ラウラとフィデリオ
今、フィデリオ様が私を好きだと?
聞きまちがいじゃないよね?
でもどうすればいいの……私、何て言えば?
嬉しいっ! でもどうしよう、あーもうわかんない!
ラウラの思考はぐるぐると渦を巻いていた。
フィデリオは顔を隠すラウラを静かに見つめ、少し困ったように微笑んだ。
そうっと手を伸ばし、その長い指がラウラの麦穂色の髪に触れる。
何とも言えないくすぐったさに、ラウラはきゅっと身を固くしてしまう。
「あっごめん」
フィデリオは慌てて手を引いた。
彼の表情には申し訳なさと不安が入り混じっている。
ああ違う!
嫌だったわけじゃないのに!
ラウラは素早く顔から手を外し、フィデリオをまっすぐ見つめた。
決意に満ちた青紫の瞳に迷いはなかった。
「フィデリオ様っ!」
「ん?」
「私は明日18歳になります。さっきフィデリオ様が言ったように、これから色々な人と出会うかもしれません」
「そうだね、君はとても素敵だから」
「すっ……! でも私の気持ちは変わりませんっ! もしフィデリオ様が、私の心が変わるかもしれないと思っているのなら、一年後にもう一度聞いてもらえますか?」
「え、一年後?」
「はいっ」
元気よく答えたラウラだったが、どうしてこんなことを言ってしまったのか、自分でも分からなかった。
本気で想っていることを伝えたいだけなのに、なぜか一年後なんて口にしていた。
三年前からずっと好きなんだから、これからも変わるはずない。
もしその頃に、フィデリオ様の気持ちが変わってしまったとしても……それは仕方がないこと。
ただ、私の気持ちが本気だということを、とにかく信じてほしい!
「フィデリオ様は私のことを子供だと思っているかもしれませんが、この気持ちは本当なんです! 一年後なら信じてもらえますか?」
「……こんなこと君に言わせてしまうなんて、本当に僕は頼りないな」
「そんなことありません!」
「いや……僕はずっと年上なのに臆病だ」
「違います、年上だからこそだと思います! フィデリオ様は優しすぎるんですよ、まかせてください!」
なぜか自信満々に胸をはるラウラの姿に、フィデリオはくすりと笑う。
「頼もしいね」
「だってフィデリオ様はずっとフィデリオ様ですから!」
ラウラのまっすぐな言葉に、フィデリオの表情が揺らいだ。
その瞳には、特別な思いが映し出されている。
「ありがとうラウラ。僕は君の笑顔にいつも救われているよ」
微笑むフィデリオに、ラウラの胸は小さな星が瞬くようにふるえた。
薄明りの中、フィデリオの美しい瞳がラウラを見つめている。
うぅーここが明るくなくてよかった……。
好きな気持ちと恥ずかしさでどうにかなってしまいそう。
ラウラは息をひそめたまま、この時間が永遠に続けばいいと思っていた。
「ラウラ、そろそろ戻ろうか。皆が心配しているだろう」
「……あっ……はい」
「まだ何か気になることがあるのかい?」
少し身をかがめて、フィデリオはラウラの顔を覗き込んだ。
フィデリオの青い瞳が近すぎて、ラウラは言葉が出てこない。
もう少しだけ二人でいたいという思いがふくらみ、どうしようもない気持ちになっていた。
「あのっ、わがままなんですけど……」
「うん?」
「……裏口で私を迎えてくれた時みたいに……背中をぽんぽんして、ほしい……です」
「えっ」
「ああっ、ごめんなさい! うぁー私ってば!」
思わず口にした言葉に、ラウラ自身が驚いていた。
そんな言葉が自分から出るとは思っていなかった。
慌てふためくラウラに、フィデリオは一瞬ためらうように動きを止めたあと、ふわりと抱き寄せた。
「こんなことでよければ、いつでも」
「!!」
ラウラは突然のことに、心臓が小さく跳ねる。
緊張の中、フィデリオの胸から伝わる心臓の高鳴りに、ラウラは胸の中で息を呑んだ。
優しい手がラウラの背中を静かに叩き、リズムを刻んでいる。
その温もりは、言葉以上の安心感をラウラに与えていた。
「フィデリオ様……」
ラウラがフィデリオを見上げたその時、高窓から朝の光が差し込み、地下室を照らしはじめた。
僅かに地下室が明るくなり、二人の顔が浮かび上がる。
光の中でフィデリオの頬は、赤く染まっていた。
ラウラも自分の頬が熱くなっているのを感じていた。
目が合った瞬間、二人は照れくさくなり笑ってしまう。
言葉にできない感情が、ラウラの全身をゆっくりと包み込んでいく。
ラウラはもう一度、フィデリオの胸に顔を埋めた。




