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83.ウェーブプールの救世主は絆創膏

 サラを先頭に歩くこと数秒、すぐに目的地に到着。

 流れるプールとは比べものにならないほど勢いの強い波がそこにはあった。

 遠くから見た時はそれほど激しい波には見えなかったが、この距離だとその勢いは嵐がきた海の波そのもの。

 この波にサーフボードで乗るなど想像がつかない。

 いや、転ぶ想像しかつかないという方が正しいか。


 そんなことを思っていると、競技用水着を着用し、鍛え上げられた上半身を見せつけながらこちらに歩いてくる男性が僕たちに声をかけてきた。


「こんにちは! ウェーブプールへようこそ! ぼくの名前はライチ。三人にこのウェーブプールを教えるコーチです。よろしくね!」


 そう言い終えると、真っ白な歯をキランっと出す筋肉男性――ライチ。

 こんがり焼かれた肌の存在によって、真っ白な歯はダイヤモンドように輝いていて美しい。

 ボコボコと浮き上がる筋肉と肌の焼き上がり具合、そして真っ白な歯。

 まるで、ボディービルダーのようだ。


「うん、よろしく!」

「ライチさん、よろしくお願いします」

「よろしくです」


 僕たちは礼儀としてライチに軽く挨拶をする。

 それにライチは頷き、すぐに口を開いた。


「では、早速始めようか!」


 ライチはそれだけ言い、すぐ近くにあった三枚のサーフボードを僕たちに渡してくる。


「まずはサーフボードに付いているバンドを自分の利き足に付けてください。それが出来たら準備は完了ですよ!」


 僕は基本両利きなのでどちらに付けてもいいのだが、食事の時に箸を持つ方は右手なので、今回は右足にバンドを付けた。

 同じくサラも右足にバンドを装着。

 一方、リアは僕とサラとは反対の足にバンドを付ける。

 今更だが、リアって左利きなんだよな。

 まぁ左利きなんか珍しくも何ともないけど。


「三人とも準備は完了したようだね! それでは今から始めて行こうと思うんだけど、このウェーブプールは一人ずつでしか行えないんだよ。そういうわけで、誰からやりますか?」

「あたし!」

「私!」

「「むっ!」」


 サラとリアがその質問に同時に手と声をあげた。

 そして二人は睨むように見つめ合う。

 だが、リアはすぐに「はぁ……」と大きく息を吐いて「サラが先でいいわよ」と珍しく譲った。


「じゃあ最初はサラさんからですね。それではサラさん、こちらへどうぞ!」

「うん!」


 サラは満面の笑みで頷き、ライチに連れられてウェーブプールへ。

 一方、残された僕たちは少し離れたところで待機。


「リアにしてはあっさり譲ったな」

「少しゼロと話したくてね」


 サラの方を見ながらリアに話しかけると、返って来たのは思ってもいなかった返答。

 正直、その意味が分からず、僕はリアに視線を向ける。

 が、リアは胸の下で腕を組み、真面目な表情でサラの方を見つめていた。

 なので、僕もサラの方へ視線を向け直して口を開く。


「それで話って何だ?」

「別に大したことじゃないんだけど、このウェーブプールってところだけ人が全然いないと思ってね」

「言われてみれば確かにそうだな。僕たちが来た時から人一人いなかったし」

「そうなの。こんなに面白そうなのにね」


 リアの言う通り面白さで言えば、流れるプールの数倍は面白そうだ。

 だというのに、人一人いないというのは異常だと言える。

 個人的な意見だが、現状見る限り人気が出そうなプールだと思うのにな。


「後、不思議に思ったのは危険そうなプールなのに、コーチがあの焦げた筋肉ムキムキのライチさんだけというところかしら」

「僕もコーチが一人というのは少し不自然だと思ったけど、一人ずつやるって言ってたから安全面に関しては大丈夫なんじゃないか?」

「まぁそれもそうね。少し考えすぎたかも」

「いや、そんなことはないと思うぞ。僕もその気持ちは分かるし、この世界に来てから疑うことが当たり前になったからな」

「そうなのよ。それにGレイヤーに来る前にサラに言われた言葉が結構刺さっていてね」

「別に疑うことは悪いことじゃない。今みたいに僕に言ってくれれば、共有できて少しは気持ちも楽になるしな」

「そうね」


 言葉の後に柔らかな笑みを浮かべるリア。

 表情から察するにリアの中で疑問は解決したに違いない。


 それにしても、リアも最初の頃に比べて大きく変わったな。

 一番最初は全てを疑い何も信じていなかったが、僕の「心が不足している」という言葉を受けて全てを信じようとし、サラの言葉で信じること、疑うことを判断し始めるようになった。

