84.アスレチックプールで悪質タックル
ウェーブプールに挑戦したリアは少しテンションが下がっていた。
理由はサラ経験者の予言通り水着が脱げたからである。
しかも、運の良いことに……じゃなくて運の悪いことに上も下も。
その結果、リアは身動きが取れなくなり、ウェーブプールの中で体を丸めて必死に体を隠し、グループメンバーである僕とサラに助けを求めることになった。
何とか僕とサラでリアの大きな水着を回収。
それをサラがリアのもとへ持って行き、リアの裸は誰にも見られることはなかった。
そんなウェーブプールから三時間ほど経ち、軽く昼食も済ました僕たちはカラフルな色をしたアスレチックプールに来ていた。
未だにリアのテンションは低いままだが、サラの方はアスレチックプールをかなり気に入ったようで現在テンションマックス。
もちろんそんなサラには誰もついていけないので、僕とリアは静かにアスレチックプールを楽しんでいた。
「リア、まだ気にしてるのか?」
「え、えぇ? そんなことないわよ……」
リアの奴、こんなどんよりとした曇り空みたいな表情で、よくそんな嘘がつけたものだ。
一応、僕が紐を結んだから少しは申し訳ないという気持ちはあるが、正直あれ以上強く結ぶことは不可能だったと思う。
つまり、ウェーブプールでビキニは危険ということだ。
「さっきも言ったがそう落ち込むなよ。誰も見てないからさ」
「そうかもしれないけど、やっぱり公共の場で裸になったと思うと……」
「念のための絆創膏ガードしてたんだろ?」
「ば、絆創膏ガード? そんな絆創膏に収まる大きさじゃないわ……って、何言わせてるのよ!?」
リアは急に自爆し、なぜか僕に八つ当たりしてくる。
それから頬を膨らませ「もう、もう……もうっ!」と両手の拳で僕の胸元を叩いてきた。
そんなリアの言動に一瞬驚いたが、ずっと眺めていると段々そんなリアの言動が可愛らしく見えてきて、つい僕の頬が緩む。
すると、リアは鋭い瞳で僕を見つめて「な、何笑ってるのよ!」と言い、僕のことを両手で強く押し、容赦なくプールへ突き飛ばした。
リアの予想外な行動に僕は何も抵抗できないまま背中から派手に落ち、水しぶきを上げて「バッシャーン」という音をアスレチックプールに中に響かせ、周りの人たちからは面白おかしく笑う声を奏でる。
「お、おい、何するんだよ!」
「だって、なんか……ううん。まぁ何となくかな?」
「何となくで普通あんな本気で突き落とすか?」
僕は顔についた水を掌で拭き、手に力を入れて勢い良くアスレチックプールの上へ。
「べ、別にいいじゃん! アスレチックプールは落ちてこそ面白いんだから――って、あ、ちょ!」
いつもの顔に戻ったリアを見て安心した僕は、堂々と胸を張ってそんなこと言うリアを同じようにプールに突き落とした。
良い声と共に頭から落ちるという芸人顔負けの落ち方で、周りからは僕の時以上の笑い声が聞こえてくる。
やり返しはやはり倍返しじゃないとな!
「ゴッ、ゴホゴホッ……もっ! いきなり何するのよ!」
「アスレチックプールは落ちてこそ面白いんだろ?」
「むっ……」
咳込みながら睨んでくるリアにそう言うと、悔しそうな表情で黙り込んだ。
少しズレた水着を直し、胸をボヨンボヨンと上下させながらアスレチックプールに戻ってくるリア。
そのまま何も言わずに黄金の長い髪を揺らしながら、二個のヘアゴムを外して馬のしっぽのように一本にギュッとまとめる。
続けて首をボキボキと鳴らし、肩をクルクルと回して「ふぅ~」と大きく息を吐いた。
そして次の瞬間、ゆっくりと顔を上げると僕に向かって悪い笑みを浮かべ、奇声をあげながら両足を地から離して飛び込むように襲い掛かってくる。
「お、おい……待て、待てって――」
――バッシャーンッ!
