ロクセラーナ
なんなのもう! 偽物以前に、私が聖女じゃないって皆知ってるじゃない。
それに、このロクセラーナって人……この人も聖女じゃない!
この香りは他人を操る力がある、しかも間違いなく最高位だわ。
ラウラは薬草をもぐもぐ頬張りながら、あらためてロクセラーナを見つめた。
美しい顔と姿、小鳥のさえずるような可憐な声。
最初こそそう思っていたが、いまでは全く違う別の姿がラウラには見えていた。
たっぷりとした銀色の髪は漆黒によどみ、美しい瞳は血のように濃い赤色をしている。
真っ白な肌はそれ以上に青白く、官能的な表情は聖女とは全く違う妖艶さを放っていた。
間違いない、ロクセラーナは魔女だ!
それも普通の魔女じゃない、大魔女の類だわ。
こんなの私が何かできるような相手じゃない。
周りの皆もおかしくなってるし、どうすればいいの……。
薬草を噛み続けるラウラを見て、ロクセラーナは一瞬眉を顰め、そのあとぺろりと上唇を舐めた。
ラウラは、全身が一気に粟立つのを感じた。
それでも、薬草だけは必死に口に運び続ける。
ロクセラーナは、そんなラウラから目を逸らし、薬師たちに視線を移した。
「みなさん! わたくし、フィデリオ様から『屋敷に偽物の聖女がいるから追い出してほしい』と頼まれたんです!」
この場所に来た時と同じセリフを、ロクセラーナは発した。
二度目の可憐な声は、呪文のように薬師たちへと降り注いだ。
「ゆるさない、つかまえろー!!」
「フィデリオさまのおねがいだー」
「にせものはとじこめてやる!」
「ちょっと皆、やめて! 正気に戻って!」
「うるさーいーこのーにせものめーー」
薬師の一人が手を伸ばし、ラウラの肩を突き飛ばした。
それが合図かのように、薬師たち全員がじわじわとラウラを壁へ追いつめていく。
「ねえ待ってエルノさん? リーアムさん? 私の声が聞こえる?」
「おれたちのなまえをよぶなー」
「にせものーーー!」
全員が焦点の定まらない目をし、両手をあげて襲い掛かってくる。
話せばわかるかもしれないと考えたけど、これはどう見ても無理。
ここにいたら、どこかに閉じ込められるか追い出されてしまう……。
とりあえず逃げよう!
そう思った瞬間、ラウラは手に持っていた籠を目の前の薬師たちに投げつけた。
そして、机の上にあったポーションと解毒剤を一気に飲みほすと、入り口から飛び出した。
「おお! 足が軽いっ!」
裏庭を駆けながら、ラウラは後ろの様子を振り返る。
温室の入り口付近で、薬師たちがまるで酔っぱらいのようにぐるぐるまわって次々重なっていくのが見えた。
最初に転んだのは、オリヴァー薬師長だった。
全員がそれに躓き、団子状態になっていく。
あの様子ではすぐに追いついてはこないだろう。
ラウラが安堵の表情を浮かべたその時、扉からロクセラーナがぴょこっと顔を覗かせた。
顔いっぱいに笑顔を浮かべ、ラウラの反応を楽しむかのように手を振っている。
その妖しい笑顔とともに、先程と同じ濃厚な香りがラウラの全身にまとわりついてきた。
ラウラの全身が、また総毛立つ。
甘ったるい香りを振り払いながら、ラウラは足を早めた。
裏庭を出るとすぐさま門に鍵をかけ、その足でバルウィン家の裏口へ飛び込んだ。