 約六ヶ月の間にその時の現状を受け止め、少しずつに変わる努力をしてきた点はリアの長所であり、結果的に正しい方向へ変われたことは大きな成長だと言えるだろう。

 この世界に適用し始めたという言葉が良く似合う。

 それが褒め言葉と言われれば微妙だが、僕からすれば褒め言葉だ。


「そろそろサラが波に乗るようだな」

「みたいね。けど、流石に最初から乗れないでしょ」

「同意見だ」


 僕がそう言うと同時に、サラはライチの手を借りながらゆっくりと波に乗る。

 運動神経抜群ということもあり、すぐにバランスを取り始め、今の位置に納得したのかライチの手をパッと離した。

 その瞬間だった。


 ――バシャンッ!


 という大きな音を立て、顔から勢い良く倒れ、そのまま激しい波の中へ呑み込まれていくサラ。


「派手に転んだな」

「フフッ、予想通りね」


 僕とリアがそんな会話をしていると、サラが手で顔に付いた水滴を拭きながら、サーフボードを持ってこちらに歩いてくる。

 だが、何か様子がおかしい。

 別に足を引きずってることもないし、手首を痛めた感じもない。

 それでも、何かがおかしい気がする。

 大切な何かが欠けているような、そんな感じが……。


 頭の中で欠けているものを探しながらサラを見つめていると、隣から深いため息が聞こえる。

 見てみるとリアが額に手を当てていた。


「リア、どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわよ! 早く手で隠しなさい!」

「う、うわっ、サラさん!? す、すぐに探してきますね」


 ライチはサラを一目してすぐに波の方へ向かって走っていった。

 一体、何を探しに行ったんだろうか。

 そう思い、改めてサラを見るとその意味をやっと理解した。


「はぁ……そういうことか。サラ、胸が……」

「ん? おっぱい? あ、水着ない」


 僕も気付くのが相当遅かったが、当の本人が一番気付くのが遅いというのはどうかしていると思う。

 リアがため息をつくのも、呆れながら隠すように促したのも納得だ。


「まぁ良かったわ。念のためにガードしておいて」

「ガード? って、どこに絆創膏貼ってんだよ!」

「湖で一度水着が脱げたからね。念のために絆創膏を付けておいたのよ」


 平然とした表情でそう言うリア。

 サラの方も「そうそう」と言うように頷いている。

 確かに水着が脱げた時のために『乳首に絆創膏』を貼っておくのはいいかもしれないが、これをするぐらいなら脱げない水着を着ればいいと思う。

 というか、サラの奴、絆創膏があるからって手で隠そうともしてないし。

 絆創膏はいつから水着に分類されるようになったんだ。


「はぁ、はぁ……サラさん、水着です!」

「うん、ありがとう」


 走ってきたライチに普通に感謝の言葉だけ述べ、水着を受け取って「ここは更衣室か?」と聞きたくなるぐらい平然とした感じで水着を着る。

 その間に息を整えたライチが口を開いた。


「先に言っておくべきでした。水着はしっかり着るようにお願いします」


 うん、間違いなく一番最初に言うべきことだ。

 今の一連の流れで何となくここに人が来ない理由が分かった気がする。


「リア、答えはこれのようだな」

「そうみたいね。流れるプールに人が多いのも、その姿を見るためでしょうね」

「なるほど。そこまでが答えだったか。で、リアはどうするんだ?」

「一度やってみるわ。ゼロ、死ぬ気で水着の紐を結び直してちょうだい」

「はいよ」


 ――リアは意外と挑戦者だな……。


 そんなことを思いながら、言われた通りきつく紐を結び直す。

 もちろん冗談でも緩めに結んだりはしない。

 後からどんな仕打ちが待っているか分からないからな。

 緩く結ぶ=ビンタ四発と飛び膝蹴り二発が飛んでくるぐらいは考えておくべきだ。


 まぁ他にも緩く結ばない理由はある。

 単純にグループメンバーの胸を他のグループの男に見せたくない。

 別に『グループメンバーの胸は僕のもの』みたいな独占欲があるわけじゃないぞ。

 グループメンバーは家族なんだ。

 みんなも家族の裸を知らない人に見せたいとは普通思わないだろ?

 そういう気持ちだ。


「じゃあ、出来れば転ばずにな!」

「任しておきなさい!」


 カッコ良くそう言い残してリアはライチと共にウェーブプールへ。


「絶対に脱げる」

「変な予言は止めろよ、サラ」

「経験者は語る」

「おい、語るな」


 リアの背中を見つめながら、僕はサラの水着の紐を強く結び直すのであった。

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