僕は飛び込むように襲ってくるリアを胸で受け止めながら、またプールへ派手に水しぶきを立てて落ちた。
「ふあぁー、水の中に落ちるのって気持ちいいわねぇ~!」
「ゴホゴホッ……そ、それは否定しないが、普通に死ぬかと思ったぞ」
「ぶっ、あはははは!」
「笑いごとじゃないわ! で、急にどうしたんだ」
「なんか落とし合ったら、楽しくなっちゃって。それでノリで突っ込んじゃえぇー的な?」
「ノリで突っ込む奴がいるかよ」
「はーい、ここにいます!」
手をあげながら返事をするリアを見て、僕の口から自然と「はぁ……」とため息がもれた。
リアがいつも通りに戻ってホッとしたのか、それとも単純に呆れたのか。
間違いなく後者だろうな。
僕は下に向けられていた視線をゆっくりと上へ。すると、リアと目がバチッと合う。
その瞬間、何だか急におかしくなり、僕とリアは同時に「「ぷっ!」」と吹き出した。
「もう大丈夫みたいだな」
「ええ、水の中に落ちたらなんか心がスッキリしたわ」
「そうか」
僕はそれだけ言い、アスレチックプールに手をついて勢い良く上がろうとする。
ところが、後ろからリアの柔らかい手で引っ張られ、水の中へ後頭部から突っ込んだ。
不意打ちということもあり、耳と鼻に水が大量に入って大変なことになる僕。
だが、リアはそんなことは知らないという感じで、見下げながら頬を緩めて口を開く。
「ゼロ、油断大敵よ!」
それだけ呟いて悠々とアスレチックプールに上がるリア。
少しムカっとしたが、僕は寛大な心の持ち主なので今回は許すことに……というのは表情だけで、普通にやり返す予定だ。
絶対にどこかのタイミングで顔面を水面にぶつけてやる。
と思っていたのだが……。
「リアにぃぃぃぃぃい……悪質タックル!」
「ぐっ、はっ……」
一人で遊んでいたはずのサラにタックルされ、リアは綺麗に顔面から水の中に落ちる。
それを見て僕のそんな気持ちはどこへ吹き飛んだ。
サラ、ナイス! 超ナイスだ!
悪質タックルか何だか知らないが、とにかくグッドタイミング!
そしてありがとう!
「さ、サラ! こここ、殺す気?」
「え、だって、二人で落とし合いしてたからあたしも参加しようかなーって」
「参加しようかなーじゃないわよ! 死んだかと思ったわ」
「大丈夫! 死んでない」
確かに死んではないが、周りが一瞬黙り込むぐらいインパクトの強い登場だったぞ。
まるで、参加の仕方がプロレスラーの途中乱入だ。
それよりもサラの奴、悪質タックルした後とは思えないぐらい楽しそうな笑顔をしている。
リアの口から「殺す気?」「死んだかと思ったわ」などという言葉を言わせおいて、よくそんな表情ができたもんだ。
流石サラとでも言っておこうか。
「全く……サラってば滅茶苦茶ね。でもいいわ。こうなったら落とし合いよ! 絶対に落とし返してやるんだから!」
「うん、いいよ。返り討ちにしてあげる」
二人はボクサーの煽り合いのようなニヤケ面でそんな言葉を交わす。
そんな二人の間には謎の緊張感があり、僕を含めた周りの人たちは二人の様子を静かに見つめる。
もう風の音と水滴の音しか聞こえない。
サラは顎を上げながらリアに右手の人差し指で、アスレチックプールに上がってこいと指示。
リアはそれを見て「フンッ」と鼻で笑い、指示通りアスレチックプールという名のリングへ。
二人の間に風が通りリアの一本に結ばれた長い髪がゆらゆらと靡き、サラの白銀の短い髪もふわふわと揺れる。
いつ落とし合いが始まるのか緊張感が高まる中、その時は急にやってきた。
リアの顎に溜まっていた一粒の水滴がアスレチックプールに垂直に落ち、「ポツン」という少し重い音が開始のゴング。
二人は一斉に動き出し、口角をグイっと上げ体と体をぶつけ合い、リアは足技でサラは力で押していく。
その激しさに周りからは謎の「おー」という声が。
数秒間、態勢や手の位置を変えながら組み合いが行われたが、最終的に両者はもつれあう形でプールの中へ落っこちた。
その瞬間だった。
周りがそれをゴングに二人の真似をして落とし合いを始めたのだ。
それは連鎖するようにアスレチックプール全体に広がり、悲鳴と咳込む声、水しぶきの音が響き渡たる。
結果、アスレチックプールは戦場のような大荒れとなった。




