第十七話 新都へ その2
新都に到着したわけだが……。
「どの順番で何をこなすんだっけ?」
「さよう。為すべきは……、商会に赴いてハンス殿の借金を返済すること。学園にてヒロ殿の入学手続を取ること。同じく学園にて、悪霊の件を報告すること、でござろうか。さらに、恐らくは政庁からの呼び出しがあると予想されるでござる。」
「順番としては……申し訳ありませんが、ハンスさんの件は後回しにさせてください。まずは学園に報告、政庁からの呼び出しと聴取を受けて後、ヒロさんの入学手続。この順番に行います。」
随分と自信があるようだけど、フィリアの言う事だ、間違いはないはずだ。
断定的な口調からして、何か仕組んでいるであろうことも、ほぼ間違いないが。
俺達がいま立っている船着場は、新都の南東部にあたる。
学園は、船着場からほぼ北の方向、新都の北東に存在すると「されていた」。
過去形なのは、新都が拡大しているから。昔は郊外であったところも、今では中枢部扱いなのだ。
現在では、「学園は、新都の北東部に存在する」という表現の方が、より適切らしい。
ともかく、新都の中枢、その北東部。
「香具邪台」と呼称されている台地の上に、学園は存在するのだそうだ。
なお、船着場と学園との間に、天真会の極東本部が存在する。
馬車で移動しながら、そんな話を聞いているうちに、学園に到着した。
鋼鉄製のいかめしい正門。
その向こうには赤レンガ造りの尖塔……いや、講堂であろうか。堂々たる建造物がそびえ立っていた。
「ヒロさんは、ここでしばらく待っていてください。すぐ終わらせますので。実習の報告書を提出してきます。ティーヌ河の悪霊についてもまとめてありますが、いちおう口頭で説明してきますから。」
「え?あんな大事件だったのに、口頭説明でいいの?」
そんな俺の疑問に対し、フィリアが笑顔を見せた。例の悪戯な笑顔を。
間違いない、何か企んでいる。
とは言え、フィリアの悪戯はいつだって善意に基づいている。
騙されておく方が、結果としては気分がいいんだよな。
素直に門の外で待つことにした。
学園の正門前は、大通りであった。
人と馬車とがひっきりなしに行き交っている。
大通りから、次々と人が正門の中へと入って行く。
おとなもいれば子供もいる。教師に生徒であろうか。
立派な馬車が停まった。
貴族らしい男性が現れ、手続きを取るや、正門の内側へと招じ入れられていた。
この丁重さ……監督官庁のお役人と言ったところかな?
守衛が案内しようとするが、それを断り、迷うことなく目的地に向けて足を運んでいた。
よほど慣れているのか、この学園のOBなのか。
待ち時間、手持ち無沙汰になりそうで不安だったが、案外悪くない。
見知らぬ街、見知らぬ人。眺めているだけでも飽きないものだと知った。
予想外に早く、フィリアと千早が戻ってきた。「すぐ」という言葉どおりに。
……さきほどの、「貴族らしい人」と連れだっていたのも、予想外であった。
「こちらが、ヒロでござる。」
男性に対し、千早が俺を紹介する。
「ヒロさん、馬車に乗ってください。これから政庁で聴取を受けます。」
フィリアが宣言していた通りの展開である。
馬車の中でそのカラクリを聞いた。
「船長から政庁への報告の方が、私たちが学園に到着するよりも先に上がるからです。航路の安全という大事に関わる事件ですから、政庁としては、事情を聴取する必要があります。で、私たちを捕捉するなら学園で、というわけです。これに比べると、学園への報告は、あくまで学内の問題。極論してしまえば、要は『課題の提出』に過ぎません。教官としては、とりあえず書類を読めば一応の評価はできますから、詳細はまた後日でも良いということになるわけです。政庁での聴取の方が優先されます。」
