頃には、星が見えていた。
なお、この「詩の決闘」だが。
見物していた文学の先生が全てを書きとめて、出版した。
「学園の活動を、外部にPRする必要があるんだよね。資金集めのための広告さ。『詩の決闘』なんて初めて聞くし、君の二本目の手法は、世に知らせる必要がある。それより何より、玲奈・ド・ラ・立花の作品ともなれば、宣伝効果抜群だから。」とのこと。
この「詩の決闘」の本、そこそこ売れた。
その結果、それなりの印税が手に入った。
授業料を払って、少し貯金が心もとなくなっていた俺は一息つけたし、レイナは資金繰りに苦労しなくて済むようになった。
資金集めなんて言ってたけど、レイナのためだったんだろうな。
一本目の恥ずかしい詩が世にばら撒かれるのだけは勘弁して欲しかったけど、仕方ない。我慢するさ。