「そればかりでもなかろうと存ずるが……まあ追い追い分かるでござろう。」
目を転ずれば、馬車の窓に映るのは、新都の政庁。
近づくにつれ、その威容があらわになる。
名は政庁であっても、その実態は、まさに城郭。巨大軍事施設であった。
街のにぎわいに気を取られて忘れていたが、新都の本質とは、つまるところ、軍都なのだ。
正門で馬車を降りてから、随分と歩かされる。城の広大さが想像される。
これだけガチガチの軍事施設なのに、目隠しもなし。いいのかなあ。
「それが信用なのでござるよ。今回は、主にフィリア殿のおかげでござる。」
「前提として、学園に所属しているからですよ、千早さん。」
千早が口にしていた、「世に根を張る」という言葉。
フィリアの言う、「後ろ盾」という存在。
その意味の重大さを、思い知らされる。
ついつい上に聳え立つ城郭ばかりを見ていたのだが……。
目的の建物は、地上にある低い建造物であった。
ギュンメル領・馬市の街と同じこと。行政を軍事施設で執り行う必要はないわけだ。
我ながら学習能力が足りないなあ。
基本的な手続きも、ギュンメル伯への謁見とほぼ同じであった。
通されたのは、会議室のような部屋。
全体として、ギュンメルよりもメンバーの顔ぶれが若い。20~30代だ。
おとなになるのが早い世界ということを考え合わせて、課長級といったところであろうか。
話を聞くだけなら、当該部署で充分なわけだし。
事務的な会話が続いた。
まずは、船長からの報告書について、間違いがないか確認される。
次に、「霊能ある者」の観点からの説明を求められた。
俺が死霊術師であり、霊の姿が見える、その声が聞こえるという話をすると、中央に座る男性(責任者であろう)の左右にいた人物が口を開いた。
「死霊術師自体、数が少ないですが……さらにそれほどの能力をお持ちですか。」
そう発言したのは、こちらから見て左側に座していた、いわゆる「糸目」の男性。
「申し遅れました。天真会所属の説法師、アランです。正直、うらやましく思います。霊の話を聞くことができれば、説法もより効果的に行えることでしょう。」
……どうやら、やはり説法は「理法を説く」ことこそが、その本来の姿なのだろう。
「ヒロさん、千早の説法はどうでしたか?」
「あ、ええと、その……非常にまっすぐで、力強く相手に届く言葉でした!」
他にどう言えというのだ。
「千早は良い友人を得たようですね。」
糸目を千早に向ける。あの千早が小さくなった。
言葉遣いは穏やかだが……アランなる人物、相当恐ろしい男だと思っておく方が良さそうだ。
「『説法師』を名乗られるとは、相変わらずご謙遜が過ぎる。若者には腹黒く映りかねませんよ、新都支部長殿?」
こちらから見て右側に席を占めている、鷲鼻の男性が口を開いた。
「聖神教・新都司教区の責任者を拝命している、バルトロメオ・カヴァリエリだ。」
二人はともに、新都の責任者であった。
課長級と思ったのは間違いだったか。
王国は、思った以上に貴族政にして能力政の社会のようだ。矛盾した表現だが、そう言うほかない。
「霊能が優れているからどうと言うものでもないが……死霊術師だと?真実であれば汚らわしく罪深い。虚偽であれば虚偽報告の罪で罰する必要がある。」
「相変わらず霊能を持つ者には手厳しいですね、司教殿?」
アランの皮肉に赤くなった司教様。コンプレックスなのか。それでも即座に大上段から反撃する。
「霊能を騙る者に愚かな民衆が惑わされる事件は後を絶たぬゆえ。さあ、真実ならば証拠を見せよ!」
すかさずフィリアが口を出した。
「立証の責任は訴追側が負うものではありますが……船長に託した、私からの報告書をご覧いただければ、お疑いは解けますわ。」
中央の男性に向けて言う。あえて司教から視線を外して。相変わらず、恐ろしい子!
「何だそれは!聞いていないぞ!」
高圧的だが、子供のフィリアにすら主導権を奪われているあたり、こちらはそれほどの人物ではなさそうだ。地位と権力、宗教的権威をうまく利用するタイプなのだろう。
おあいにく様。俺が住んでいた世界では、「神は死んだ」と言われてから100年は経っている。ついでに俺の住んでいた国では、「宗教=葬式」になって400年だ。「宗教的権威」ってものに怖さを感じられないのよね。
でもまあ、権力を持った愚者ほど怖いものは無いとも聞くし。やっぱり敵に回したくない人物だとは思う。
「こちらに。」
中央の人物が書類をかざした。
カヴァリエリ司教が手を伸ばすが……。
指先が届く寸前でひっこめつつ、中央の男性は口にする。「お見せできません。」
「なっ!」赤くなる司教。
「領主貴族を醜聞から救った件が書かれています。聖職者が嘴を容れるに相応しい話ではありません。」
ウッドメル家のヤンの話か。
後で聞いたところ、あの事件については、「事故死であることを、俺がヤンから直接に聞き出した。ヤンしか知らないはずの死亡当時の事情や、ヤンの『お宝』の存在を言い当てたことで、俺の能力がギュンメル家・ウッドメル家のお墨付きのもとに証明された」という筋書きになっているらしい。
「その報告書が真実だという証拠は!」
まだ言い募る。
「司教、その報告書を書いたのはあなたの身内、聖神教の神官ですよ?それをお疑いになりますか?」
男性が、上半身を傾けてカヴァリエリ司教を正視した。
「シスターフィリアを疑う、とおっしゃるのですか?」
すさまじい人格的圧力。傲慢なカヴァリエリ司教すら、目を逸らさずにはいられない。
その、責任者と思しき男性であったが……
どう説明して良いものか、迷う。
ひと言で表現するならば、イケメンである。
だが、「イケメン」などと言ってしまうと、そういう表現しかできない自分が恥ずかしくなるぐらいに、美しいのである。
男の俺でも、初見では正視できなかった。真っ赤になって顔を伏せてしまった。
まさか同性愛的なところがあるんじゃないだろうな、と自分を疑ってしまいそうだった。
美青年、という言葉にもいろいろなタイプがあると思う。
細身で、繊細な「文学青年」タイプ。
同じく細身でも、甘いマスクの、いわゆるジャニーズ系。
ややしっかりした細マッチョ、エグザイル系と言えば良いか。
がっしりした男らしいタイプ、体育会系。
アメリカの女性が騒ぎそうな、マッチョ系。
他にも、アリエルのような「イロモノ」系や、少し崩れたところのある「夜の男」系。
目の前に座る男性は、そのどれでもない。
正統派なのだ。
誰に喩えれば良いのだろう。
エリザベス女王の王配、フィリップ殿下的な趣があると言えば良いだろうか。若い頃の彼を、さらにイケメンにした感じ。
しかもそれでいて、鷹揚な「王子様」タイプではないのである。
ひと目見ただけでも窺われる、知性の高さ。逞しさ。責任感の強さ。
若手のエリート官僚、ビジネスマン、政治家、上級軍人、プロスポーツ選手。その全てを兼ね備えているかのような雰囲気。
女性の憧れであり、かつ男も痺れる男。嫉妬する気すら起きない。そんな人物。
大昔の少女マンガや、ハーレクインロマンスでもなければ出て来ないような、そんな人物。
そうか、それこそ二次元に喩えれば良いのか!
いろいろなマンガやら映像作品を思い出す。
必ず一人ぐらいは、トップリーダーに有能なイケメンがいるもんだ。
そういうキャラを、想像する。
ひとは、名状しがたいものに対しては、どうしようもない畏れを抱く。
この人はアニメの世界の住人なんだ、と無理やり定義づけをすることで、俺はやっとどうにか平静を取り戻すことができたのであった。




